「エモラップはかつて蔑称だった」アトモスフィアが語るミネアポリスDNAと2000年代のシーン

Photo by Dan Monick

 
ミネアポリスが生んだ名ヒップホップデュオ、アトモスフィア(Atmosphere)が新作EP『Talk Talk』をリリースした。90年代後半から現在に至るまで大きな間を空けずに精力的に作品を発表している二人だが、今作も5月にリリースしたアルバム『So Many Other Realities Exist Simultaneously』に続く今年2枚目の作品だ。

『Talk Talk』のタイトルは、『So Many Other Realities Exist Simultaneously』の収録曲と同じものだ。しかし、アルバムがブーンバップからロック風味のものなどカラフルなのに対し、『Talk Talk』は全編80年代を想起させるエレクトロ色の強いサウンドに統一。繋がりは明確ながら、また新たな道に進んだ作品となっている。

アトモスフィアは以前から一味違う存在だった。プロデュース担当のアント(Ant)はサンプリングベースのスタイルで初期は所謂ブーンバップ系が中心だったが、その作風は徐々に広がりを見せ、『Talk Talk』に繋がるようなエレクトロ風味も時には取り入れたものを聴かせていた。ラップ担当のスラッグ(Slug)もストーリーテリングやメタファーの妙などラッパーとして正統派の実力を備えつつも、ラッパーにタフさが求められていた時代から内省的なリリックを書くことを厭わない挑戦的な姿勢を見せていたアーティストだ。なお、リル・ピープやXXXテンタシオンのブレイクに伴う「エモラップ」のムーブメントが起こった際、スラッグが自身の音楽を「エモラップ」と話していた過去のインタビューが発掘され、その道のパイオニアのように語られたこともあった。その音楽はアンダーグラウンド・ヒップホップのファンだけが楽しむには勿体ないものなのだ。

そんなアトモスフィアの新作リリースにあわせ、今回はスラッグにインタビュー。驚きの制作背景やエモラップ観、そして「ブルーカラーとしてのラップ」という活動姿勢などをたっぷりと語ってもらった。


―新作EP「Talk Talk」は、今年5月に出たアルバム『So Many Other Realities Exist Simultaneously』に続くリリースですよね。まずはこの2作のテーマやコンセプトについて聞かせてください。

スラッグ:俺たちが作り始めた当初はコンセプトがなかったんだ。ロックダウンの真っ最中の頃に、アンソニー(Ant)が1曲作ってきて、「俺にラップしてほしい」と言ってきた。音源をもらって、「こりゃすごい楽観的な感じだな」と思ったよ。俺たちの音源の多くよりもアガったビートに感じられたしね。それでオプティミスティックな感じの曲を書いて「Okay」と名づけてアイツに返したんだ。そうしたら「アップビートでオプティミスティックな感じにアルバムを始めたいと、かねてから思っていたんだ」と言われて、俺も「よし、そうしよう。こんな感じにアルバムを始めよう」と言った。そうしたら次の曲を渡されて「これが2曲目、2トラック目だ」と言われたんだ。

それで、「これは曲順通りに作りたいんだな」って気づいた。そのアイデアが気に入ったんだ。今までたくさんアルバムを作ってきたけど、そういうことはトライしたことがなかったから、そういうパズルを出されてありがたかったよ。

そこからゆっくりと、タイトルそのまんまの物語を組み立てていったんだ。昔の言葉で「俺たちはみんな自分の宇宙の中心にいる」(We are all in the center of our universe)っていうのがある。この世の中には何十億もの宇宙があって、それぞれの周りを回っている。そして、それ以外のリアリティもたくさん存在する。今君と俺はインタビューという経験を共有しているけど、それぞれのバージョンはまったく異なる。ちょっとしたニュアンスだけでもね。

