ジャズ新世代イマニュエル・ウィルキンスが語る、黒人の歴史と「抽象化」から生まれた未来へのタイムカプセル

Photo by Joshua Woods

2020年のデビュー作『Omega』を発表してすぐに、イマニュエル・ウィルキンス(Immanuel Wilkins)はジャズシーンで最も注目される存在になった。2022年の2作目の『The 7th Hand』では大きな期待を軽々と受け止め、何倍にもして打ち返してしまった。世界中のジャズリスナーがイマニュエルの虜になった。

これまでのスタイルを比較に出して形容しづらいアルトサックス奏者としての個性や、コンテンポラリーでありながら、フリージャズをも飲み込んだヒリヒリするようなスリリングさを共存させた作曲だけでなく、BLMに呼応したメッセージを込めたり、黒人としての自身の中にあるスピリチュアルな側面を表現したり、その作品の背景やコンセプトに関しても卓越している。

イマニュエルの凄さは演奏や作曲面だけではなく、トータルなアーティストとしての完成度をすでに持ち合わせているところにある。挾間美帆は以前、彼の才能を「自分がやりたいことやコンセプトに非常に忠実で。でも、あれだけの才能があるから、それを音楽にしっかり出すことができる。だからと言ってチープな方向へ向かわずに、すごい努力のできる人だし、冷静に自分をコントロールできる」と評していた。

ミシェル・ンデデオチェロを共同プロデューサーに迎えた最新アルバム『Blues Blood』はさらなる飛躍作だ。自身やバンドの演奏、ゲスト・ボーカリストの声をコラージュ/エディットし、過激なミックスも施した異色作でもある。そして、過去2作よりもエモーショナルかつコンセプチュアルでもあるし、同時に抽象的で不穏でもある。

この取材ではこの作品で何を表現したかったのか、何を伝えたかったのかイマニュエルに投げかけた。トピックは音楽だけでなく、アメリカにおける黒人の歴史から、現代アートまで多岐にわたる。イマニュエルは抽象的な言葉づかいも交えながら、脳内にある言葉にしえない表現を何とか言葉にするように、何度も考え込みながら丁寧に、というよりは我慢強く話してくれた。

するっと理解が進む記事にはなっていない。ただ、彼の言葉を得てからアルバムを聴くと、その世界はさらに膨らみ、深さが増し、このアルバムのスケールの大きさをより感じられるものになったと僕は自負している。僕もイマニュエルの言葉を頼りに、作品に織り込んだもの、埋め込まれたもの、醸されているものを探りながら、何度も聴き直しているところだ。10月17日〜18日はブルーノート東京で、自身のリーダー名義として初の来日公演が開催される。



「血の系譜」とブルースのエモさ

―『Blues Blood』のコンセプトを教えてください。

イマニュエル・ウィルキンス(以下、IW):世代を超えた記憶、先祖の記憶……ということかな。今ではほとんど感じられない先祖との繋がりを、DNAの量子レベルで捉える、いわば未来へのタイムカプセル。20年後、30年後、あるいは200年後にこれを聞いた人が、自分の血統や世代を超えた記憶について考えたり、探求できるものにしたかった。その繋がりを未来に残すためにも。

―そうやって先に残す、というモチベーションで作り始めたきっかけは?

IW:「2024年に生きる人間にとって、ブルースは何を意味するんだろう?」と考えたんだ。ブルースは廃墟から掘り返されたものというか、ブラック・ピープルに限らず、全ての人間にとって、形のないアーカイブなんだ。そもそも音楽は、物理的に捉えることが難しい口承伝統の一つだからこそ、すごく面白いわけだけど。だから未来の人たちのために、意図を持って、それを形にしたら、面白いんじゃないかなと思ったんだよ。

―形のないものを形にして残すことはなぜあなたにとって重要なんでしょう?

IW:僕も残されたものを受け継いできたからだよ。音楽は僕を先祖と繋げてくれる。だからそれを世代から世代へ残すことは重要だ。たとえば、ドラマーのクウェイク・サンブリーやシンガーのヤウ・アジマンはガーナからの、シンガーのガナヴィアは南インドのタミルからの、伝統や歴史の世代を超えた記憶を呼び起こすことが、このバンドでの彼らの果たす役割だ。僕たちは先祖の影響を引き継いでいるかもしれないのに、それに気づいていないことがあるんだよ。



―前作『The 7th Hand』も先祖、アフリカ系の人たちの歴史とも繋がりがある内容でしたよね? 前作とどう同じで、どう違っているのでしょう?

IW:僕は「vessel」(器)、もしくは何かをアーカイブし、伝えるチャンネルとしての「body」(体、塊、物体)という概念に対する強いこだわりがあるんだと思う。その意味で『The 7th Hand』では身体と霊的な存在との関係を探究したんだ。そして、『Blues Blood』で追求したのは身体と先祖との関係、つまり家族の系譜。霊的な系譜ではなくて、血の系譜。でも歴史や何かを引き継ぐという考えにおいては、全く同じなんだよね。

―「血の系譜」をコンセプトにしたプロジェクトを始めるきっかけになった出来事はありましたか?

IW:いくつかあったよ。一つはダニエル・ハムの話を読んだことさ。タイトルもそこからきている。彼はHarlem Sixと呼ばれ、誤って殺人の罪を着せられた一団の一人。傷を負うほど殴られたが、出血していなかったので治療をしてもらえず、「自分で傷口を開き、傷口から血(bruise blood)を出さねばならなかった」と言うべきところを、彼は間違ってブルースの血(blues blood)と言ったんだ。それを聞いた時に思ったのは、ブラック・ピープルの歴史をたどると、そこには常に、ある種の“痛みが持つ快感”があるってこと。廃墟になった過去を掘り返し、歴史に向き合うことは僕らの責任だ。ブルースはそれを表現するための手段。だから本当に悲しい出来事や苦しみを歌った曲が多く、音としては酷いんだけど、同時にものすごい心地良く感じる。ブルースにはそんな二律背反、つまり深い感情と悲しみに浸ることが気持ちいい……ある種、エモいっていうのに近い感覚があるんだ。

―僕ら日本人だと、スティーヴ・ライヒの曲「Come Out」でダニエル・ハムの声がサンプリングされていることで、彼の物語を知った人がそれなりにいると思います。あなたはどういう経緯で彼に興味を持つようになったんですか?

IW:僕が知ったのはグレン・ライゴン(90年代から活動するアメリカ人アーティスト、人種やセクシャリティなどをテーマにした作品で知られる)の『A Small Band』という作品を通じてだった。それは“Blues Blood Bruise”と書かれたネオンサインのアート作品で、グレン・ライゴンはそれをスティーヴ・ライヒのレコーディングをベースに作った。僕はアーキビストと共に、なんとかダニエルの喋ってるオリジナルのテープを探そうとしたけど、見つけられなかった。おそらくライヒ・エステートに保管されていて、誰もアクセスできないんだと思う。なので、今、残されてる唯一の記録は、ライヒのレコードだけってことになるね。

―そのダニエル・ハムの話を、作家のジェイムズ・ボールドウィンは「A Report from Occupied Territory」として発表しました。ダニエル・ハムもボールドウィンから影響を受けた人でした。共同プロデューサーのミシェル・ンデデオチェロとはそんな話もしたんじゃないかなと思ったんですが。

IW:いや、それがしてないんだ! それがある意味、すばらしい偶然だったと思う。まるでその話をしなかったのに、明らかなクロスオーバーがそこにあったってことがね!

―意外ですね! ミシェルはここ数年、ボールドウィン研究に取り組んでいて、『No More Water : The Gospel Of James Baldwin』というアルバムを今年8月に発表したばかりなので、その話をしていたのかと思ってました。

IW:ああ。でも僕は「Gospel of James Baldwin」が最初に(NYの)パーク・アヴェニュー・アーマリーでコミッションされた時に見ているんだ。もう何年も前だけどね。


Translated by Kyoko Maruyama

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