アリシア・キーズ×ケラーニ対談 フェイクな世界でリアルを追求する二人の哲学

大好物の音楽、母親としての心構え

アリシア:どんな音楽を聴いているの? 懐かしさを感じて「これこそ私のルーツよ」というジャンルや、最近新たに注目している音楽はある?

ケラーニ:育ての母であるおばさんは、ネオソウルに夢中だった。家の中で流れているのはネオソウルとたまにR&Bといった感じだったから、私が知っている曲はネオソウルばかりで、まるでフィラデルフィア出身の子どものようだったわ(実際はカリフォルニア州オークランド出身)。その後は成長するにつれて、ネオソウルだけでなく他の音楽も聴くようになった。でも小さい頃は、ラップには馴染みがなかったから「好きなラッパーは?」と聞かれても、「えーと、難しい質問ね」と答えるしかなかった。小さい頃はあまり外で遊ばない子どもだったの。おばさんは過保護な人で、ほとんどの時間を家の中で過ごしていた。家の中が2人だけのリトルワールドみたいだったわ。私の母が、つまり育ててくれたおばさんが持っていたCDプレーヤーが、私のお気に入りだった。彼女のコレクションの中のアーティストが新作を出して、いい作品だったらアルバムを追加する、という感じだった。

アリシア:よくわかるわ。私の場合は、ジェネイ(・アイコ)、H.E.R.、ケラーニ、SZAが好き。懐かしのアーティストだったらニーナ(・シモン)ね。それからフリートウッド・マックみたいな超クラシックなレコードを聴くのも楽しい。サウジアラビアにもすごいアーティストがいるし、フランス出身の素晴らしいお気に入りアーティストもいる。いろいろなテイストやトーンの音楽を聴くのが好き。

ケラーニ:リラックスできる「大好物」はある? 音楽的な意味でね。ぜひ聞いてみたかった。私はいろいろ聴くけれど、結局はいつもと同じ感じで朝をスタートする。自分のスウィートスポットみたい。

アリシア:私の場合はシャーデーね。彼女の音楽を流すと「いい感じ」になれる。

ケラーニ:私はスティーヴィー(・ワンダー)。「さあリラックスしよう」という時に聴くの。

アリシア:スティーヴィーが大好物なんて素晴らしい。あなたは母親になったのよね、いまいましいコロナ禍の真っ只中に。

ケラーニ:彼女は1歳の誕生日を、正にパンデミックの最中に迎えた。ロックダウンが正式アナウンスされてから1週間か2週間目だったわ。バンデミック下のバースデイってことで、私と彼女の父親と、子どもの親友である私の妹だけで祝った。しかも全員がしっかりロックダウンを守って、安全であることをよく確認してから呼んだ。皆がマスクを着けて、距離を保った。当時はコロナについて、ほとんど何もわかっていなかったから。アルバム(『It Was Good Until It Wasn’t』)は自宅からリリースして、一連のミュージックビデオも自宅で撮影した。貴重な経験だった。

アリシア:本当に自宅で?

ケラーニ:そう、文字通り自宅で作業したわ。

アリシア:ビジュアルも新鮮だったでしょうね。

ケラーニ:自分と撮影者の2人だけで作業した。カメラ1台と編集ソフトを持ち込んで、YouTubeへアップした。おかげでビデオ編集のやり方を覚えたわ。セントラルバレーのエアコンもない暑いガレージで、赤ちゃんを膝の上に乗せて作業したのよ。

アリシア:すごいわね。


Photo by Kanya Iwana for Rolling Stone

ケラーニ:パンデミックのせいで私が自宅で仕事をしていなければ、子どもとこんなに密な時間を過ごせなかったと思う。今は、ステージやスタジオでの仕事が戻りつつあり、家を空ける時間も増えてきている。私にとっては挑戦よ。クリエイティブ的には、全てを違うものとして考えている。ただ闇雲に走り出すことはできない。常によく考えて進むべきよ。毎日のひとつひとつの行動には、ほんの些細なものかもしれないけれど、考えるべき事がある。今こうしている時も、自分のアレルギーについて気を付けている。「子どものためにも、自分にアレルギー反応が出るようなものを食べてはいけない」という感じ。こんな風に、全てがこれまでとは違うのね。

アリシア:間違いないわ。私も同じような経験がある。私の場合は、自分の中にパワーを感じた瞬間があった。以前の私は、自分から他人に「ノー」と言えなかった。自分に自信がなかったのね。でも子どもができてからは、自分にパワーを感じられるようになった。もっと慎重に、というあなたの考え方はよく理解できるわ。かつての私は、とことんスタジオで全身全霊を集中させていた。納得するまで徹底的に突き詰めようとしていたのよ。結局何も見つからず、朝の7時に家へ帰るような生活だった。今では「何も浮かばないから帰りましょう」と言えるようになったわ。

ケラーニ:帰って寝なさい、ということね。

アリシア:帰ろう!

ケラーニ:あなたの達した境地が羨ましい。「だから何?」って言えるのがベストね。

アリシア:今日は何も出てこないから何をやってもダメ、ということ。

ケラーニ:そんな時は帰って寝た方がいいわよね。

アリシア:余裕ができて、全てが変わった。自分でも意識していなかったけれど、余裕ができたおかげで……。

ケラーニ:インスピレーションが生まれた。

アリシア:その通り。あなたもその境地に……。

ケラーニ:何もないところに作品は生まれない。

アリシア:そうよね。




ケラーニ:私も同じ。毎日スタジオに籠ろうと思ったら、1日に12時間~14時間も四方を壁に囲まれて、それから家に帰って、四方を壁に囲まれた部屋でベッドに入る、という繰り返しになる。私は四つの壁の歌を書こうとしているのか? それともベッドの曲? スタジオの照明の歌? 何かを取り入れるために何を経験しているのか? 少なくとも家にいて日中ゆっくりしているのであれば、そこは夜の暗い部屋とは違う。夜は家に帰る時間。でも帰る必要がない。

母性が私の音楽作りに影響したと思う。同じ「愛」でも、以前とは違った感情で書くようになった。苦悩やイライラ、感謝や恩の欠如など、さまざまな感情で愛を描いている。親になって得た全てのもののおかげで、愛に対する見方が変わった。私はラヴソングを書くけれども、今まで以上に愛をテーマにしたり、愛に抵抗したりもしない。

アリシア:ありのまま、ということね。

ケラーニ:愛についての曲は書くわ。普遍的なテーマで、この世から消えることはないし、飽きることもない。この地球が消えてなくなる日まで、誰もが愛を感じ続ける。私は子どものおかげで、忍耐や強い心を持つことができた。

アリシア:私もそう思う!

ケラーニ:人間関係を学びながら、今はとても忍耐強く、精神的にも強くなれた。「私を選んで。あなたがいないと死んでしまいそう」なんて歌は書かない。子どもができる前に逆戻りよ。一般的に、親になると感性が変わると思う。そして感情がダイレクトに作品につながる。

アリシア:全くそう思う。あなたの精神力が素敵。それこそ大切よ。

ケラーニ:そう? 私は根性なしよ(笑)。

アリシア:全然そんなことないわよ。

ケラーニ:たまたまよ。私たちは、上手くできたのね。解放されたのよ。

Translated by Smokva Tokyo

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