そういうことを話題にしたいと思ったんだ。特に俺が今住んでいるところは、人々の間であまりに分断が多くてね。ひとつのストーリーが2つの異なる形で解釈されて、グループ間で様々なケンカが起こっている。そういう現状に対しての自分の見方をアルバムにしたいと思った。このアルバムはライティング面で言うと、それまでの作品ほど抽象的ではないけどね。色々なコンセプトがもっと大きなコンセプトの中で調和している感じだし。そういう感じで良かったと思う。普通アルバムの曲順を決めるときは「これはここに入れよう」「こっちは全員が聴く1曲目にしよう」とかそういう風にやるけど、収録順に作るとなると、ライターの俺としては前の曲を参照できて、既に出てきたものや方向性もわかった上で書けるからね。だからそれぞれの曲は個別のコンセプトがあるけど、それらをまとめる紐のようなものを与えられた感じだったんだ。



―だからこそそれぞれの曲は違ってもアルバムには一体感があったのかもしれませんね。インタールード的な短い曲が随所に挟まれていますが、それも順番だったのでしょうか。それとも「このインタールードはこっちに」などそういう考えのもと?

スラッグ:インタールードは曲順の範疇外だったんだ。俺にとってはサプライズだった。アイツは初めから意図していたみたいだけど、俺はインタールードが入るなんて思っていなかったから驚いたよ。次の曲をもらう前から「次はどんな曲にしようか」なんて考えていたところにすごく短いやつを手渡されて、「おお……これは物語を作るほどの尺がないから本当に簡潔にしないといけないな。他のよりもさらに短くしないと」なんて考えないといけなかった。俺に試練を与えようとしてそうしたんだと思う。ただ、うまくいったとは思うし、アイツは正しかったね。俺は言いたいことがたくさんあるし、実際口にも出すから、アイツなりに「おい、ちょっと一呼吸おけよ」と言いたくて短いのを持ってきたんだと思う。



―このアルバムではミーゴスやDJ・キャレドなどの作品にも参加しているG・クープがかなりの曲数で関わっていますよね。彼と仕事をしたのは初めてではありませんが、彼との出会い、彼の魅力について教えてください。

スラッグ:素晴らしい質問だねえ。アンソニーがいればいい答えを出してくれると思うけど、俺自身の経験と観点から答えてみよう。俺はアンソニーほどはG・クープと一緒に過ごしていないんだよね。彼らが作業するときは、オークランド……(サンフランシスコの)ベイ・エリアでやることが多いから。クープはそっちに住んでいるから、アンソニーが出向いて行ってあっちで一緒に作業をやっている。それでできたものを俺に持って帰ってくれて、俺がここで自分のパートをやるんだ。

俺のクープとの経験は……出会いから話すと、俺とアンソニーは同時にクープに出会ったんじゃないかな。ブラザー・アリのコンサートで出会ったんだ。サンフランシスコでブラザー・アリのコンサートを観てね。そこにG・クープが来ていて、アリがいわゆる触媒になってくれた。アンソニーとG・クープはその夜意気投合して、情報交換して、一緒にやるようになった。アリがG・クープを知っていたのは、クープがその頃既にシアトルでジェイク・ワンとコラボしていたからじゃないかな。ジェイク・ワンはシアトル出身なんだ。アリはジェイク・ワンを通じてクープに出会って、アリがアンソニーと俺にクープを紹介してくれた。

―人間的にも音楽的にも意気投合したのですね。

スラッグ:そうだね。アンソニーもクープもとても音楽的だから、というのもある。クープは耳も腕前も長けているという意味で、何でも楽器ができるしね。アンソニーもサンプリングという意味で、音楽との関係が彼に似ている。ほら、カントリーをサンプリングして俺にラップさせようとするくらいだしさ。メタルやインダストリアルをサンプリングすることだってある。そんな感じだから、あの2人はそのレベルの音楽愛でコミュニケートできたんだろうね。


Translated by Sachiko Yasue

 
 
 
 

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