ジョイス・ライスが語るジャンルレスな音楽観と根底にあるR&B、Crystal Kayと日本の音楽について

ジョイス・ライス

ジョイス・ライス(Joyce Wrice)がまもなく再来日。5月17日(金)横浜、19日(日)東京、21日(火)大阪のビルボードライブに出演する彼女の最新インタビュー。聞き手はR&B/ソウルに深く精通する音楽ジャーナリストの林剛。

ジョイス・ライスはユニークなポジションにいるR&Bシンガーだ。それは母親が日本人で父親がアフリカン・アメリカンであるというバイレイシャルなバックグラウンドのことではなく、LAのビート・ミュージック・シーンと繋がりながらメインストリームR&Bの世界でも活躍し、双方のフィールドから支持を得ている点において。アンダーグラウンドとオーバーグラウンドを軽やかに行き交うジョイスは、ゆえにファンの層も幅広い。また、幼少期に触れた2000年前後のR&Bやポップスをダンスやファッションも含めて取り込んでいることから、いわゆるY2Kリバイバルを体現するひとりとして見做されてもいる。そうしてシーンや世代の新旧を超えて魅了する彼女の音楽は、本人が意図せずとも結果的にあらゆる境界線をなくし、どこか平和的な架け橋になっているのが尊い。

Dマイルがプロデュースで全面的に絡んだ初フル・アルバム『Overgrown』(2021年)はヴィクトリア・モネやラッキー・デイの近作と似た環境で作られており、グラミー受賞アーティストとして一段高いところにいった彼らの作品とクオリティ的にも肩を並べる快作だ。それでいて本人はgirl next doorといった親しみやすさがあり、このインタビューでもZoomの画面越しに映る屈託のない笑顔が眩しかった。既に知られた来歴も含め、音楽に対する思いを彼女の口から改めて聞いて、5月の来日公演がますます楽しみになった。



―2021年に発表した初フル・アルバム『Overgrown』は大きな転機になったのではないでしょうか?

ジョイス:『Overgrown』を作っていた時はちょうど失恋を経験して、自分を発見している最中だった。初めての(フル・)アルバムだったこともあって、そんな自分の全てを作品に込めたいという思いもあった。一方で何もかもが初めてのことばかりで、少し遠慮がちで気後れしていたというか、周囲からどう思われるかを気にしすぎていたかもしれない。でも今は自分がひとりの若い女性として成長したと感じていて、恥ずかしいことも含めてありのままの自分を受け入れたいと思っている。自分と正直に向き合って、もっと深く掘り下げたい。同時にもっと気楽に楽しんで、大胆にいろいろと挑戦したい。新しいアルバムも制作中で、物事を次の段階へ進めるよう自分を駆り立てるようにもしている。そのひとつとして、新しい作詞家やプロデューサーと組んでいろいろ試したり、違うジャンルの音楽を聴いたりしているところ。好きな曲を聴く時も、どこに惹かれるのか、どうすればそれを自分自身の音楽に生かせるかって考えている。


2022年、前回来日時の映像

―お母様が日本の方なので、プライベートでもたまに来日してますよね。Instagramのストーリーズで、タケノコ狩りの様子や、下北沢のソウル・バー「Little Soul Café」を訪れている姿を目にしましたが、日本での滞在が何かインスピレーションになることはあります?

ジョイス:間違いなくインスピレーションになっている。タケノコ狩りは母の家族がいる兵庫県で体験したんだけど、赤ん坊の頃から毎年日本に行っているから、すごく繋がりを感じている。特別な場所ね。日本で育っていない私にとっては目新しいことばかりで、学ぶことがすごく多い。いろいろやりたいことがあるし、発見も多い。交通機関も、LAは車がないとどうにもならないけど、日本は(公共交通機関が発達していて)本当に便利。だから子供のように大はしゃぎしちゃう。インスピレーションに溢れてる。あと、レコード屋さんとか、どんなお店でもそうなんだけど、お店の人が皆その分野のプロになろうと努力しているのを感じる。「Little Soul Café」のオーナーに会ったり、最近知った「Bar MARTHA」に行ったことも含めて、そうしたプロとしての情熱を持った人たちに会うことで刺激を受けることもある。

―素敵な体験をされていますね。

ジョイス:あと、松尾潔さんとも親しくさせてもらっているんだけど、新しいアルバムに取り組んでいる私に的確なアドバイスや励ましの言葉をかけてくれる。「2枚目ってデビュー作より大事なんだよ」って言われて、「えー、どうしよう……?」ってなったけど、彼の言う通りなのよね。最初のアルバムって自分の全てを出して「初めまして」って感じだけど、2枚目って「私は来るべくしてここにいる」っていう意思表明になるわけだから。とにかく、日本は行くたびに刺激やヤル気を与えてくれる場所。歌手としての活動をサポートして応援してくれる家族がいることも嬉しい。


