カッサ・オーバーオールが明かす、ジャズの枠組みを逸脱する「異端児」の思想

 
自由を見出すためのアバンギャルド

― 『Animals』では錚々たるジャズ・ミュージシャンが演奏しているわけですが、彼らの演奏がそのまま使われているわけではなく、エディットやサンプリングしたり、ある意味では「素材」として扱っていますよね。

カッサ:制作過程における第一のルールは「カッチリした決まりごとを一切作らないこと」だった。彼らの演奏を録音し、その素材をブツ切りにして編集……というような簡単なもんじゃないんだよ。あるサウンドを見つけたら、自分の中で「これだ!」と思うまで試行錯誤しながら作り上げていったんだ。

例えば、ヴィジェイ・アイヤーとはふたりでスタジオ入りして、一日中……9時間ブッ通しで即興演奏した。ヴィジェイが弾いたのは、ピアノ、小さなシンセとローズ。俺の方はドラムセット、いろんなサウンドやループが入ったラップトップPC、それからエフェクトのかかるボーカル・ペダルを使った。その結果として残ったのが3時間分の録音素材。俺はそこにあった僅かな「美しい瞬間」を聴き直しながらリリックを書いたり、チョップ・アップしていった。そういった作業を2〜3年続けたんだ。

それから、ミュージシャンとの信頼関係も重要だった。初めてサリヴァン・フォートナーと仕事した時、彼は俺がやろうとしていたことを把握していなかった。例えば、当初は彼らが思い描いたとおりの演奏ができなくても、俺は「今のでオーケーだから!」と伝えていた。でも、今は俺の意図を彼らも理解しているから「必要なものは録れた?」と聞いてくるだけになった(笑)。俺が「今ので完璧!」と伝えれば、ミュージシャン側も納得してくれる。信頼関係があるからね。



―あなたがドラマーとして、このアルバムで挑んだことは?

カッサ:全曲でドラムを叩いてるだけじゃなく、ハーモニー構成、ドラムのプログラミング、歌詞……そういったすべてが自分のドラム演奏から形成されていくんだ。だから、「Ready to Ball」を聴くと(指をスナップしながら歌い出し、リズム構成を説明)エルヴィン・ジョーンズ的なビバップの言語になる。俺はこれまでの人生でずっとドラムを叩いてきたから、曲全体のリズムのDNAは自分のドラミングから生まれるんだ。だって、「Ready to Ball」はジョン・コルトレーンの『A Love Supreme』みたいだろ? (この曲に合わせて)女の子たちがクラブで踊る姿が目に浮かぶよ(笑)。最高のリズムとハーモニーは隅に置かずに中央へ持っていきたいんだ。


カッサがドラムを叩くパフォーマンス映像

―プロダクション面もかなり進化していますよね。生演奏とプロダクションのコンビネーションが前作よりも密接になっているように感じます。

カッサ:音楽制作者として、「ライブ演奏」と「プロダクション」を分けて考えないことが俺のゴールだ。この2つを線引きしたりはしない。つまり、生演奏の技術をどうやってプロダクション面で応用できるか。その逆も然り。そういうことをいつも考えている。例えば、ピアノの生演奏を加工してプロダクションへと仕上げる過程では、まるでインプロのようにオーガニックで自然な成り行きを大事にしながら作業している。生演奏のスピリットは大切だから「さぁ、録音した楽曲を書き起こそうか?」なんてことはしない。Ableton LiveやMPC3000、ASR-10といった機材に慣れてくると、まるで楽器のように使えるようになるんだ。

話は変わるけど、先日シオ・クローカーとコンサートでの電子機材の使用法について話をした。俺は「特定の電子機材を使用することは考えずに、自分のライブでどんなことを実現したいのか頭のなかで考えるんだ」ってアドバイスしたよ。自分がどういう音をトランペットで出したいのかを考え、子供みたいに自分の想像力をふくらませた後に、それを実現させるために使うテクノロジーを探しに行けばいい。テクノロジーから考えるんじゃなくて、自分のイマジネーションから始めるんだ。

今日のAIをはじめとしたテクノロジーは、ほぼ全てのことを可能にしてくれる。そこで重要になってくるのは「自分が何を思いつくか?」。結局、最も価値が高いものは想像力。テクノロジーは徐々に値段が安くなっていくだろうね。重要なのはテクノロジーそのものではなく、ChatGPTに何を打ち込むかってこと(笑)。


Photo by Patrick O'Brien-Smith

―『Animals』ではすべての音がくっきり聴こえるのに、テクスチャーの面白さも感じられますよね。それらの音がかなり立体的に聴こえるのも特徴だと思います。録音やミックスへのこだわりも聞かせてください。

