ピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ来日公演 未だ謎多きアンサンブルの全容

 
ブレイク・ミルズのギターが果たした役割

4人のライブに話を戻そう。結論から言うと、現代的なグルーヴと非ジャズ的な即興演奏のコンビネーションによるフレキシブルなセッションを、あまり聴いたことがない落としどころで表現した、実に稀有なステージだった。エレキギターの魅力とディアンジェロ以降のグルーヴを同居させ、特殊な質感を添えつつも、極めてキャッチーに聴かせる。そんな手法を目の当たりにして、日本のロック/ポップス領域のミュージシャン(会場にも多く詰めかけていた)を激しくインスパイアしてきた理由が少しわかった気がした。


Photo by Masanori Naruse

ライブ冒頭の曲では音がモコモコしていて、誰が何を演奏しているのかしっかり聴き分けられなかった。ブレイク・ミルズのギターとエイブ・ラウンズのドラムははっきり聴こえるのだが、ピノのベースとサム・ゲンデルのサックスは何を弾いているのか聴きとれない。これはもちろん、ビルボードの音響に問題があるわけではなく、セッションが進んでいくうちに、彼らがこの「聴き取れない」音を狙って出していることがわかってきた。

輪郭のはっきりしないベースが、ものすごく音域の低いところで地を這っている。その霧を纏ったようなベースの核の部分と共振するように、ドラムはリズムを刻んでグルーヴしている。その少し上の音域では、サックスがこれまた輪郭の不明瞭なエフェクトを駆使した(まるでトロンボーンやチューバのようにさえ聴こえる)音で空間を埋めている。そこへ、バキバキにクリアな音色のギターが重ねられる。このように、音色や質感のコントラストを利用しつつ、それを巧みに配置することで、たった4人の演奏とは思えない厚みを出しながら、同時に4人だからこその親密さも演出していた。それはもしかしたら「DAW的な発想での豊かな響きを生むアンサンブル」とでも言うべきものかもしれない。

「DAW的」と表現したのは理由があって、4人の演奏は基本的に、いわゆる“ジャズ”とは少し異なるものだったと思う。リズム・セクションに関してはファンクもしくはアフロビート的な演奏をしている時間も多かったが、ブレイク・ミルズとサム・ゲンデルに関しては、ジャズ的な伴奏もしくはコンピング的な演奏でもないし、かといって(現代ジャズのように)対位法を用いて、それぞれが機能的に絡まり合うような旋律を演奏するわけでもない。ときにはそういう瞬間もあったかもしれないが、どちらかといえば冒頭のように、音響的に空間を埋めたり、もしくはリズム・セクションと協調したり、またはセンス一発の理屈を超えた表現だったり、だったと思う。ジャズ的な発想でセッションすることを、おそらく意図的に避けている辺りに、彼らの音楽におけるセッションの魅力があったと僕は感じている。


Photo by Masanori Naruse


Photo by Masanori Naruse

さらにライブでは、「非ジャズ的な即興」がより際立っていた。ブレイク・ミルズは、テレキャスター系のギター数本を曲ごとに取り替えながら、アフロビート的なカッティングを刻み、ハイライフ的なソロを弾き、ポストパンク的なフリーキーさを挟んだりと、自由奔放に奏でまくる姿はギターヒーローの風格を感じさせた。サム・ゲンデルも、彼のトレードマークでもある何声かの音を微妙にずらしながら重ねるエフェクトだけでなく、(ルイス・コールとの覆面バンドと噂されている)クラウン・コアでの演奏を思わせるノイジーでフリーキーかつパンキッシュな演奏も披露していた。

2人の演奏にはパンクとロック、ファンク、アフロビート、そしてDAW的な音響感があるのだが、ジャズはほぼ入っていない。そんな彼らがロック的もしくはジャムバンド的な逸脱を見せるのもこのグループの特徴で、そういったコンセプトはおそらく、ブレイク・ミルズがもたらしたものだろう。


Photo by Masanori Naruse


Photo by Masanori Naruse

ピノが軸となるグルーヴの上で、ネオソウルにも現代ジャズにも回収されない即興演奏を行うこと。それはつまり、ディアンジェロでもジミヘンでもプリンスでもカーティスでもなく、アイザイア・シャーキーでもウェス・モンゴメリーでもなく、アラン・ホールズワースでもカート・ローゼンウィンケルでもないスタイルで演奏するということである。

音響系やアンビエントのセッションみたいに、レイヤーを重ねるようにギターとサックスが動くこともあれば、ロック的なジャムさながら息の合った無軌道さもあった。また、「アフロポップにおけるもっとも重要な楽器はエレキギター」とは高橋健太郎の弁だが、アフリカのリズムが多くの曲で採用されていたことで、リズムの面白さを担保しつつ、ギタリストが動きやすい環境になっていたこともこのセッションのポイントであり、ブレイク・ミルズのロック的なギターが活きる要因になっていたはず。百戦錬磨の即興演奏家3人の中に「かっこいいフレーズをひたすら弾ける人」であるブレイク・ミルズが入っているのは、組み合わせの妙も感じた。そういう意味では、どこまでもギターの魅力を堪能させてくれるライブだった。

そういえば、『Notes With Attachments』はブレイク・ミルズが運営するNew Deal Recordsと、名門インパルスの共同リリースとなっている。インパルスはジョン・コルトレーンやアリス・コルトレーン、ファラオ・サンダースなどのスピリチュアルジャズや、アルバート・アイラーやアーチー・シェップなどのフリージャズで知られるレーベルで、黒人向けのハードコアな音楽のイメージが強いが、実はロックを聴く白人リスナーからもかなり人気があった。瞑想的な長尺の即興演奏やインドやアフリカの音楽を取り入れたサウンド、ジャケットのアートワークなどにも明らかなように、レーベルがサイケデリックなロックを好む(白人)リスナーをターゲットにしていた。実際、デザイナーやエンジニアにロック方面の人脈を起用していたりもする。今回のライブは『Notes With Attachments』がなぜインパルスからリリースされたのか、その答えがよりはっきり見えてくるようなパフォーマンスだったことも最後に触れておきたい。

【画像を見る】ピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ来日公演 ライブ写真(全24点:記事未掲載カット多数)


Photo by Masanori Naruse



ビルボードライブ公式ホームページ:http://www.billboard-live.com/

 
 
 
 

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