BIGYUKI、石若駿と探る「AI×即興」の可能性 新しい音楽イベント『Craft Alive』総括

「AIとのセッション」がもたらす可能性とは?

最後に、BIGYUKIとAIのセッションに石若が加わった。そこではこの日初めて、人間が2人になり、人間どうしの音楽的な反応や対話が発生していた。すると演奏を相手に合わせるにしても、外すにしても、そこには明確に2人の間にある種の”心の交流”のようなものが生まれていたのが感じられたし、その瞬間、ステージ上の2人だけでなく、オーディエンスの間にも明らかな安心感が生まれていた。2人の人間の即興演奏の応酬の中に”わかりあっている”感覚が誰の耳にもわかる状態で存在していたことで、演奏はスリリングなのに、どこか平穏さにも近いムードが会場に漂っていた。ラストの石若の参加は、それまでのAIと人間のセッションでのAIと人間の間の捉えどころのない関係性との違いを鮮やかに浮かび上がらせていた。

終演後の2人に話を聞いたところ、「AIとはまだ会話って感じではない」「でも繋がってる感じはある」といった感覚を抱いているようだった。BIGYUKIは「自分の分身だとは思わなかった」、石若は「自分の方からAIに合わせにいくのも違う気がする」とそれぞれ振り返っている。2人とも何かしらの繋がりは感じているが、その繋がり方にはまだ確信が持てていない。AIを突き放したいわけでもないが、自分の方から合わせて演奏することには不毛さを感じているようだ。

そして、彼らにAIが今後どうなっていくのが望ましいかという話を振ると、「それは生身の演奏者に置き換えればどういった行為なのか」「人間から見たらどんな意味がある行為なのか」みたいな話を、まだ考えがまとまらないうちから語り始めた。


BIGYUKIと石若駿の共演


BIGYUKIと石若駿の共演

AIみたいに何かしらの意志を持つかのように動く相手と共演すると、機械との共演とも、ただツールを使うのとも異なる不思議なフィーリングが生まれるのだろう。その「掴みどころのなさ」が言葉を喚起しているようにも映った。そして、そういう実態があるようでない存在と対峙したとき、向けどころのない意識を自分に向けるのかもしれないとも思った。AIはその場の演奏そのものを変えるというよりは、ミュージシャンが自身と向き合ったり、「何かと共に演奏すること」について考えるきっかけを与えるのかもしれない。自らの演奏の意味を言語化しようと饒舌に語り続ける彼らの姿は、当日のパフォーマンス並みに興味深いものだった。

ところで今回使われた「Neutone」には、もう一つ知っておくべきコンテクストがある。今回のイベントにおける裏テーマとも言えるかもしれない。

現在、AIは音楽の世界でも様々な実験が行われているが、まだ手軽に扱えるところまでは至っていない。利用するにしてもプログラミングの知識が必要だったり、敷居が高くなりがちだった。しかし、「Neutone」は多くのミュージシャンが制作やライブで用いているAbleton LiveやLogicなどのDAW上で使えるようになっていて、汎用性が高い作りになっている。つまり今回のイベントは、制作のインスピレーションとして、もしくは制作のためのツールとして、これからミュージシャンが気軽に使えるプラグインにしていくためのデモンストレションの場でもあった、ということだ。



また、「Neutone」は開発したものを発表して、それを使ってもらったら終わりではない。その開発キットはQosmoによりウェブ上で公開されていて、世界中の研究者やエンジニアが誰でもアップデートを加えることができるようになっている。誰かが新たなバージョンをアップロードすると、プラグインを立ち上げたとき即座に使えるようになっている。そこでミュージシャンが使用した際のフィードバックがまた共有され、それが改善や新たな機能の開発への呼び水にもなる。つまり、単なるプラグインというよりは、音声変換機能を有したAIという形のプラットフォームというほうが近く、Dentsu Craft Tokyoクリエイティブ・ディレクターの菅野薫は「AI研究者とアーティストが協働することで、新しい音楽の地平を切り開くことを目的としたコミュニティを作っている」と語っている。

そういった「Neutone」のコンセプトにおいて、前述したような「AIとセッションすると、その経験を言語化したくなる」というポイントは重要な意味を持つのかもしれない。AIがミュージシャンを刺激することで、ミュージシャンの演奏は変化し、その変化を言語化する。その言葉がAIを進化・変化させ、それがまたミュージシャンを刺激する。その終わりのないプロセスのすべてがAIとミュージシャンのセッションの一部なのだろう。つまり、このセッションをもっと大きな視点で考えると、それは音源制作やライブの現場のみならず、ミュージシャンの言葉によるフィードバックとそれに対応する研究者やエンジニアによるアップデートも含めた、長い時間をかけたセッションのようなものだと捉えた方が自然なのかもしれない。

今後、このプロジェクトがどう発展するのかはわからないが、BIGYUKIのパフォーマンスとそこから得られたフィードバックが「Neutone」をどう変えるのか、次の機会にBIGYUKIがどう対峙するのかを考えると、このあとのステップがとても楽しみだ。その頃には、石若駿とYCAMチームのAIもきっと進化しているに違いない。


左から石若駿、BIGYUKI、徳井直生

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