カッサ・オーバーオールが明かす、ジャズの枠組みを逸脱する「異端児」の思想

Photo by Patrick O'Brien-Smith

 
カッサ・オーバーオール(Kassa Overall)がまもなく来日。10月19日に東京・渋谷WWW X(チケット完売)、20日にビルボードライブ大阪、21日に朝霧JAMに出演する。ジャズの未来を切り拓く革新的ドラマー/プロデューサーが、アヴァンギャルドな実験精神と独自の美学、名門Warpも太鼓判を押す野心作『ANIMALS』の制作背景を語った。インタビュアーはジャズ評論家の柳樂光隆。


― 『Animals』のコンセプトを聞かせてください。

カッサ:このアルバム・タイトルにはいくつかの意味があるんだ。これまで発表してきた大半の作品タイトルと同様に、1つのワードで様々な意味のメタファーとして解釈できるようなタイトルをつけたかった。まず、ミュージシャン/エンターテイナーとして、俺は自分が「サーカスの動物」のようだと感じている。ステージで歌う際はオーディエンスを興奮させるくらい荒れ狂ったようにブチかますけど、噛み付くほどワイルドになることはないからね。それから、人間は「動物より優れた生き物」として差別化したりすることがある。例えば、社会に適応できない問題児や犯罪者に対して「アイツは人間じゃない、まるで獣だ」という風にディスったりするよね。でも結局、この世の中で最も崇高な聖人のように完璧な人間も、史上最悪な犯罪者も同じ「生き物」なんだ。

俺たち人間は誰もが家族のような繋がりがある。この新作に収録された楽曲すべてにそういった「問い」があり、このテーマに多かれ少なかれ繋がっている。明確に語っているものから、関連づけた内容のものまである。つまり、楽曲内の登場人物の気持ちを代弁して語っているんだ。アメリカに住み、世界中を旅している俺自身がアフロ・アメリカンとして、エンテーテイナーとして感じたり考えたりしたことも楽曲内で表現している。



―音楽面でのコンセプトは?

カッサ:音楽制作を始めた頃から、俺はコラージュ・アートを手掛けるように取り組み、簡単にフィットしなさそうな2つの異なる音楽的要素を融合させてきた。デビュー作『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』(2019年)でのジャジーなヒップホップ〜ヒップホップ的なジャズは(作るのが)簡単だった。そもそも、ジャズとヒップホップって相性がいいから。2作目の『I THINK I'M GOOD』(2020年)では、ラップをアバンギャルドな方向へと持っていき、オーケストラ的サウンドを仕上げた。

そして、今回の3作目ではさらに先へと発展させ、不協和音や狂ったサウンドが増えている。アバンギャルド・ジャズとポップ・ソングを融合させた感じだね。自分が聴きたくなる音楽は、キャッチーなサビがありつつ、セシル・テイラー、サン・ラーやセロニアス・モンクのようなコードだったり、エルヴィン・ジョーンズ的なドラムが共存しているようなポップな楽曲だから。それから、この新作では初めてオーケストラの実験に挑戦した。26人編成のオーケストラが5〜6曲演奏している。さらに、デヴィッド・バーンやカエターノ・ヴェローソと仕事をしてきた素晴らしいコンポーザー兼アレンジャー、ジェリック・ビショッフ(Jherek Bischoff)も手伝ってくれた。新作では、とにかく音のパレットを増やしていったんだ。録音素材をハサミやテープでカット&ペーストして制作するコラージュ・アートのように、録音したソロ演奏やライブ演奏を編集しながら仕上げていった。




―制作プロセスはどのようなものでしたか?

カッサ:通常のジャズ・アルバムよりも長い制作過程だったね。それに、一箇所のスタジオで録った作品ではないんだ。例えば、1stシングル「Ready to Ball」のサリヴァン・フォートナーによるピアノ部分は、2017年か2018年あたりに彼が自宅の居間で即興的に弾いたもの。俺はこの即興演奏をどうやって使おうかと4〜5年考えを巡らせてきた。別のところで録音してきたドラム音源と共に切り刻み、試行錯誤したけどなかなか上手くいかなくてね。その後、俺がニューヨークのマンハッタンに住んでいた2021年に歌詞を書いた。このアルバムに収録された楽曲は、パンデミック中に俺がシアトルに引っ越し、その後2021年にニューヨークに戻り、2022年に再びシアトルに戻った過程の中で楽曲のインスピレーションが常に変わっていった。その時間を生き延びた曲たちなんだよ。

でも、みんながやっているようにパンデミックを歌詞の題材にはしたくなかったから、少しずつ進めていった。制作期間もかかったし難しかったけど、俺としてはタイムレスな題材のみを扱いたかったんだ。(Zoomの画面越しに)今、背後に見えるのが俺の自宅スタジオで、ドラム、シンセサイザー、サンプラーだとかTR-808、909といったドラム・マシーンといろんな機材が揃っている。何年もかけて、自分が求めるサウンドを模索した。最後の最後になって足りないものを埋めるために参加してもらったゲスト・アーティストもいる。納得がいくまで制作し続けたんだ。



― 前作『I THINK I'M GOOD』を制作したときも「曲のために4、5回のセッションをして、レコーディング前に複数回、観客を前に演奏して試した」と話していましたよね。今回も演奏と編集を繰り返す膨大なプロセスを経たわけですか。

カッサ:前作よりもっと大変だったよ! デビュー作はそれまでの人生でずっと書き溜めてきたものを作品にしたから簡単だった。それを聴いた人達から「同じ路線でまた作って」と言われたけど、俺としては2ndアルバムのサウンドは全く違うものにしたかった。そして、今回の3作目はさらに難しかった。たとえ他の人が気に入ってくれたとしても、自分自身が納得できる音楽を作りたかったから時間が必要だった。

例えば、これまで以上にリズム面で変移やズレがあるものにしたんだ。探索し続けることで新たなリズムを見つけたかったからね。西アフリカのリズム構成も聴こえてくると思うし、微かに変拍子もあったりする。リスナー側も俺と共に成長し、耳が肥えてきたはずだから、拍子は4/4じゃなくてもいいと思ったんだ。だから、リスナーに挑み、未来へと繋げるような作品を目指している。

今の時代には合っていても、2年後に聴いた時に「古すぎる」と感じるようなものは避けたかった。リスナーが理解するまでに時間がかかるようなものになったとしても、ジャラール・ウッディーン・ルーミー(13世紀に活躍したイスラム教のスーフィズムを代表する詩人/思想家)の作品のように、500年後にも愛聴されるものを制作したい。ポップなミリオンセラー作品とは競えなくても、世界一ユニークな作品を目指したいんだ。最高に美しいヴィジュアル・アートが何百万ドルという価格で売られているのと同様に、最も美しい音楽にも当然価値があると俺は信じているからね。

それから俺は、いわゆる「ニュー・ジャズ」と呼ばれるカテゴリーを超越するような独自のサウンドを強化していきたい。もしみんながグルーヴし始め、インプロビゼーションやチョップ・アップしたサウンド作りを始めたら、俺はそこから外れて、また別のことを始めるつもりだよ。

Translated by Keiko Yuyama

 
 
 
 

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