東北ライブハウス大作戦、西片明人とTOSHI-LOWがその歩みを語る

西片明人(左)とTOSHI-LOW



「続けなきゃ終わっちゃうんですよ」

ー2019年の今、何かが変わったという感触はありますか?

TOSHI-LOW:バンドで飯を食ってくことと一緒で、夢が叶ったって思っちゃうと、そこで終わりじゃないですか。満足するのってどこがMAXなのかわからないですよね。自分の中での達成感とか、スタジアムを満員にしたとか、金を持って満足しちゃうとか、女をはべらかして満足しちゃうとか、こっちからすればクソつまんないことで大体終わるじゃないですか。東北ライブハウス大作戦がそれとは一つ違うのは、やっぱり続けるという命題を持ってる人たちが、あんな人口もいない田舎町にライブ・バンドが来て、そのハコを継続しなきゃいけないっていうのを、一生やらなきゃいけないからなんです。だって、続けなきゃ終わっちゃうんですよ。難しいことなんですけど、そこをみんなが共有してるのはスゴい。だからと言って、ライブハウスが上手く回ってるかって言ったら、今だって月に何本かしか入ってないんですよ。だから、これを読んだバンドマンがいたら、是非来てほしいですよね。「行きますよ」って言ったまま今も行ってないバンドもいるので、心当たりがあるヤツは是非行ってもらいたいですね。俺は全部その人たちを覚えてるから(笑)。

ーライブハウスには地元のバンドも出演していますよね。地元のシーンの活性化にはつながりました?

TOSHI-LOW:この前の盛岡で、大船渡のライブハウスで育ったバンド、FUNNY THINKが対バンで。そういう当時中学生に毛が生えたようなバンドが大人になって全国を回れるようなバンドになれば、本当に一つは成し遂げたなと思いますね。

西片:この前、NAMBA69が3地域でライブをやった時も、3地域ともあえて地元のバンドを対バンにしましたね。震災から8年経って、まだ来てくれないのかじゃなくて、いつでも来てほしいんですよ。被災地のライブハウスに行くことに対して、被災した方たちのためにとか、それを逃すと行くタイミングがないとか、そんな風に言われたこともあるんです。でも、お客さんを連れていってあげればいいんですよ。そこで泊まって、飲み食いしてくれれば、その町の活性化につながると思うので。俺らが作りたかったのは、毎日その町にあるライブハウスなんですよ。いつか「震災があった町」っていう理由づけがなくなるくらいのライブハウスになれればいいなと思います。「何で行くの?」って聞かれた時に、「震災があったライブハウスだから」っていう答えじゃなくて、「いや、ライブハウスがあるから」って普通に答えられるようなところまで続けていきたいです。

東北ライブハウス大作戦
http://www.livehouse-daisakusen.com

西片明人
ライブ・サウンド・エンジニア。SPC peak performance代表。東北ライブハウス大作戦本部長。幡ヶ谷再生大学一期生。1968年新潟県生まれ。専門学校在学中から新宿ロフトでPAとして働き始め、28歳の時に独立。Hi-STANDARDの専属PAを皮切りに、これまでTHE BARRETT、BRAHMAN、HUSKING BEE、BEAT CRUSADERSなど多くのバンドを担当。2000年、SPC peak performanceを設立。年間200本以上のライブ現場を取り仕切りながら、「人と人を繋げる」をテーマに、現在も精力的に活動中。
Twitter: @SPC_nishikata

TOSHI-LOW
BRAHMANのヴォーカリストであり、OAUのギター・ヴォーカル。東日本大震災以降、迅速な決断と行動によって多くのアーティストに影響を与え、各地で起こる災害への支援を行い、現在もヒューマニズムあふれる支援活動を継続している。BRAHMANとして、2018年にアルバム『梵唄 –bonbai-』を発表し、単独では初の日本武道館公演を行った。OAUとしては、2019年9月4日にアルバム『OAU』をリリース、2019年5月には書籍『鬼弁~強面パンクロッカーの弁当奮闘記~』が発売された。
http://www.tc-tc.com

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