テラス・マーティンが語る「LAらしさ」と知られざるルーツ、石若駿に会いたい理由

 

「LAらしさ」と日本のシーンへの熱視線

―今もLAのストリートの話をしてくれましたけど、これまでのアルバムにはLAに由来するサウンドが必ずどこかに入っていますよね。『Fine Tune』と『Curly』でもそれは聴くことができますか?

テラス:『Fine Tune』と『Curly』を聴くとテクスチャーを耳で感じ取れる。目を閉じて聴いてみると椰子の木が目に浮かぶかもしれない。今すぐLAに行くのが難しい人は、僕の音楽をかけて目を閉じて、深呼吸をして瞑想の世界に入ってみてほしい。僕の音楽を通して音響的にLAに連れて行ってあげるから。

よく言われることだけど、特定の場所と音楽の関係ってあるよね。僕は曲のタイミングやリズム、曲間にドラムやベースがどんなふうに呼吸しているか、そのニュアンスにLAらしさを聴くことができると思う。LAって身体が揺れてる感じなんだよね、わかる? "Hey...調子はどうだい?"っていう緩い感じだったり、マリーナに浮かぶボートの上にいる感じ。だから音楽もその感覚でないとね。ボートがグライディング(訳註:ゆったり揺れている)している感じで、音楽もグライディングしている、それがLAだと思うんだ。赤信号に向かって飛ばしたり、フライトに間に合うよう必死で向かっている感じではない。僕はグライディングするのが好きだから、自分の音楽も全部ゆったり揺れてるよ。"Hey..."ってね。そこにLAらしさがあるよ。

―LAの音楽はなぜグライディングしているんですか?

テラス:海が近いし、美しい木々もあるからね。椰子の木がそこらじゅうにあるんだ。LAの音楽がグライディングしているのは、ここではみんなゆっくり話す傾向があるからだと思う。全員とは言わないけど、LAに住んでいる黒人のほとんどはヒューストンやダラスといったテキサス州の街とかニューオリンズからの移住者だから、元々はいわゆるサウスの人間なんだ。だから東海岸じゃなくて西海岸に移ってきたサウス出身者だから、忙しなく走ってるんじゃなくて、ただゆったり手を振って歩いているわけさ。雨がひどすぎたら学校だって休むんだよ。西海岸の音楽はそんな感じ。そのグラインディングなところにスヌープたちがきて、反抗的な態度とゆったりさが共存したものが生まれたんだ。Death Rowもゆったりさと反抗的な態度の両面を持っていた。"Hey....調子はどうだい?"っていうグライディングと、バンバンビートを飛ばす反抗的な感じが融合したものなんてヒップホップ史上なかったからね。とにかくLAの音楽はグライドしてるんだ。本物の遊び人が「このテーブルにワイン持ってきてくれ」とか「今日のディナーは俺の奢りだ」って言うみたいなかっこいい感じだよ。高い香水を付けてキメまくってる本物の遊び人みたいな感じだね。

 ―今の話でいうLAらしさのインスピレーションになっているアーティストや曲ってどんなものですか?

テラス:DJバトルキャットとDJクイック、あとはドクター・ドレーだね。彼らが手掛けたアルバムは全部そうだけど、例えばDJバトルキャットがプロデュースした(クラプトの)「We Can Freak It」とか、DJクイックの「Tonite」は独特な感じで聴くものを魅了するんだ。『Fine Tune』に収録した「Mind Your Business」を聴いてもらえば、僕が弾いてるベースラインとドラムの感じから「We Can Freak It」とかDJクイック、スヌープ・ドッグからインスパイアされているのがわかるし、フレーズに西海岸のGファンクを感じてもらえると思う。Gファンクとジャズの融合だよ。