カッサ:その質問は音楽を制作するうえでよく考えるんだよね。俺が常に考えている「問い」でもある。俺は、どのアーティストも各自が目指すサウンド作りに向けて独自のルールブックを作るべきだと考えている。どういう音でどのコードを演奏するのかというルールは一切ないけど、自分のサウンドの好みは明確にして、それは自分の個性として固く守るべきだと思うんだ。例えば、俺の場合は……静かなピアノや軽く叩いたドラムの音が好きで、荒っぽい音は好まない。静かでオーガニックなサウンドのテクスチャーに、風変わりでAI的な電子音を融合させたサウンドが好きなんだ。

その話でいうと、この新作ではフランシス・アンド・ザ・ライツが2曲でソングライティングに参加している。彼はチャンス・ザ・ラッパーやドレイクを筆頭に数々のアーティストと仕事してきた、ポップな楽曲を書けるソングライターだ。以前、俺は彼のバンドでドラムを担当していて、あるときリハーサルをしていた際に、俺がドラムのフィールの後にクラッシュ・シンバルを叩いたことがあった。その瞬間、フランシスはバンドの演奏を止めて「ドラムのフィールをやるなら、クラッシュ・シンバルは叩くな。逆に、もしクラッシュ・シンバルを叩きたいなら、ドラムのフィールはやめてくれ。理由は自分でもわからないけど、これは重要なことだから」と俺に言ったんだ。それは彼独自のルールのようなものだった。自分が好むサウンドを作り上げる時には、そうやって直感的に決めた自分のルールを徹底することで、独自のスタイルが確立されていくんだと思う。



―リリックの内容とサウンドが持つエモーションの組み合わせも、あなたの音楽の特徴だと思います。『Animals』におけるリリックとサウンドの関係を教えてください。

カッサ:歌詞とサウンドは強く繋がっている。例えば、「So Happy」では、“I don’t wanna go to school, I don’t wanna go home. You don’t know how it feels to be really be alone”(学校に行きたくない、家にも帰りたくない。本当に独りぼっちになってしまう気持ちなんてわかんないだろ?)と歌っている。この曲に登場する主人公は落ち込んでいるんだ。そこから、“I don’t wanna be alive, I don’t wanna be dead. Well, my nigga Cosmo, he put a gun in his head”(俺は生きたくもないし、死にたくもない。仲間のコスモは自分の頭に銃を突きつけた)という歌詞に繋がる。これは俺の親友、コスモの自殺について書いた曲。サウンドやメロディが完成する間近になって、この楽曲に存在する緊張感や感情を表現できる言葉を探したんだ。

言葉はパワフルなものだから、楽曲のサウンドやメロディに合うリリックを思いつくまでには時間がかかる。サウンドメイクよりもずっと時間がかかるね。つまり俺の場合、歌詞はサウンドやメロディからインスピレーションを受けることが多い。

―冒頭でセシル・テイラーやサン・ラーの名前が挙がっていましたが、そういったアバンギャルドなジャズを取り入れている点と、音やリリックで表現したい感情には強い繋がりがありそうな気がするのですが、いかがでしょうか?

カッサ:まず、アバンギャルド・ジャズは自由を目指している。例えば、「このコードのあとはこういう展開で……」というふうに、俺たちが学んできた西洋音楽には音楽的規則が存在するわけだけど、ヨーロッパ中心主義でも西洋中心主義でもない俺には、少し抑圧的に感じてしまう。アバンギャルドとは、その決まり事を跳ね除け、自分独自の構造や規則、そして自由を見い出すこと。俺にとってアバンギャルドは西洋の基礎的な哲学や音楽を超越し、その枠から外れたものなんだ。

それから(アバンギャルド・ジャズは)、「嬉しい/悲しい」といった基本的な感情よりも少し複雑な気持ちを音楽で表現できる。つまり、「長調/短調」以外を表現できるんだ。例えば、愛する相手が自分を裏切り、自分が何らかの決断をくだす時の緊張感とかね。もちろん、そういったコードやハーモニーは西洋音楽にも存在するだろうけど、俺たちは敢えてそこから飛び出し、違う場所に足を踏み込んでいるんだ。

あと、ヒップホップとジャズが出会う点がアバンギャルド・ジャズだったりもする。ヒップホップの楽曲もハーモニーを変えたり、ルールを破ったりすることが多い。例えば、パブリック・エネミーのビートには、やかんを叩く音だったり、サウンド的に合わないコードが使われているよね。あれは、誰かが目を覚ました瞬間を音で表現しているんだと思う。つまり、誰かがシステムから抜け出す音なんだ。それこそが、アバンギャルドなサウンドの裏に存在する感情だ。あくまで俺個人の意見だから、こんな話を信じる必要はないけどさ(笑)。

Translated by Keiko Yuyama

 
 
 
 

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