Photo by Mike Orquia

―ジョイスさんのこれまでの活動や作品に接していると、マインドデザインに代表されるLAのビート・ミュージック・シーンと繋がりながら、Dマイルたちと組んでメインストリーム路線のR&Bを歌うというスタンスが絶妙だとも感じています。

ジョイス:あまり考えたことはないけど、自分の音楽を型に嵌めないようにしている。でも質問の意図はわかる。メインストリームにオルタナティブ、ローファイとか、今はいろんなカテゴリーがあるからね。強いて言えば、私の音楽はソウルフルなリズム&ブルース、R&Bだと思う。でも、ジャズやヒップホップの要素を織り交ぜるのも好きだし、それは『Overgrown』でフィーチャーされているアーティストたちを見てもわかると思う。今取り組んでいる新しいアルバムでも自分をひとつの枠に閉じ込めないで、いろいろ試したり、研究したりしている。ロックにクラシック、オペラとかいろいろ挑戦したいと思ってるし、何でもこなせるアーティストになりたいからね。それでも、自分の根底にあって心から大切にしていて得意なのは、やっぱりR&Bだという自覚はある。LAのビート・ミュージック・シーンはもちろん大好き。LAに移住したての頃はしばらくラップのシーンしか知らなくて、ドム・ケネディのようなラッパーたちのフックばかり歌っていたけどね。

―マインドデザインとはどうやって知り合ったのですか?

ジョイス:マインドデザインと付き合っていた写真家の友達が紹介してくれた。当時はストーンズ・スロウのことも知らなかったんだけど、SoundCloudにアップしてる音源を聴くように勧められてチェックしてみたら、めちゃめちゃ面白くて独特だなって思った。それで、当時取り組んでいたEP『Stay Around』(2016年)でその路線を探ってみたくなって……彼がいくつかビートを送ってくれたんだけど、そのビートがまさに自分の目指していたサウンドだった。だからマインドデザインのサウンドは今でも大好き。実は彼と一緒に作った曲でまだ出していないのがあって、微調整をして完璧にしてから最適なタイミングでリリースしようと思ってる。出すのは次のアルバムの後がいいと思ってるんだけど、早くみんなに聴いてもらいたい。あと、デヴィン・モリソンとは日本語の歌詞を乗せた曲を彼のプロデュースで作ったんだけど、それも早く披露したい。ひとつの路線やジャンルに嵌まらない素敵な曲がたくさんあって…とまあ、そんなふうにいろいろと温めている。デビュー・アルバムに(インタールードとして)収録した「Hot Minute」のオリジナル・バージョンもまだ出してないしね。




―前回の来日公演(2022年10月)のタイミングで「Iced Tea」を含むEP『Motive』が出ました。メインでプロデュースしているケイトラナダとは近年コラボが続きますね。

ジョイス:ケイトラナダは彼がSoundCloudで曲を発表していた頃からのファン。インスタで相互フォローするようになって、2020年だったかな、彼がラッキー・デイを迎えて作った曲(「Look Easy」)を私がストーリーズに投稿して彼をタグ付けしたら、本人から「今やっているプロジェクトに参加してほしい」とメッセージが来た。それで「ぜひやらせてほしい!」って返事をして、私のマネージャーが彼のチームと連絡をとってセッションすることになった。『Overgrown』の制作中だったんだけどね。そうして彼から送られてきたビートの中から気に入ったものを選んで、友達でコラボレーターのマック・キーンと一緒に歌詞を乗せてジャムしながら作ったものを戻して、そうして完成したのが、『Overgrown』のインタールード(「Kaytra’s Interlude」)。彼は私が曲に込めたストーリーにも共感してくれて、今度はちゃんと顔合わせて曲作りをしなきゃねという話になった。

―それで作ったのが「Iced Tea」だったと。

ジョイス:そう。ケイトラナダがLAに来た時、マック(・キーン)も呼んで、いくつかのビートを聴かせてもらった。「Iced Tea」はその時、最初に聴かせてくれたビートで、すぐに「これだ!」って思った。そのビートをもとにマックと私でジャムしながら自然に出来上がったのがあの一曲。あんなに難なく仕上がるなんて、本当に最高だった。(失恋など)いろいろあった『Overgrown』の後だったから、とにかく楽しくて幸せな気持ちになるような、女性をエンパワーする曲を作りたかった。


Translated by Aya Nagotani

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