L'Rainが語る歌とサウンドコラージュの秘密、日本の音楽カルチャーに感動する理由

Photo by Tonje Thilesen

NYブルックリン出身のタジャ・チークによるプロジェクト、ロレイン(L'Rain)。2017年にデビューして以来3枚のアルバムを発表しており、様々なジャンルをコラージュした境界線を揺さぶるようなサウンドが高く評価されている。まさに新時代を象徴するアーティストの一人だ。5月20日(月)・21日(火)にビルボードライブ東京で待望の初来日公演を行なう彼女に、自身のバックグラウンド、歌とサウンドメイクの秘密、好きな日本のミュージシャンについてなど興味深い話をたっぷりと語ってもらった。




フリーフォームな音楽観の背景

─色々なジャンルの音楽がそこら中から聞こえてくるような環境で育ったと聞きました。最初に自分で音楽を作ろうと思ったきっかけを教えてください。

ロレイン:小さい頃からピアノをずっと習っていて。クラシック・ピアノを中心にやってたんだけど、その頃に弾いていた曲が自分が今やってる音楽のすべての土台になっていて……年齢で言うと5歳ぐらいかなあ……。あと笑っちゃうかもしれないんだけど、ピアノと同じくらいリコーダーに相当入れあげてて(笑)。バッハの楽譜を学校の先生に教えてもらいつつ、リコーダーの四重奏を組んだりして、そこから楽譜の読み方だとか、人と一緒に演奏する楽しみを教わったんだよね。それからラジオもよく聴いてた。当時流行っていたR&Bやヒップホップに夢中で。

─アーティストでいうと?

ロレイン:エリカ・バドゥ、インディア・アリー、アリーヤとか。ニューヨークにHOT 97っていうローカルのラジオ局があるんだけど、深夜枠で未発表の曲とか新人アーティストの曲を実験的にかけてて、それを夜更かししてよく聴いてた。そのラジオ局の周辺でかかってた曲がニューヨークのサウンドトラックみたいな……当時について思い出すと、R&B、ヒップホップ、あとはなぜか知らないけど、しっとり系のジャズが思い浮かぶ(笑)。自分がニューヨークに住んでる当時、ラジオからかかってたのがそういう曲だったから。

あとは、もともと歌うことが好きで、適当に歌を作って口ずさんでるような子どもだったから……胎教の効果もあるのかも、母親が妊娠中にもずっとお腹の中にいる私に自分の好きな音楽を聴かせてたらしくて(笑)。生まれてからどころか、生まれる以前から身近に音楽があるような環境で……今言ったクラシック・ピアノとラジオから流れてくる曲は、自分の音楽にかなり大きな影響を及ぼしていると思うよ。


Photo by Tonje Thilesen

─高校時代はアイアン・メイデンのカバーバンドで演奏したそうですね。

ロレイン:そうそう(笑)! 高校になってから初めてバンドに入って……ちなみに、バンド名はSuper Tasty(”激ウマ”の意)だった(笑)。ベースの子がアイアン・メイデンの大ファンで、私はそのバンドに入ったのがきっかけで初めて知ったんだけど、このバンドに入ったことでベースの良さを実感するようになったりして。それから当時は、学校で音楽をダウンロードして聴くっていうのが流行ってた時期で。たくさんの音楽にアクセスできる状態にあって、好奇心が止まらないものだから「とりあえず全部知っておきたい!」ってスポンジみたいに吸収していくような感じだった。

─それと同時期に、アニマル・コレクティヴに影響されたプロジェクトにも取り組んでいたそうですね。その後、一緒にツアーを廻ったりもしてますが、彼らにはどのような影響を受けていますか?

ロレイン:彼らに関しては現在進行形でインスピレーションを受けまくってる。アニマル・コレクティヴがいなかったら、自分は今みたいな音楽をやってたのかな?って本気で思うもの。彼らが背中を押してくれた。まだ大人になって色々知る前に彼らの音楽に触れて、そこで覚醒しまくったというか……あんなに難解でわかりづらい音楽を作っているのに、しかも、あれだけ色んな音楽を引用しているのに、それがすんなり受け入れられているっていう。それが自分に響いたんだよね、カッコよすぎるでしょ……その領域に自分も足を踏み入れてみたいと思ったわけ。当時のガチガチな自分の頭からしたら「そんなことやっちゃっていいの?」「さすがにそれは個性的すぎじゃない?」みたいな感じだったけど(笑)……本当に勇気づけられたな。

それでアニマル・コレクティヴのステージをYouTubeでチェックしたら、メンバー全員ともお面を被ってて、「こんなの見たことない!」ってくらい衝撃的だった。そんな人たちと今では親しくさせてもらってるんだから「人生どうなっちゃってるのんだろう?」って思うけど(笑)、そこはあまり考えないようにしている。だって、それくらい自分にとって思い入れが強いバンドだから。

─アニマル・コレクティヴの音楽と出会ったのは何歳くらいのとき?

ロレイン:高校生だったのは覚えてる……だから14、15歳かな。学校の隅っこの方にいたら友達が通りかかって「ねえ、新しいバンド見つけたんだけどマジでいいから聴いてみて!」って。そのせいで授業に遅刻したくらい、音に入り込んでしまい、その場から動けなくなっちゃって……数学の授業に行く途中、学校の廊下で……それまで自分が聴いてきたどんな音楽とも違っていて、まさに魅了された。



─そこから現在の音楽スタイルに至るまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか?

ロレイン:さっきも言った通り、もともとクラシック・ピアノをずっとやってて、一生懸命練習して、ミスもたくさんしつつ……とやってるうちに、楽譜どおりの音よりもミスした音のほうに興味があるなってことに気がついたの。ミスから新しいハーモニーを発見したり、断片だけ拾ってみたりするのが楽しくて、その全体のほんの一部を何度も繰り返し弾いて耳に焼きつけるってことをしてたんだけど、そうした作業を通じて「聴く」っていう行為が自然と身についた感じ。

そこから自分なりにアレンジして曲を書くようになって、それを続けていくうちに、ジャンルが異なるとされる音楽も、実は繋がりがあるんだなってことに気がついて……特にバロック音楽とR&Bとか、それってたぶんゴスペル・ミュージック繋がりなんだよね。バロック音楽もゴスペルも、もともとは教会で演奏されてきた音楽じゃない? あのハーモニーがたまらなく好きで、この世のものとは思えないほど美しいなって。それで自分の頭のなかで色んなジャンルの音をかけ合わせたり関連づけるクセがついて……他の人には全然理解できないかもしれないけど……それは周りからもしょっちゅう指摘されてる。iPhoneのフィルター機能ってあるでしょ? あのノリで「タジャ・フィルターがかかってるね」みたいな(笑)。自分のフィルターを通すと、なぜかそういう解釈になっちゃうっていう(笑)。


2ndアルバム『Fatique』(2021年)収録の「Two Face」

─あなたの作り出すサウンドはR&Bやヒップホップ、ジャズ、ロックなど多様なジャンルの要素が混在していますが、なんと形容されるのがしっくりきますか?

ロレイン:自分でもいまだに謎なんだよね。むしろ、他の人が自分の音楽を聴いてどういう印象を抱くかに興味津々なくらい。誰かの感想を聞いて「そっか、なるほど」って気づくことが山ほどある。だって自分でも説明に苦労するサウンドだから……えーっと、以前言われたものだと「アリス・コルトレーンがソニック・ユースを演奏しているみたい」って形容はすごく印象的だった(笑)。

─(笑)ジャンルという枠組みとはどのように向き合っていますか?

ロレイン:ジャンルが果たしている役割も確実にあると思うんだよね。そこからコミュニティが広がっていったりするから。あるいは、それがアイデンティティにも繋がったり、歴史に繋がったりもする。そういうのって大切なことだと思うから。ただ、音楽業界的な視点でいうと、ジャンルって何かを売りつけるために利用されがちで(笑)、個人的にそっちは一切興味がないわけ。

なので、自分はジャンルってものに捉われないようにしている。ジャンルに縛られず、ただ自分にできる一番フリーフォームな音楽を作れたらいいなっていう思いで……あとはジャンルにこだわると、それ自体が先入観となって足かせになることもあるじゃない? 最初に「ロック」と言われたらロックのフィルターがかかっちゃって、本来自分がその音から受けるはずの印象がブレてしまう人もいると思うから。だから、あえて意識を向けて聴かないといけない音作りを心がけている。ジャンルからの印象ではなく、まっさらな状態で自分の音楽と直にアクセスしてほしいから。

─あなた自身が繋がりを感じる「歴史」とはどういうものでしょう?

ロレイン:私の音楽を聴いてジャズの影響を感じるっていう人がよくいるんだけど、それは自分のなかのジャズをリスペクトする気持ちから来ているんじゃないかと思う。私自身、ジャズに関してはほぼ素人なんだけど、それでも自分にとって重要な音楽であることはたしかだし、実際にジャズは世界中の音楽に今でも大きなインパクトを与え続けている。それと同じことをヒップホップにも感じるし、R&Bにもロックにも感じる。今挙げた音楽はどれもアメリカの黒人の伝統に深く関わってきた音楽でもあるし……そう、昨日(取材日の前日)もちょうどそのことについて考えていたの。大胆で勇気ある人々が、その優れた音楽スキルと果てしない想像力を惜しみなく発揮して、彼らのなかにある素晴らしい音楽を形にし、それが大きくなって最終的には一つの音楽ジャンルになったんだなって……しかも、それがカルチャーにまで発展し、世界中に広まっていったという……考えてみたらすごくない(笑)? それって素敵で尊いことだし、まさに音楽が世界や人々にどれだけ力を与えるものかを実感させられるというか、どんなに力強くて勇気づけられることか。

Translated by Ayako Takezawa

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