L'Rainが語る歌とサウンドコラージュの秘密、日本の音楽カルチャーに感動する理由

実験性とポップが交差する瞬間

─「L’Rain」というアーティスト名の由来は?

ロレイン:1stアルバム(2017年作『L'Rain』)を作り終えたときに名前を決めてなくて……いや、あるにはあったんけど、どうもしっくり来ないなあと思って、新しい名前が必要だなと思ったの。当時はAstro Nauticoっていう地元ニューヨークの小さいながらも素敵なレーベルに所属してたんだけど、そこのスタッフから「作品をリリースするならアーティスト名があったほうがいいよ」ってやんわりと促されて(笑)。それでブリックリン橋を一人で歩きながら……ブルックリンとマンハッタンの間を何度も往復しながら、名前を考えなくちゃって歩いてたんだよね。

ちなみに、自分のなかのオルターエゴというか、もう一人の自分の名前が「L」にアポストロフィの「L'」で、母親の名前がロレイン(Lorraine)なんだよね。つい最近亡くなったばかりなんだけど。だから、L’Rainってアーティスト名には母親への敬意も含まれている。それで後戻りできないように、「L’Rain」のタトゥーも入れて(笑)。1stアルバムのジャケットは、そのタトゥーの写真を使っている。覚悟の意思表示として。あのジャケット写真は、タトゥーを入れて本当にすぐ撮ったもの、自分の人生のスナップショット的な一枚なんだ。



─音楽性の話でいうと、何層にも重ねられた声のレイヤーがもつ美しさが魅力の一つだと思います。まるで楽器のように声を扱っているような印象です。

ロレイン:嬉しい。今言ってくれたのはまさに、自分のボーカルに対するアプローチそのものだから。本当に声を一つの楽器みたいに扱っているつもり。声と声を重なり合わせることで生まれる感覚にすごく興味がある。だから自分で曲を書くときも、ボーカルを一つだけって想定していることはほぼなくて。色んな声がたくさんあって、それがお互いに呼応し合っているのを聴くのが好きなんだよね……その一つ一つの声の色合いの違いなんかを味わってみたい……そのいくつもの小さな声のなかにも色んな違いがあって、ピッチやトーンなどにもちょっとした違いがあったりして、そこにワクワクしてときめいちゃう。それに自分はシャイだから、味方が大勢いたほうが心強い(笑)。

そもそも声ってすごくパーソナルなものじゃない? その人自身がそのまま楽器になるって、ものすごく個人的な行ないでもあって、ときどき不安で怖くなることもある。それでもたくさんの声が後ろについてたら、少しは恐怖心が薄れるじゃない? 自分一人じゃなくて、友達みんなが後ろについているみたいな感覚だね(笑)。

─その歌唱表現に影響を与えたシンガーは誰か思い当たりますか?

ロレイン:どうなんだろう、難しい。そもそも自分は歌い手なんだかどうか……あ、自分の声で実験するのは本当に好きなんだよ? でも、自分が歌い手であるって意識はそこまで強くなくて。もちろん大好きなボーカリストはたくさんいる。一時期はジャズミン・サリヴァンの映像を観まくってた! もちろん、自分の歌と彼女の歌はまるで違うし、足元にも及ばないんだけけど本当に最高! 彼女の歌が素晴らしいのはもちろんだし、自分の歌や声について語っている映像も好きで、どれだけ真摯に自分の声に向き合い、その可能性をどうやって広げているのかっていうのにインスパイアされまくって。一時期、彼女の動画ばかり観てたくらい。


2ndアルバム『Fatique』(2021年)収録の「Blame Me」

─あなたの作る音楽には、過去に収録した音源やフィールドレコーディングした音などが複雑に切り貼りされたコラージュアートのような面白さがありますが、どのようなアイデアからあのような仕上がりになるのでしょう?

ロレイン:そこを指摘してくれて嬉しい。私自身、曲作りに対してコラージュ的なアプローチで接していることが多いかも。こうして人前で表現しているプレッシャーゆえに……プロの音楽家としてやるなら何もかも完璧でなくちゃいけない、技術的にある程度のレベルに到達してないといけないみたいなプレッシャーを感じることもある。ただ、毎回それに応えるってしんどいし……だったら、コラージュみたいな形にしちゃえっていう。最初から完璧であることにこだわらず、自分だけのパーソナルな表現にしようって。それこそ直感だけがすべてみたいな……それはニューアルバムにもインタールードという形で出ていると思う。もはや曲ですらない、めちゃくちゃ短い断片とか入っているしね。それもやっぱり今言ったのと同じ気持ちから生まれたもので。というか、純粋に楽しいじゃない? 体裁に捉われず、ただクリエイティブであることのほうが、完璧であることよりもよっぽど楽しい。

─あなたの作品では、そういった20秒にも満たない曲から6分超の長尺曲まで、アルバム全体が1つの曲であるかのようにシームレスに繋がっていますよね。

ロレイン:そうなの。毎回ベンジャミン・カッツとアンドリュー・ラピンっていう2人の親友、自分の音楽人生にとって一番のコラボレーターである2人と一緒に話し合いながら作っているんだけど、特に曲順はものすごくこだわっていて。曲が完成する前から順番が決まっていることもあるくらい(笑)。アルバムを聴いた人がどんなリスナー体験をするのか考えながら作っているから。時代遅れって言われるかもしれないけど、私は今でもアルバム信奉者なんだよね。アルバムの最初から最後まで一つの作品として流れるようにしたい。

─2ndアルバム『Fatigue』収録の「Find It」で、ゴスペルの名曲「I Won’t Complain」の一部が使われていたのが印象的でした。ゴスペル音楽と自分の音楽の関連性について教えてください。

