ホイットニー・ヒューストンという伝説の歌姫を称える伝記映画が誕生 

『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』にてホイットニー・ヒューストンを演じたナオミ・アッキー。EMILY ARAGONES/SONY PICTURES

「その歌声で世界を魅了した歌姫の半生を描いた伝記映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』は、まさにヒューストンに捧げられた熱烈なラブレターだ」と、米ローリングスストーン誌の映画評論家デビッド・フィアーは語る。

※本記事は、ネタバレの要素が含まれております。

『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』を観る人は、なにもホイットニー・ヒューストンの熱狂的なファンである必要はない——天高く舞い上がる人間の奇跡の歌声を愛しているのであれば、それで十分だ。ヒューストンと聞いてある人は、音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィスにスカウトされてアリスタ・レコードと契約を結んだ直後の1983年の『The Merv Griffin Show』のパフォーマンス(ミュージカル映画『オズの魔法使い』の「Home」を熱唱)を思い浮かべるかもしれない。MTVでの大ブレイクのきっかけとなり、後に音楽チャートを席巻した名曲「How Will I Know」のMVを思い浮かべる人もいるだろう。筋金入りのファンは、1994年のアメリカン・ミュージック・アワードにおける「I Loves You Porgy」、「And I Am Telling You」、「I Have Nothing」の珠玉のブルースソング・メドレーをあげるかもしれない。1991年のスーパーボウルでの伝説的な国家独唱も忘れてはいけない……。



本作は、ヒューストンのキャリアに燦然と輝くこうしたハイライトを“可能な限り”忠実に再現している。仮に、実際の映像と黄金時代のヒューストン役を演じた女優ナオミ・アッキーの演技がぴったり重ならない部分があったとしても、本作がニュージャージー州の教会で歌っていた少女がスターダムを駆け上がる姿を描いたヒューマンドラマであることに変わりはない。ホイットニー・ヒューストン財団公認の本作のメガホンを取ったのは、『プレイヤー/死の祈り』(1997)で映画監督デビューを果たしたケイシー・レモンズ。ヒューストンの生涯と2012年の不慮の事故による死を振り返る本作は、この伝説の歌姫を忘却の彼方へ押しやる代わりに、彼女に熱い賛辞を贈っている。製作陣は、オーディエンスが時にはヒューストンのレガシーを傷つけたスキャンダルについて知っていることも承知だ(ヒューストンに関する従来のドキュメンタリーは、これらに焦点を置くものが多い)。その上で、ヒューストンの素晴らしい功績に惜しみない拍手を贈っているのだ。

本作は、「Greatest Love Of All」の歌い手が48年の生涯において経験した苦悩に焦点を置いているわけではない。家庭環境やポップスとブルースのクロスオーバー、ブラック・ミュージックとして認められなかったこと、ソウル・トレイン・アワードでのブーイング、名声と終わりのないツアー活動に伴うプレッシャー、親友ロビン・クロフォード(ナフェッサ・ウィリアムズ)をめぐるゴシップ、マネージャーでもある父親(クラーク・ピータース)との軋轢、元夫ボビー・ブラウン(アシュトン・サンダース)をめぐるゴシップや憶測など、ヒューストンの人生は決して平坦なものではなかった。それでも本作は、ヒューストンの私生活にあまり関心を示さない。

その代わり本作は、ヒューストンの歌手としての才能に光を当てることに徹底してこだわる。その才能があったからこそ、ニューヨーク・シティの小さなナイトクラブで若いヒューストンの歌声を聴いたアリスタ・レコードの社長で音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィス(スタンリー・トゥッチ)は、即座に彼女と契約を結んだのだ。有名なゴスペル歌手として活動していたヒューストンの母親シシー(タマラ・チュニー)が自らのキャリアを犠牲にしてまで娘にスポットライトを当てさせたのも、その才能のおかげだった(ナイトクラブでデイヴィスの姿を認めるや否や、咳をして声が出ないフリをするのも、『The Merv Griffin Show』のオーケストラの指揮を乗っ取るのも劇中ではシシーということになっている)。その才能があったからこそ、ヒューストンは次から次へと音楽界の記録を塗り替えていったのだ。


『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』にてクライヴ・デイヴィスを演じたスタンリー・トゥッチ(写真左)とホイットニー・ヒューストンを演じたナオミ・アッキー(写真右)。EMILY ARAGONES/SONY PICTURES

ナオミ・アッキーの演技も、(たとえ彼女が伝説的な名曲の数々を歌っていない時でさえ)ヒューストンの唯一無二の才能を余すことなく表現するのに一役買っている。イギリス・ロンドン出身の女優であるアッキーの使命は、野心的なアーティスト、荒削りなデモ音源から未来のヒット曲を聴き分けることができる黄金の耳の持ち主、R&Bにポップスを取り入れた独創的なコラボレーター、美しいトリルと甘い歌声にのせて80年代のポップミュージックに数えきれないほどのR&B要素を持ち込んだアーティストとしてのホイットニー・ヒューストンを活写することなのだ。もちろん、アッキーが華やかなジュエリーをまとったゴージャスな受賞式スタイルから、カジュアルシックの決定版ともいうべきホイットニーのスタイルを見事に再現していることも称賛に値する(ヒューストンがスーパーボウルで真っ白なジャージに身を包んでいたことには、ちゃんと理由がある)。だがそれ以上にアッキーは、伝説的な歌姫という役柄を堂々と演じた。ヒューストンに宛てられた史上最高のラブレターというひとつのゴールの裏で、ありとあらゆる人が自分の思い通りに作品を動かそうと画策していたことが垣間見られるものの、アッキーは自身のパフォーマンスに集中して、この映画にふさわしいヒューストン役を演じ切ってくれた。まさに殿堂入りレベルの演技だ。

Translated by Shoko Natori

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