ヌバイア・ガルシアが語るUKジャズの多様性、音楽を通じて再接続したアイデンティティ

Photo by Fabiola Bonnot

先日、エズラ・コレクティヴが2023年のマーキュリー・プライズを受賞した。ここ数年もスケプタ、サンファ、デイヴ、アーロ・パークス、リトル・シムズといったUKを象徴するアーティストが獲得してきた賞を、ジャズのグループが受賞したことに驚きの声も上がっていたが、ジャズミュージシャンたちが現地の音楽シーンに欠かせない存在になっている現状を鑑みれば、決して不思議ではない。それこそ、サンファの来たる新作『LAHAI』にもユセフ・デイズやシーラ・モーリス・グレイといったUKジャズの名手が多数参加しているし、彼ら自身のリーダー作も世界中で高い評価を得ており、もはやUKジャズはあらゆる場所で完全に定着している。

そんなUKのシーンの顔といえば、大半の人がシャバカ・ハッチングス、もしくはヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)を挙げるだろう。特にヌバイアは現在のUKシーンがもつ魅力をそのまま体現しており、まさしく象徴的な存在である。彼女の作品はカリブ海やアフリカからの移民が持ち込んだ文化を反映しているだけでなく、今年7月リリースの新曲「Lean In」でUKガラージを取り入れたりと、UK独自のクラブカルチャーとも繋がっている。さらに彼女が、トゥモローズ・ウォリアーズをはじめとしたロンドンの教育機関の出身であり、同地のシーンが推し進めてきた女性ミュージシャンへのサポートをきっかけに台頭した点も重要だろう。UKジャズの特徴として多く語られる「多様性」を誰よりも体現しているのがヌバイアだと思う。もちろん、テナーサックスの腕前も一級品だ。

そんなヌバイアが、10月2日〜4日にブルーノート東京で初来日公演を行う。それを記念して、ジャズの名門コンコードからデビューアルバム『Source』を発表した際に行った2020年のインタビューを公開する。彼女の核になっている部分がたっぷり語られていると思う。




音楽への扉を開く教育環境

―UKのジャズ教育と言えばトゥモローズ・ウォリアーズが有名です。あなたはこのNPOが輩出したスターの一人でもありますが、そこに通うようになったきっかけを教えてください。

ヌバイア:とあるワークショップに参加していたら、友達が「今度、別のワークショップに行ってみるけど、一緒に行かない?」と誘われて参加したのが最初。その日に代表のゲイリー・クロスビーとも会って、シーラ・モーリス・グレイ、モーゼス・ボイド、マーク・カヴューマ、シャーリー・テテといった(今日のUKジャズを代表する)面々とも初日に知り合ったんです。そこで「毎週やってるから来れば?」と言われ、それから3年間くらい定期的に通っていました。新しいレパートリーを学べるのも良かったけど、みんなと一緒にグループで演奏することから学ぶものが大きかったと思いますね。私のなかでのプライオリティは新曲を学ぶことと、即興演奏をすること、それをいかに上達させられるかということ。それに何よりも、コミュニティに対する意識が芽生えたのがすごく良かったです。

―トゥモローズ・ウォリアーズで指導してくれたのは、どんな人たちですか?

ヌバイア:もちろんゲイリー・クロスビーと、ビンカー・ゴールディング、ジェイムス・マッケイ、ナタニエル・フェイシー。自分より一世代くらい上の人たちがトゥモローズ・ウォリアーズにはいて、彼らに指導してもらえたのが大きかったと思います。

―なるほど、少し歳上の先輩たちが先生役を兼ねていたんですね。

ヌバイア:あと、それとは別にマスター・クラスも受講していて。そこでゲスト講師として教えてくれたのがスティーヴ・コールマン、アンブローズ・アキンムシーレ、ケンドリック・スコット。そういったミュージシャンからも学ぶことができました。


トゥモローズ・ウォリアーズのドキュメンタリー、ヌバイアも登場

―アメリカのトップ・プレイヤーが訪英したときに教えに来てくれることもあったんですね。あと、トゥモローズ・ウォリアーズには「Female Collective」という女性だけのプログラムがあって、あなたもそこに参加していたと思います。

ヌバイア:Female Collectiveは元々、ジャムセッションのための場だったんです。プロ・アマ・年齢を問わず、ときに学生も交えながら、女性のミュージシャンが集まって一緒に演奏するという。若手にとっては少し年上の人たちと演奏できたのも魅力的で、私も先輩の(サックス奏者)カミラ・ジョージがいたから勉強になりましたし、素晴らしい場だったと思いますね。ここから私も在籍しているネリヤというグループも生まれたわけですし。ちなみに今はシーラ・モーリス・グレイが運営していて、彼女がプログラムを継続させています。

―以前、ロンドンでトゥモローズ・ウォリアーズを取材したとき、代表のジェニー・アイアンズが「元々は移民や黒人の若者、それから女性に演奏の機会を与えたかった」と語っていました。まさにFemale Collectiveは、女性のための場だったわけですね。

ヌバイア:ええ。トゥモローズ・ウォリアーズの功績の一つは、多くの人々に(音楽への)アクセスを広げたことにあります。音楽に限らず、何をするにもお金はかかりますけど、トゥモローズ・ウォリアーズはイギリスで唯一の全てが無料のワークショップなんです。例えば楽器に関しても、多くの生徒が無料で使える環境づくりのために予算を作ったりしている。そういう意味で、トゥモローズ・ウォリアーズはあらゆる人々に扉を開いたと思います。


ネリヤのパフォーマンス映像(2014年)。トランペットはシーラ・モーリス・グレイ、ギターはシャーリー・テテ

―お金の話が出たので、PRSファウンデーション(以下、PRS)についても聞かせてください。PRS for Music(日本でいうJASRACに近い著作権管理団体)が運営するアーティスト育成団体で、あなたもサポートを受けているんですよね?

ヌバイア:そうですね。PRSはUKのミュージシャンにとって生命線ともいうべき、なくてはならない存在だと思います。私も去年、PRSから資金面も含めていろんな支援をしてもらいました。次のステージに進むにあたって資金面が障壁になっている場合、その部分をPRSは助けてくれるんです。ツアーを組むことだったり、アルバムのためのレコーディング費用だったり、必要な機材のための経費だったり。私が2枚目のEP『When We Are』(2018年)を作ることができたのも、500枚のヴァイナルを作るためのマスタリング費用を工面することができたのもPRSの資金援助があったから。それにPRSは、Steve Reid InNOVAtion Award(ジャズ・ドラマーの故スティーヴ・リードの名を冠した賞で、受賞者は助成金とアーティストから指導を受ける権利を得られる)のようないろんなアワードを開催していて、周りのミュージシャンたちの多くがその恩恵を受けています。


「Steve Reid InNOVAtion Award」を受賞したヌバイアを紹介するパフォーマンス映像、キーボードはジョー・アーモン・ジョーンズ

―ロンドンのトータル・リフレッシュメント・センターでは、「今のロンドンはコンペティティブ(競争的)ではなくてサポーティブ(協力的)だから面白い」という話を聞きました。その点についてはどう思いますか?

ヌバイア:「これやりたいから来てくれない?」「ギグあるから出てくれない?」みたいに、電話一本で駆けつけてくれる豊かなコミュニティがロンドンにはあると思います。そのポジティブさが自然で当たり前なこととしてあって、とてもリアルに感じられますね。エズラ・コレクティヴやジョー・アーモン・ジョーンズとは10年以上の知り合いで、私はこれからも永久に彼らをサポートし続けるだろうし、この関係性こそ本当の意味での友情なんだと思います。

Translated by Kyoko Maruyama

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