ビリー・アイリッシュ『Happier Than Ever』制作秘話「二度とアルバムは作らないつもりだった」

フィネアスが気づいたビリーの変化

今作の制作を通して、フィネアスは妹の変化に気がついたという。彼女は曲作りを楽しみ、完成させるまでのプロセスを以前ほど苦に感じていないようだった。「ビリーがより自信と責任感を身につけて、僕らが生み出そうとしている音楽にかつてなく興奮しているのを感じられて、兄としても嬉しかった」。彼はそう話す。「それに客観的に見ても、彼女はアーティストとして成長したと思う。個人的な意見だけどね。彼女がオリンピックの体操選手か何かだったとしたら、はっきりと結果が出るだろうね。より高く跳べるようになるとかさ」

「bad guy」のヒット以来、フィネアスはポップ界で最もニーズの高いプロデューサーの1人となり、トーヴ・ローやセレーナ・ゴメスを含む様々なアーティストの作品を手がけてきた。彼はソロアーティストとしても人気を集めているが、最悪のタイミングで起きた浸水被害によって、デビューアルバムの制作は中断を余儀なくされた。ビリーはフィネアスが自分のクリエイティブパートナーという文脈以外で評価されることを「最高にクール」だと感じており、それが自分たちの制作活動に影響することをまるで案じていない。「何か影響が出るとは思わないし、彼は楽しんでるから」。彼女はそう話す。「彼は自分のやりたいことしかやらない。誰かの言いなりになったりはしない」

「ビリーとの仕事はすごく充足感がある」。フィネアスはそう話す。「僕にとって最大の目標は、とにかくディープになることだった。これはビリーの2ndアルバムだけど、自分の中にあるマリアナ海溝のより深い部分に到達するチャンスだと捉えてた」

フィネアス曰く、2人のクリエイティブプロセスに占める割合は「50:50」だという。世間に知られないように恋愛やカジュアルな関係を楽しもうとする有名人の視点で歌われる「Oxytocin」と「NDA」の2曲で効果的に使われているゲートを効かせたトレモロやディストーションを、彼はとても誇りに感じているという。



そのテーマをさらに一歩推し進めた「Billie Bossa Nova」では、ポップスターのツアー生活におけるファンタジーが描かれる。「ツアーに出ると、パパラッチが部屋まで追って来ないようにホテルの荷物用エレベーターを使ったり、色々と馬鹿馬鹿しいことをしなくちゃいけないんだ」。彼はそう話す。

「ビリーが秘密の恋人と会おうとしているかのような行動を取ってたってことだよ。“ロビーでは誰にも見られてない / あなたの腕に抱かれるところも”っていう部分なんかは、そういう相手の存在を思わせるだろうね」

「実の兄と一緒に曲を書いてるわけだけど、他人を求める気持ちを音葉にする時なんかは、お互い耳を塞ぎたくなったりもする。だって兄妹なんだから」。ビリーは後にそう話していた。恋愛感情や出産に伴って血液中に分泌されるホルモンの名前である「Oxytocin」では、彼女はタイトなビートに合わせて“壁越しに誰かが聞いていたら、どう思われるんだろう”と歌う。フォーク寄りの「Male Fantasy」では、暇つぶしに観たポルノが男性に与える影響について想像する。

「私たちはお互いのプライベートライフについていつも話してるから、別にどうってことないんだけどね」。彼女はそう続ける。「とにかく楽しいんだ。それはソングライティングであって、ストーリーテリングでもある。(歌詞について)深く考えるよりも、その芸術性にフォーカスすべきだと思う」

クリエイティビティの割合は50:50でありながら、あらゆるクレジットがビリーになっている理由について、フィネアスはこう説明する。「ソロ名義だけど実態はデュオなのでは、みたいな指摘をされることは多いよ」。フィネアスはそう話す。「作品は彼女の人生と世界観の産物なんだ。僕は彼女がそれを表現する手助けをしているけど、すべては彼女が人生で経験した事柄から生まれる。今作を生み出す過程で、彼女は多くのことを僕と共有してくれたけれど、実際に彼女がどんな思いをしたのかは、僕には知る由もないよ」

友人でありシンガーソングライターのビショップ・ブリッグスは、彼に「曲を書くという行為は、自分が生きていくための手段そのもの」だと語ったそうだが、フィネアスはその考えに共感している。「ビリーは今回のアルバムを作ることで、様々なことに折り合いをつけようとしていたんだ」

Translated by Masaaki Yoshida

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