ニール・パートの超絶ドラミングと世界観を味わうラッシュの12曲

「トム・ソーヤ」は今でもチャレンジングで、演奏すると満足する曲

「ザ・トゥリーズ(原題:The Trees)」(1978年『神々の戦い』収録)


Fin Costello/Redferns/Getty Images

70年代のスーパースターの多くがオフステージではホテルの部屋を破壊したり、酒や麻薬で過剰にリラックスすることに夢中になっているとき、ニール・パートは宿泊しているホテルの部屋で一人静かに、何度も読み込んだ1943年のアイン・ランドの小説『水源』を読むことを好んだ。この作品は長年に渡り無数のリバタリアンに政治的な気付きを与えてきた作品で、パートは「ザ・トゥリーズ」の歌詞のインスピレーションをこの小説から得た。この曲は森の中に住むオークの木とカエデの木の間に起きた衝突の物語だ。両者は互いにまったく同じ主張をして、その過程の中で相手を破壊して終わる。これは『神々の戦い』の中でも短めの曲で、始まりはピーター・ガブリエル在籍時代のジェネシスが録音したアルバムのアウトテイクのような優しい音で始まるが、そこから急激にクライマックスへと上昇し、再びパートのウッドブロックがアクセントの穏やかなパッセージへと徐々に降下して行く。のちにパートはランドの作品に感動を覚えることがなくなったと明言している。そして「あの頃はまだガキだったんだ。現在の自分は情にもろいリバタリアンさ」と言っていた。

「ザ・スピリット・オブ・レイディオ(原題:The Spirit of Radio)」(1980年『パーマネント・ウェイブス(永遠の波)』収録)


Fin Costello/Redferns/Getty Images

1980年代は70年代に活躍したプログレッシヴ・ロック・バンドにとって情け容赦のない時代となった。しかし、ラッシュは新たな10年が始まって数週間後に新作『パーマネント・ウェイヴス(永遠の波)』をリリースして、ジェスロ・タルやエマーソン・レイク&パーマーと同じ運命を避けることに成功した。同作からのリード・シングル「ザ・スピリット・オブ・レイディオ」が新たなファンを獲得したのである。ラジオの企業化に異論を唱える侮蔑的な歌詞(「きらびやかな景品/終わりなき妥協/高潔という幻想を閉ざす」)が予想外のヒットとなり、ラッシュをアリーナクラスのバンドへと押し上げた。この頃のニール・パートはポリスをよく聴いており、レゲエ風ビートをパートお得意の高速アタックにブレンドした様は、スチュワート・コープランドからの影響を匂わせている。「『ザ・スピリット・オブ・レイディオ』は『ザ・スピリット・オブ・ミュージック』とも呼べる」と、1980年にパートが言った。「この曲はラジオ局のお手本と言えるにある局ついて書いている。つまりトロントのCFNY-FMのことだ。この局は15年前のFMラジオのままなんだ。だから自宅に戻るとよくこの局を聞いているし、これが何か大切なもの、たぶん最後の砦のようなものを象徴しているって思うね」と。

「トム・ソーヤ(原題:Tom Sawyer)」(1981年『ムービング・ピクチャーズ』収録)


Fin Costello/Redferns/Getty Images

ラジオで立て続けにヒットを飛ばすという、ラッシュらしからぬ状態は1981年の「トム・ソーヤ」まで続く。この曲は世界中の音楽チャートに入り、バンドのシグネチャー曲となった。この曲の歌詞はパートがソングライターのパイ・デュボアと共に書いたものだ。「もともとの彼の歌詞は、目を見開いて、目的意識を持って世界中を駆け巡る、現代の反逆者や自由主義の個人主義者の姿を描いていた。そこに私が自分の内側に存在する少年と大人の男が仲直りするテーマと、自分自身が思う姿と他者から見た自分の姿の違いを付け加えたのだが……はっきり言うと、たぶん自分のことだ」と、パートが説明している。曲の途中で登場する驚きでアゴが外れるほど複雑で、キット全体を余すところなく流暢に叩くドラム・フィルは、ロック史上最も歓声に包まれてエアドラムされるフィルを持った曲として、フィル・コリンズの「夜の囁き」のブレーク部分に匹敵するものだった(この曲は「トム・ソーヤ」の数週間前にリリースされている)。これまで無数のアマチュア・ドラマーが自宅の車庫や地下室で「トム・ソーヤ」のドラム・フィルのアレンジに挑戦してきているが、パートのオリジナル・フィルを超えるものは一つも出てきていない。パートは2012年に「トム・ソーヤ」を「今でもチャレンジングで、演奏すると満足する曲だ」と語っていた。

Translated by Miki Nakayama

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