―『Curly』では「The Voice of King Nipsey」を再録音していますよね。この曲に込めた想いを聞かせてください。

テラス:ニプシー・ハッスル(2019年死去)は同じ地区で育ったすごく大事な友達だったんだ。しょっちゅう話をしていたし、何年も一緒にプロジェクトをやったよ。僕は彼のことが「大好きだった」んじゃなくて、「今も大好き」なんだ。本当に誰かのことを大切に思っていたら、たとえその人がもうこの世にいなくてもずっとその名を叫び続けるだろ? 彼は今、この世とは違うところへ行ったけれど、彼がサポートしてきたことのためにこれからもずっとその名前を叫び続けるのは大切なことだと思う。

自分を大切にすることやお互いを思いやることなど、彼のメッセージはもっと多くの人に伝わるべきだと思う。ニプシーは誰に対しても絶対に「ノー」を言うのが嫌で、分け隔てなくみんなを大切にする心の大きなヤツだったし、絶対に人を悪く言うことはなかった。ニプシーは誰も傷つけたくないやつだったんだよ。僕は彼に敬意を表して今後もこの曲をレコーディングしたいし、もっと(彼に捧げる)曲を作っていきたいと思っている。そんな思いから彼の言いたかったことを彼に代わって表現すると同時に、彼の家族や子供たち、恋人、お母さんとお父さんたちに「彼のことは忘れないよ」っていうことを敬意を持って表すために「Voice Of King Nipsey」ってタイトルを付けたんだ。




―あなたはこれまでの多くのインタビューでビリー・ヒギンス、ジャッキー・マクリーン、レジー・アンドリュース、ニプシー・ハッスルについて語ってきました。彼らはそれぞれのやり方で音楽を通じてLAのコミュニティに貢献してきたと思います。彼らから受けた影響について教えてください。

テラス:ジャズ的な慣習で言うと「ひとりひとりが教え合う」っていうのがある。ビリー・ヒギンスが僕に常々言っていたのは、「私が君に教えたことに対して恩返しをする唯一の方法は、私から学んだことを今度は君が誰かに教えること」だった。音楽の世界でがんばっていくと誓い、自分がやっていることが人間愛に貢献することだとわかったら、「ひとりひとりが教え合う」が基本になるんだ。僕自身がコミュニティのために取り組んでいることで言うと、僕は常にたくさんのことに従事してるけど、実際に今取り組んでいて、すでに実現しかけているのが、若いアーティストたちの成功への入り口を築き上げることだ。僕は全てのコミュニティが自分のコミュニティだと思っているから、色々な入り口や門戸をLAのコミュニティに限らず様々なところに築きたいと思っている。僕はクレンショー(Crenshaw)区出身だから、まずはそこが自分のコミュニティだ。

―「Sounds Of Crenshaw」というレーベル名の由来もそこからですよね。

テラス:でも、愛を理解していて、人間愛においてもっと高いレベルを目指して共に助け合いたいと思っているコミュニティはどこであっても、それらも僕のコミュニティなんだよね。だから今は自分の地元に限らず、世界中のコミュニティに向けて、我々はどこにいてもうまくやり遂げなきゃいけない、一緒にうまくやり遂げるんだっていうメッセージを精神的に、そして音楽を通じて広めようとしている。一緒にやろうよってことに尽きる。

ウォーの「The World Is A Ghetto」って曲があるけど、今の世界はまさにゲットーだよね? ひどいもんだよ。ロシアやヨーロッパ、アフリカ、日本、シカゴをはじめ、世界各地でゲットーさながらの出来事が多発している。僕に言わせれば、平和な場所はない状態だよ。憎しみが至るところにある今、まさに人間は助け合わないといけない。誰しも助けを必要としているからね。今はそこに重点的に取り組んでいるよ。問題が起こっているコミュニティに音楽を広めるんだ。だから僕はジャズのレーベルを立ち上げて、そこからたくさんの音楽を発信することにしたんだ。みんなが身近に感じ、自分もその一部だと感じることができる音楽を発信する流れに物足りなさを感じていたからね。僕の音楽を聴いてそこに秘められたメッセージを受け取り、新たな気持ちで明日を迎えられるよう、みんなには自分も僕の作品の一部だと感じてもらいたい。僕の強みはアートだから、それを活かせば世界に影響をもたらすことができるかもしれないからね。そのために自分の長所と短所の両方を活用しているんだ。世界中に僕のメッセージを発信するには、その両方がパワフルなツールになるから。

―ちなみにジャッキー・マクリーンは、ブルーノートを代表するアルトサックス奏者であるのはもちろんとして、アメリカでは教育者としても知られているそうですね。あなたは彼の名前を頻繁に挙げていますが、彼からどんなことを学んだのでしょう?

