デヴィッド・ボウイの没入型ドキュメンタリー『ムーンエイジ・デイドリーム』が画期的な理由

「ボウイ役」を演じられる俳優は存在しない

『ムーンエイジ・デイドリーム』には、ボウイ史上最高のバンドを従えた1978年のStageツアーに代表される、息を呑むようなライブ映像が数多く見られる。そこにはスパイダー・フロム・マーズがバックバンドを務めた、70年代初頭のジギー・スターダスト期の映像も含まれる。ギタリストのミック・ロンソンの前で屈み、彼のギターにフェラチオをするかのような有名な場面だけを集めたシーンは爆笑を誘う。ボウイがオーディエンスに「Love Me Do」の合唱を促す一幕が見られる、圧倒的な「The Jean Genie」のジャムも見どころだ。


(c)2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


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また本作には、1973年にBBCが放送したしたアラン・イエントブによるクラシックなドキュメンタリー『Cracked Actor』のユーモラスなシーンの数々も登場する。ハリウッドのリムジンの後部座席で大量のコカインを摂取し、全身を引きつらせるボウイの姿は『The Golden Girls』のルー・マクラナハンを彷彿させる。また70年代後半に制作されたインタビュー映像で、電子音を取り入れた実験的なベルリン三部作によって人気に翳りが出たのではないかというイエントブのコメントに対し、ボウイは愉快そうに笑いながらこう答えている。「何を分かりきったことを」

音楽とプライベートの両面においてボウイが最も低迷していた80年代後半の記録は、本作におけるハイライトのひとつだ。デニス・デイヴィスによる「Sound and Vision」のドラムトラックと「Absolute Beginners」のアカペラのミックスで幕を開ける、ボウイが金を稼ぐために陳腐な曲を書いていることを認める一連のしかめっ面のインタビューは痛ましいほどだ(「すまないが、私は清貧という概念を信じていないんだ」。鼻をフンと鳴らしながらそう話す姿には悲壮感さえ漂っている)。ティナ・ターナーと共演したペプシのCM。Glass Spidersツアーの記録。他に行き場がないと言わんばかりに、アジアのどこかにある深夜のショッピングモールで1人でエスカレーターに乗っているボウイ。ヴァンパイア役を演じた『ハンガー』での、「俺は若い、わかったか? 俺は若いんだ!」と主張するシーン。これらはすべて、完全に割り切ることで手にした80年代の成功に伴った閉塞感と虚無感を見事に表現している。

そしてそれは、本作において最もエモーショナルでパワフルな瞬間へと続く。「Word on a Wing」の静謐なピアノのメロディをバックに、通路に佇むボウイ。到着したエレベーターのドアが開くと同時に、「イマンと初めて会った時……」という彼のモノローグが始まる(このシーンを観て、筆者は号泣してしまった)。

その他のボウイの自伝映画と同様に、本作はイマンとの結婚を経た彼の90年代の音楽的変遷については触れていない。テクノを取り入れた1995年作「Hello Spaceboy」の印象的なイントロが流れる場面こそあるものの、『Earthling』『Heathen』『Reality』『The Last Day』等の過小評価されたアルバム群に収録されている、妻への愛を綴ったソウルフルな大人のラブソングへの言及も見られない(『Hours』を挙げなかったのは、「Thursday’s Child」はボウイ史上屈指の名曲だと筆者が信じてやまないからだ)。

『ムーンエイジ・デイドリーム』の物語の大部分は、ボウイの表情に集約されている。リトル・リチャードのダンスやエリック・ドルフィーのサックスを研究している時と同じ熱量で、彼は鏡と向き合って自身の動作を確かめる。彼は常に、自分の顔がアップで映し出される場合に備えていた。誰もが目にしたことのある「アイス・ブルー」ターコイズのスーツに身を包んだ、「Life on Mars」のミュージックビデオ撮影時にポーズを取る姿も見られる。同ビデオの監督を務めたミック・ロックによると、ボウイがそのスーツを着たのは、生涯を通じてわずか数分間だったという。だがそれ以降、そのスーツは大衆が思い描く夢のような暮らしの一部となった。それはボウイという存在の何たるかを物語っている。『ムーンエイジ・デイドリーム』は、 ボウイの伝記映画が失敗する運命にある理由が、その役を演じられる俳優が存在しないからだということを教えてくれる。その黄金期がどのようなものだったのかを知るのは、その人生を実際に生きた者だけだ。

From Rolling Stone US.




『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』
3月24日(金)IMAX® / Dolby Atmos 同時公開
(c)2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:パルコ ユニバーサル映画
公式サイト:https://dbmd.jp/

Translated by Masaaki Yoshida

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