「2023年のジャズ」を総括 様々な文脈が交差するシーンの最前線

左からミシェル・ンデゲオチェロ、カッサ・オーバーオール、セシル・マクロリン・サルヴァント、ジョン・バティステ(Photo by Charlie Gross, Patrick O'Brien-Smith, Karolis Kaminskas, Emman Montalvan)

2023年はジャズにとってどんな一年だったのか? 本誌ウェブで数多くのジャズ周辺ミュージシャンを取材してきた音楽評論家・柳樂光隆が徹底解説。文中で紹介している柳樂の過去記事や、記事末尾の2024年のジャズ注目公演まとめもチェックしつつ、シーンの最前線を体感してほしい。


文中に登場するアーティスト/作品の楽曲をまとめたプレイリスト


UKジャズを支えるエコシステム

これはジャズに限った話ではないと思いますが、コロナ禍前〜渦中に作られた作品もおおよそ出尽くしたことで、新しいモードが始まった感じがしますよね。トレンドみたいなものは存在せず、パンデミック中の研究成果も活かしつつ、各自がそれぞれの表現を突き詰めていく。そんな一年だったと思います。

ジャズは現場で進化する音楽なので、ミュージシャンが世界を飛び回る日常を取り戻したのも大きいですよね。その多くが日本を訪れていて、Love Supreme Jazz Festivalではロバート・グラスパーを擁するディナー・パーティーとドミ&JD・ベックが話題を集め、フライング・ロータスとサンダーキャットルイス・コールというブレインフィーダー勢が夏フェスを席巻。くるり主催の京都音博に出演したティグラン・ハマシアン、ブラッド・メルドーやウィントン・マルサリスといった巨匠のホール公演も見応えがありましたし、ジャズクラブも来日公演が目白押しでした。


ディナー・パーティー徹底解説 グラスパー、カマシ、テラス・マーティンの化学反応とは?


ドミ&JD・ベック、超絶テクニックの新星が語る「究極の練習法と演奏論」


ルイス・コールとジェネヴィーヴが今こそ語る「KNOWER」という奇跡的コンビの化学反応
Photo by Yukitaka Amemiya

そのなかでも、UKジャズ新世代の来日ラッシュは大きなトピックで、これでようやくシーンの本質が掴めたような気がします。まずはエズラ・コレクティヴ。3月にも着席スタイルのビルボードライブ東京で観客を大いに踊らせ、「スタンディングの会場でやったらどうなるんだろう?」と思っていたら、11月に恵比寿リキッドルームで再来日が実現。リーダーであるドラマーのフェミ・コレオソも「忘れられない夜になった」とX(Twitter)に投稿していましたが、ジャズのライブとは思えない異常な盛り上がりで、彼とのインタビューで飛び出したパンチライン「UKジャズはダンスミュージック」を体現する凄まじいパフォーマンスでした。



「UKジャズはダンス・ミュージック」エズラ・コレクティヴが語るロンドン・シーンの本質
Photo by Aliyah Otchere

その2カ月前、エズラはアークティック・モンキーズなどを押さえて、英国の栄誉ある音楽賞であるマーキュリー・プライズを獲得しています。同賞では以前からジャズ系作品もノミネートされてきましたが、受賞するのは今回が初。それだけでも立派なのに、フェミ・コレオソが授賞式で披露したスピーチがこれまた素晴らしかった。彼は自分たちの快挙が、バンドやUKジャズだけでなく、若者の持続的な音楽活動をサポートしてきたイギリスのNPO団体、音楽教育プログラムの勝利でもあると感謝の言葉を捧げたのです。




フェミのスピーチで名前が挙がったトゥモローズ・ウォリアーズ(以下、TW)は、女性やアフリカン・ディアスポラを積極的にサポートし、優れたジャズ音楽家を輩出してきた教育機関で、フェミいわく「厳密には学校ではなくて、放課後に通うクラブみたいなもの」とのこと。エズラの母体となったバンドもここで結成されたそうです。スピーチではさらに、多様な音楽文化を若者に伝えるマーチングバンドのキネティカ・ブロコ、アデルを輩出した芸術学校ことブリット・スクールなどにも謝辞を述べており、同時にそういった団体/組織への継続的なサポートも呼びかけています。

TWは助成金や寄付などから得た予算で全てのプログラムを無償で提供しており、それについて同団体で講師を務めるサックス奏者のビンカー・ゴールディングに尋ねたら「教育とは水みたいなもの。そもそも生活に必要不可欠なもので、それが簡単に手に入らないのはおかしい」と話していました。UKジャズの隆盛は、アートの多様性や包括性を実現するためのグラスルーツ的な取り組みの賜物でもあるわけですね。そして、そういう背景をもつシーンの看板バンドに賞を与えたことで、彼らを新しい時代のロールモデルと位置付け、イギリスの音楽業界がこれから向かうべき道を示したようにも映ります。それこそマーキュリー・プライズも、人気やセールスではなく内容重視のスタンスを貫くことで、気鋭のアーティストをフックアップする役割を果たしてきたアワードですよね。学ぶべきところの多い音楽エコシステムのあり方だと思います。


キネティカ・ブロコのサマースクール(2023年)で、エズラ・コレクティヴ「Victory Dance」をパフォーマンスするマーチングバンドとダンサーたち

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