テラス:ジャッキーからは自分の直感を信じることを学んだ。力尽きるまで自分の持つものを出し切ること、練習を絶やさないこと、今より上手くなりたいと思い続けること。チャーリー・パーカーを聴き続けること、そして自分のアートに対して常に遠慮するなっていうことを学んだ。ジャッキーとは個人的な繋がりがあって、LAに来るたびに師匠として接してくれたよ。ジャッキーから学んだ最大のレッスンは、個性的であることだと思う。多くのミュージシャンたちが「〇〇みたいになりたい」って憧れを語っているなかで、気に入られようが嫌われようが「これはテラス・マーティンのサウンドだ」ってすぐわかるよう自分の個性を保つこと。僕のアートには否が応でも自分の名前が付いているわけで、僕は常々そうありたいと思っていた。自分らしさを保つことが大切なんだ。AIの時代だからうかうかしていられないけどね。



―最後に、ビルボードでの来日公演はどんなものになりそうですか?

テラス:楽しくてソウルフルで、いい意味で遠慮のない内容になるはずだよ。B3オルガンとパワフルなドラム、僕のアルトサックスでディナー・パーティーの「Freeze Tag」、カマシの「Final Thought」、レオンの「Sweeter」、『Curly』からの 「Bromali」といったお馴染みの曲を演る予定だ。ジミー・スミスとJ・ディラ、ジャッキー・マクリーンのスピリットを借りて、日本に最高のジャムをお届けするよ。

日本にはずっと行きたいって言ってきたんだ! だから色々なスケジュールが決まっていたのに、コロナで中止になって気が狂いそうだったよ。来年またディナー・パーティーのメンバーで日本に行きたいと思っているし、これからもハービー・ハンコックとの共演だったり、いろんな形で来日公演を続けたい。それに、僕は日本のジャズアーティストのプロデュースを手がけてみたいと思っているんだ。

―ぜひ!

テラス:日本に若手のドラマーがいるんだよ、ちゃんと名前を確認しなきゃ。今、気になる日本人のミュージシャンが3人いる。みんなNYに引っ越すべきなのに……と思う反面、いや、やっぱり日本にいた方がいいとも思うんだ。NYはクレイジーだからね。以前、サンダーキャットと話をしたときに、彼からも日本のアーティストをプロデュースすべきだよって言われたんだ。日本のファンとは相思相愛の関係なんだから、コンタクトして足を運んで、日本のジャズシーンを深く掘り下げて能力を試してみろってね。もしこの記事を読んで気になった人がいたら、僕は日本のジャズアーティストのプロデュースを手掛けたいと思っているのでよろしくね。世界にある隔たりを埋めたいんだ。そして、「ワールド・ジャズ」じゃないアルバムを手掛けたい。全ての要素が詰め込まれたアルバムをね。だから、プロデューサーを探している人はこの記事を読んだら連絡してくれよ。

―もしかして、その「若手のドラマー」って石若駿のことですか?

テラス:そうそう! めちゃくちゃヤバいんだよ! 連絡くれるように伝えといて。マジで実現させたいと思っているから。




テラス・マーティン来日公演

2023年9月11日(月) ビルボードライブ横浜
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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2023年9月12日(火) ビルボードライブ大阪
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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2023年9月14日(木)・15日(金) ビルボードライブ東京
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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チケット: サービスエリア 9,800円 カジュアルエリア 9,300円(1ドリンク付)

Member
Terrace Martin / テラス・マーティン (Saxophone)
Pat Bianchi / パット・ビアンキ (Organ)
Trevor Lawrence / トレバー・ローレンス (Drums)

Translated by Aya Nagotani

 
 
 
 

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