甲斐バンド、1974年から1977年までの歩みを振り返る

2019年に発売された45周年のライブベストアルバム『サーカス&サーカス2019』は、これまでのライブからのベスト盤でした。今お聞きいただいたのは、1977年12月の中野サンプラザ公演、40年以上前です。甲斐さんと一緒に声をあげていたあなた、今おいくつなんでしょう? 甲斐バンドの初めてのライブアルバム『サーカス&サーカス』に収録されていたものが、この45周年盤に収録されました。

今月2021年6月の特集は、甲斐バンド。1974年のデビューで、1986年に解散しました。1996年には再結成されて、何度となく再び集まってライブやツアーを行ってます。今年もツアーが進行中で、6月8,9日にはBillboard Live Osakaでライブがあります。なぜ今甲斐バンドなのか? 1986年6月に武道館5日間公演で解散したんですが、これは日本の音楽史上最大規模の解散コンサートです。ここから数えて35年、改めて軌跡を辿ってみようと思いました。

甲斐バンドとはどんなバンドだったのか? 日本の音楽シーンの中でどういう存在だったのか? 乱暴に言ってしまうと、はっぴいえんどからBOØWYに至る過程の最重要バンドだと思ってます。もちろんはっぴいえんどとBOØWYは全く別の存在のバンドですが、時系列で見ていくとその間がすっぽり抜けていて、そこを支えていたのが甲斐バンドだったという気がしております。まだロックバンドが不遇の1970年代から1980年代への橋渡しになった。メジャーシーンに影響を与えながら自分たちのスタンスを崩さなかった。

1979年から1982年まで、年間のコンサート動員数は1位ですよ。チューリップとかアリスとか代表的なライブバンドはあったんですが、チューリップもメンバーが交代する時期で、アリスは1981年に活動休止してしまいましたからね。甲斐バンドはずっと年間コンサートの記録を持っていた。それでいて、シーンに流されないで誰もやってこなかったこと、誰も行かなかった道を歩き続けた、メジャーの中のカルトヒーローと言っていいでしょう。1986年に解散したときには、テレビでドキュメンタリーが放送されたんですが、そのタイトルが「十二年戦争」。自分たちのキャリアを戦争に喩えたのがカッコよかったですね。ただ、あまり語られてきていないのではないか? この番組のディレクターは1960年代生まれで洋楽マニアなんですが、甲斐バンドは通っていなかった。「僕みたいな初心者にも分かるような番組にしてください」ということで、長年のファンの方には今更になってしまうような話も織り交ぜながら、当時割と近いところで見させてもらっていた一人として、自分の見てきたことを振り返りながら話ができたらと思っております。

Rolling Stone Japan 編集部

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