リトル・シムズ、年間ベストを席巻した「2021年の最高傑作」を2つの視点から考察

 
重層的な深みを表わすオーケストレーション

『Sometimes I Might Be Introvert』では前作以上にインフローやクレオ・ソルのそうした過去の音楽への知識、引き出しが開放されて、リトル・シムズの表現にしなやかさやまろみを与えた感がある。スモーキー・ロビンソンの「The Agony And The Ecstasy」(1975年)をサンプルした(というよりはスモーキーとの共演に近い)「Two Worlds Apart」などもこれまでのリトル・シムズにはない展開。予算もふんだんだったことを窺わせる。

オーケストレーションを手掛けているのは、チェロ奏者のローズマリー・ダンヴァーズ。彼女はワイアード・ストリングスというプレイヤー集団のリーダーで、ポール・ウェラー、ブライアン・フェリー、アデル、カニエ・ウェストなどとも仕事してきたトップ・アレンジャーだ。彼女のアレンジメントが英国的なノーブルさをアルバムに付け加えてもいる。






ローズマリー・ダンヴァーズ率いるワイアード・ストリングスが、アデル「Chasing Pavements」のストリングスを録音したときの動画

ただ、クラシック的なものへの志向は、リトル・シムズがもともと持っていたものかもしれない。というのは、グライムやレゲエ〜ダブの色が強かった2015年の『A Curious Tale of Trials + Persons』の頃からクラシカルなストリングスは聴こえていたからだ。アルバム中の「This Is Not An Outro」はストリングスをフィーチュアしたダブ・インストという趣だ。

振り返ってみると、イギリスにおいては、レゲエ〜ダブ〜サウンド・システム的なものとストリングスの親和性は高かった。80年代の終わりにはレゲエ・フィルハーモニック・オーケストラなんてユニットがあって、ソウル・II・ソウルほかのレコーディングにも貢献していた。ルーツはアメリカのソウル・ミュージックに聴こえるストリングスだろうが、そこに英国的な叙情性を加えたストリングス・サウンドは、90年代以後のトリップホップやドラムンベースなどの中にもしばしば聴こえてきた。『Sometimes I Might Be Introvert』のサウンド・プロダクションにも、そんな歴史との繋がりが強く感じられる。




と考えていくうちに、ようやく、アルバム冒頭の「Introvert」が聴けるようになった。これはハリウッド大作主義的なイントロダクションではないのだ。打ち鳴らされる軍楽隊のドラムは女王陛下のためのものだ。インタヴューを読むと、リトル・シムズはアルバム制作中にNetflixの『ザ・クラウン』を観ていたそうだ。「Introvert」のナレーションは、その『ザ・クラウン』でダイアナ妃を演じたエマ・コリンによるものだという。自身の中にある英国的なものと向き合うために、この「Introvert」は必要だったのだろう。それは彼女がナイジェリア的なものと初めて深く向き合った終盤の「Point To Kill」〜「Fear No Man」と対にもなっている。

と、ここまで辿りつくのに時間はかかったが、それこそがこのアルバムの手強さや重層的な深みを表わすものでもあると思う。トータル・アルバムとしてのリピートは、僕はこれからです。

 
 
 
 

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