トラックメイカー視点から見たブルーノート、ドナルド・バードの魅力
―バークリーの頃はハンコックのヴォイシングとか和声とかそういうのを分析しながら聴いていたと思うんですけど、それからKan Sanoさんはビートメイカー/プロデューサー的な方向にもアプローチするようになります。そうなると、また違う視点でブルーノートを聴くようになったのではないでしょうか。
Sano:バークリーに行って、ちょっとしてから本格的にトラックを作るようになると、聴く音楽もクロスオーヴァーとかブロークンビーツ、ネオソウルとかにどんどんシフトしていきました。周りにいた同じような趣味の人たちはみんな「今、ロンドンがやばい」となっていて、僕もマーク・ド・クライブロウとかにどっぷり浸かってましたね。その流れで、70年代のドナルド・バードを聴くようになったんです。
あと、その頃はジャザノヴァも好きでしたね。彼らも携わっている『Blue Note Trip』というコンピレーション・シリーズがあって、それをよく聴いてたんですよ。そこにゲイリー・バーツ「Carnaval De L’Esprit」(※)とか僕が好きな感じの曲がいっぱい入ってて、そこから「クラブ視点から見たジャズ」として、もう一回ブルーノートと出会った感じですね。
※77年作『Music Is My Sanctuary』収録。レーベルはブルーノートではなくキャピトル。80年代にブルーノートがキャピトルの親会社EMIに買収されて以降のブルーノートのコンピレーションには、EMI傘下の他レーベルの音源が混ざっていることがある。
ゲイリー・バーツ「Carnaval De L’Esprit」を収録した『Blue Note Trip: Scrambled / Mashed』(2006年)
―きっかけはジャザノヴァなんですね。
Sano:そう、ジャザノヴァとか4ヒーローが大きくて。そこからマイゼル・ブラザーズの存在を知って、彼らがプロデュースしていたドナルド・バードを聴くようになりました。
―今回の『Blue Note Re:imagined』で、Sanoさんはドナルド・バードの「Think Twice」を取り上げていますよね。彼の作品だとどの辺りが好きでした?
Sano:70年代のものは全部好きで聴いてました。「Think Twice」が入ってる『Stepping Into Tomorrow』や『Places & Spaces』(共に75年)とか。あとはそういえば、ブルーノートだとマッドリブが手掛けたリミックス・アルバム『Shades of Blue』(2003年)もよく聴いてました。あそこでもドナルド・バードが何曲かサンプリングされていましたよね。
DJ/プロデューサーのマッドリブによる『Shades Of Blue』は、90年代のUs3、2000年代以降のロバート・グラスパーと共に、ブルーノートとヒップホップの関係を象徴する重要作
―その頃のドナルド・バードってどんなところが好きですか?
Sano:サウンドの色彩感が好みでハマったんですよね。ドナルド・バードの『Black Byrd』(73年)って、彼が教えてた大学の生徒とやってたバンドの名前じゃないですか。みんな音楽に対して真面目というか、ただジャムってるんじゃなくて、アレンジもしっかり作られているんですよね。そこが好きでした。それに僕は鍵盤奏者なので、ドナルド・バードがピアノとエレピをうまく混ぜて、さらにシンベを入れたりしてるところが刺さったんですよね。
僕はorigami PRODUCTIONSに入る前に、Circulationsってレーベルから『Fantastic farewell』というアルバムを出しているんですけど(2011年)、それとかはマイゼル・ブラザーズの影響を受けています。ビートはJ・ディラ以降の感じなんですけど、エレピとピアノとシンベを使った、ウワモノのカラフルな音作りとかはドナルド・バードの影響だと思いますね。
ドナルド・バードが「Black Byrd」を演奏する73年のライブ映像
―マイゼル・ブラザーズはもともと、モータウンにも曲を提供していた人たちですもんね。
Sano:そうそう。マイゼル・ブラザーズ関連のレコードを掘っていた時期もありました。結局、ドナルド・バードが一番好きですけど。
―ドナルド・バードってヒップホップの世界でも愛されてきた人で、サンプリングやカバーも結構ありますけど、その辺はどうですか?
Sano:よく聴いてたのはJ・ディラの『Welcome 2 Detroit』(2001年)と、エリカ・バドゥの『Worldwide Underground』(2003年)のバージョンですかね。特にJ・ディラの方は、ドナルド・バードのウワモノ感とJ・ディラのビート感が好きだったので、自分が当時やりたかったことに近かったと思いますね。