ザ・ホワイト・ストライプス『Elephant』20周年 今こそ聴くべき4つの理由

 
2. 「2000年代ロック」の評価を変えた、時代を代表する名盤である

そして「Seven Nation Army」が21世紀最大のアンセムであるだけでなく、この『Elephant』自体が2000年代のポップ・ミュージックを代表する名作アルバムとして記録・記憶されているレコードとなっている。

リリース当初からメディアの絶賛を集め、米ローリングストーンが当時としては非常に珍しい五つ星の満点を与えたほか、グラミー賞においても「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞」を受賞。さらにはその授賞式における圧巻のパフォーマンスなどを通し、ジャック・ホワイトは「90年代以降最高のギタリストの一人」としてクラシック・ロックファンやそのミュージシャンたちからも賞賛を集め、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジや、ローリング・ストーンズとのその後の共演にも繋がる評価を獲得したのだ。


『Elephant』のシングル第2弾「I Just Don't Know What to Do with Myself」はバート・バカラック/ハル・デイヴィッドが手がけた楽曲のカバー

こうしたファクトの列挙に対し、もしかしたら「ただの権威盲信だ」「音そのものを聴け」といった批判や、「何が評価されたのか分からない」という疑問が出てくるかもしれない。だが、本作においては「広く高い評価を獲得した」という事実それ自体が歴史的に重要な意味を持っていることを指摘したい。

というのも、今となっては嘘のようだが、ザ・ストロークスのデビューをきっかけに2001〜2002年にかけて始まった「ロックンロール・リバイバル」は、当時「メディアによって捏造されたムーブメント」として疑いの目を向けられる対象だった。そして、そこに括られたザ・ホワイト・ストライプス、ザ・ハイヴス、ザ・リバティーンズなどのバンドは、辛口のジャーナリストやリスナー、そして先輩ミュージシャンたちから「ただの焼き直し」などと言われ、フェイクと見なされていたのだ。「2000年代には本物のロックは存在しない」「イラク戦争の戦場でニルヴァーナやレディオヘッドは真実味をもって響くが、ザ・ストロークスにそれはないだろう」などなど、やはり今となっては冗談のような言説が飛び交っていたのである(とはいえ、実際のところ、ロックンロール・リバイバルについて、メディアによってムーブメントが作られた部分は否定できないし、”偽物”としての部分もある。しかし、それはエルヴィス・プレスリーもザ・ビートルズもパンクも同様である。ファンタジーが現実を加速させるのも、また事実なのだ)。

そんな空気を一変させ、2000年代のリアルタイムのロックミュージックへの疑念を大きく払拭することになったきっかけが、本作なのである。

では、この『Elephant』がなぜそこまでの評価を獲得したのか。その理由の一端を次の項目で分析・解説しよう。


Photo by Lex van Rossen/MAI/Redferns

3. ロックを再定義し、リバイバルへの疑念に回答したレコードである

端的にいえば『Elephant』が提示したものとは「ロックの因数分解と再定義」、そして「アートがタイムレス性と時代性の両面をもっているという事実」だった。

前者はザ・ホワイト・ストライプスが結成当初から一貫して(図らずも)体現し続けたコンセプトであり、それは彼らの最大の特徴であるギター&ボーカルとドラムスによる、ベースレスの2ピースバンドという編成と絶対的に紐づいている。1950年代にバディ・ホリーとザ・クリケッツが作り上げた「ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムス」というロックバンドの原型像を、彼らは2ピースというバンド編成それ自体で解体した。さらにはレッド・ツェッペリンが提示した「ブルーズの流れを汲むハードロック」をベースレスのスカスカのサウンドで再演することで「ロックサウンド=歪んだギターとドラムス」という再定義を行なったのだ。そして、そこにはボーイバンドが持つマチズモに対する批評性や、ペイヴメントらローファイと呼ばれたミュージシャンやそのムーブメントとのリンクを読み解くことも、昨今のマネスキンやMIYAVIのようなギターとダンスミュージックの要素を融合させたアーティストへの影響を感じ取ることも、決して難しくないだろう。

後者の「アート作品が持つタイムレス性と時代性」も、やはりザ・ホワイト・ストライプスひいてはジャック・ホワイト関連作品から一貫して感じられる要素だ。ロックバンドを聴いてロックを演奏するのではなく、ブルーズやカントリーなどルーツを徹底的に遡り、そこから得たインスピレーションをモダンな音楽として現代に提示する。そんなルーツ重視と、レトロさとモダンさへの強い意識は、ザ・ホワイト・ストライプスからビヨンセとの共作「Don’t Hurt Yourself」まで、そのサウンドを変えながらも通底していると言っていいだろう。


マネスキンによる「Seven Nation Army」のカバー


『Elephant』のシングル第4弾「There's No Home for You Here」

では、それら2つの要素が、なぜ『Elephant』で結実したのか?

そこには2003年というタイミングはもちろん、本作の制作プロセスも大きく影響していると考えられる。『Elephant』はザ・ホワイト・ストライプスが初めて米国外、イギリスのロンドンで制作したアルバムだが、その大半となる14曲中12曲をレコーディングしたトゥー・ラグ・スタジオは、1960年代以前のヴィンテージ機材を中心に構成された非常にアナログなスタジオだったのだ。当然、本作も現在主流であるProToolsを使ったデジタルレコーディングではなく、オープンリールのテープを使ったアナログレコーディングで録音されており、アルバムのアートワークには“No computers were used during the writing, recording, mixing or mastering of this record”(このレコードの作曲、録音、ミキシング、マスタリングにコンピュータは使用されていない)とはっきり記載されている。そしてプロモ盤も当時主流のCDではなくアナログレコードで作られるという徹底ぶりだった(リーク対策だったとも言われている)。

当然「ザ・ホワイト・ストライプスがヴィンテージ機材で録音したアルバムは、本物の“あの頃”の音がするのだろう」と考えたくなるものだが、実際に再生してみると聴こえてくるのは「Seven Nation Army」。そう、あの極限までシンプルなのに誰も聴いたことがないサウンドだったのだ。そこで気付かされるのは「60年代の機材を使ってレコーディングしたとしても、当時の音楽になることはない」という(考えてみれば当たり前の)事実である。例えば「Seven Nation Army」や「The Hardest Button to Button」のミニマリズムはポストパンクやテクノ以前にはありえなかっただろうし、強烈なブルーズロックである「Ball and Biscuit」にだってヒップホップの影響を感じずにいられない。ましてや、ザ・ホワイト・ストライプスのようなベースレスの2ピース編成での録音ならば、響きすら同じになるはずがないだろう(同スタジオで録音されたどのレコードと比べても『Elephant』は異質だ)。


『Elephant』のシングル第3弾「Hardest Button To Button」



つまり『Elephant』は「リバイバルとは、一周した単なる焼き直しではなく、一周するごとに前に進む螺旋やドリルのようなものなのだ」というルーツの掘り下げとリバイバルを是とするアティテュード、そしてそれが間違っていないという事実を体現したレコードなのである。

なお本作を説明する際に「1963年以降の機材を使用していない」と記載されることが多いが、のちにジャック・ホワイトがプレスリリース文に記載したジョークだったことを明かし、それを鵜呑みにしたジャーナリストたちを批判しているので、これは誤りだと認識しておいた方がいいだろう。

いずれにせよ、本作の存在がいかに多くのミュージシャンを解放し、そして鼓舞し続けているのかは計り知ることはできない。

 
 
 
 

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