ロレイン:私自身がゴスペルに魅了されてきたから。子供の頃からゴスペルに親しんできたわけでもないし、教会にも通ってなかったけど、地元のブルックリンにいくつも教会があって、日常的にどこかからゴスペルが聞こえてくるような環境ではあったんだよね。実際、何度か観に行ったこともあるし……なかでもブルックリン・タバナクル・クワイアっていう地元で有名な合唱団があって、それが本当にいいの。もう圧倒的で、言葉を失うくらい。あとはオルガンが使われているのも個人的にグッとくるポイントで。そこでまたバッハの曲を思い出しちゃう。バッハの曲って、もともと教会のために書かれた曲だからね。ゴスペルのハーモニーとバッハは通じ合っている気がする。

ゴスペルに惹かれるもう一つの理由は、歌い手たちの溢れんばかりのエモーション。もうまさに身体の中から湧き起こってくるみたいな……自分たちの肉体以外の一切に頼らず、身体を震わせることですべてを表現しているっていう。それと、ゴスペルでは女性が先頭に立ってオルガンを弾いて歌ってるでしょ? それが当たり前のように。ゴスペル以外で、そこまで女性にスポットライトが当たっているジャンルってないと思うから。自分はゴスペルにそこまで詳しくないから、今のはお子様的でナイーブな意見かもしれないけど、好きなゴスペルのミュージシャンは大半が女性でオルガン奏者だったりもするから。そこがすごくいいなって。




─最新アルバム『I Killed Your Dog』のコンセプトを改めて教えてください。

ロレイン:まずはタイトルだけど(笑)、人間関係についてぶっちゃけたかった。自分が作っている音楽って、どうも知的なものだと思われている節があって……「一生懸命、頭で考えて作った音楽なんだね」みたいにレッテルを貼られがちだけど、全然そういうのとは違う。自分の感情のなかから生まれた音楽だから……普通に生きてれば誰もが通る経験を元にしているもので、それこそ人間関係についてだったりする。それは恋人との関係かもしれないし、大切な友達との関係かもしれない……色んな関係性があるけど、生きていれば誰もが経験することだと思うから。それなら誰でも共感できると思ったの。終わりを迎えるときって辛いよね、もうどんなに苦しいか……その感覚をタイトルにもほんの少しだけ、スパイス的に取り入れてみたかったの。その結果、あんな毒のあるタイトルになっちゃって!

─(笑)。

ロレイン:それでもいいから感情をかき立てたかった。あと、自分なりに意味を考えたかった……自分の愛する人や隣人を傷つけてしまうことって、生きていれば往々にして起こってしまうから……そう、アルバムの根底にあるのはそういう想い。ちなみに、私は犬好きだから(笑)。いい人アピールするみたいだけど(笑)。スタジオのなかに何匹も犬がウロウロしているような環境だったんだよね。周りもみんな犬好きだし。私も最近になってから犬を飼い始めたんだよね。そういうのもひっくるめて全部象徴しているタイトルなんだよ(笑)。




─実験的でありながらポップな質感もある楽曲が並んでいて、特に「Pet Rock」はロレインなりのポップミュージックを鳴らしているような印象を受けました。ご自身のなかでポップな音楽を作ろうという意識はあったのでしょうか?

ロレイン:私がカルチャーにおいて興奮するのは、アンダーグラウンドの風変わりなアイデアがメインストリームを凌駕する瞬間なんだよね。メジャーとマイナーが交差する瞬間にすごく興味があって、それを実際にやってのけるアーティストに魅了されてしまう。それこそ、さっきも話した敬愛してやまないアニマル・コレクティヴなんかにしろね。独特すぎる美学を貫きながら、普通に親しまれていて……もう正に、それを自分の音楽でもやろうとしている。それこそビョークもそうだし、レディオヘッドがあれだけポピュラーになったのとか考えてみれば謎すぎる。超快進撃だよね、あれだけ奇妙で美しい音楽が受け入れられているって(笑)。だから、自分のキャリアにおける野望の一つは、超ビッグなプロジェクトに関わりつつ思いっきり変化球をかますっていうこと(笑)。ああ、大事な人を忘れてた。アンドレ3000というかアウトキャスト! あんな変てこりんな音楽が万人に受け入れられているってあり得ない、大好き!



─あなたの書く歌詞や楽曲のタイトルは、聴いていてドキッとさせられたり、心地のいい違和感や矛盾を感じる、不思議なテイストのものが多い印象です。歌詞を書いたりタイトルを決めるときのプロセスやルールがあれば教えてください。

ロレイン:歌詞に関してはパッと思いついちゃうところもあって。最初に歌詞を書き始めた頃は、真っ先に浮かんだ言葉をそのまま歌詞にしていた。それが自分に降りてきたリアルな言葉だから。そのあとザ・ストロークスのジュリアン(・カサブランカス)のインタビューだかを読んで、ジュリアンも歌詞についてたまにそういうことがあると発言していたから、お墨付きをもらったような気持ちになった。彼がそう言うなら間違いないって(笑)。

でも、歌詞って本当に不思議。パッと思いついちゃうこともあるし、コンセプトについてじっくり考えながら書くこともある。あと、それこそ純粋に言葉の響きだったりもする。「a」の音か「o」の音か、何音節でどういうリズムの言葉かっていう、要するに語呂合わせだよね(笑)。言葉としての響きと意味とをマッチングさせていくみたいな。だから、まだ一言も歌詞を書いてないんだけど、言葉の響きだけは完璧に出来上がっている、みたいなときもある。そういう場合は音を頼りに、後から言葉を当てはめていくようにしている。

Translated by Ayako Takezawa

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE