リトル・シムズ、年間ベストを席巻した「2021年の最高傑作」を2つの視点から考察

 
安易な概念化を許さない「亀裂」

もちろんそれは「Introvert」に限らず、様々な楽曲でも多様にアプローチされる。「Woman」のMVでも冒頭からシンメトリーな建物と人物を映し、カラフルでビビッドな色彩が、額縁に囲まれた画面=絵画を華やかに彩る。俯瞰で、仰ぎで、正面から、あらゆる角度のカメラが「ここしかない」というポジションで優雅に情景を捉えていく。「I love You, I Hate You」も同様で、リリックの世界観を的確に表現した長いテーブルが画面の奥行きを生み、映像効果が音楽の力を増幅させる。つまるところ、シムズは、そのアウトプットを音楽だけにとどまらない映像も含めた完璧な表現として完成させているのだ。と同時に、それら「格式」「緻密さ」、さらに「優雅さ」といった側面が現行のアメリカを中心としたヒップホップのメインストリームとは極めて相反するエレメントであることも忘れてはならないだろう。ゆえに、シムズのMVは、アメリカのリスナーに対しては厳かでありながらもどこか奇抜でハッタリの効いた印象すら与えるかもしれない。



ある種スポーティな、ルーズさとラフさの方角へと進みながらそれはそれで刺激的な実験――サブベースの濫用、音割れへの拘泥、ロックの引用、多種多様なフロウ――を試みてきた近年のヒップホップトレンドとは大きく距離を置いたシムズの今作が、セールス/評価ともにインパクトを残しじわじわと世界中に影響を拡大している状況は、ゲームの潮目を変える意味で非常に興味深い。シムズ自身の音楽性はあくまで前作までの延長線上にあり、大きくスタンスを変えてはいない。アメリカのメインストリームにおけるヒップホップがやや波及力を停滞させつつある今、結果的に世の中の潮流が彼女の才能を迎える準備を整えたという方が正しい。ただ、アメリカ/その他の国という見取り図すらも近年急速に崩れてきている中で、安易な対立関係でこの状況を俯瞰していくことも危険であろう。つまり、映像面も含めアメリカと相反する立場でシムズの表現を「格式」「緻密さ」「優雅さ」といったキーワードとともに解釈した際、実はそれら二項から抜け落ちる重要な側面として指摘したいのが、時折顔を覗かせるポストパンクやアフロミュージックの要素が引き立てる粗くルーズな表情である。

大仰な楽曲群を聴きながらも、今作でも引き続き随所で聴かれる「Rollin Stone」や「Point and Kill」といった楽曲のラフさは注目すべきポイントだろう。「Point and Kill」のMVでは、ジブリル・ジオップ・マンベティ監督による1973年の映画『トゥキ・ブキ/ハイエナの旅』へのオマージュがなされ、バイクに乗ったゆるいロードムービーが綴られる。干された洗濯物や逞しい馬といった道具から始まり、視線を誘導するズームイン、ギミックの効いたズームアウトなど古典的映画作法がこれでもかと詰め込まれた本MVで、一本道をだらだらと走り抜けるバイク、その牧歌的な描写は他の彼女の映像作品には見られないゆるんだムードを漂わせている。言うまでもなく、ここでもまた映像は音楽を補強する。ルーズに伸ばされるだらんとした母音は、彼女の緻密で技巧的ラップスキルとはまた異なる魅力の一つだ。アフリカンという自身のルーツにかえりながらラフさを作品にミックスしていく態度、そのタッチは、今後もシムズの作品において安易な概念化を許さない、ある種の拠り所でありながら作品に捉えどころのない亀裂を走らせる豊かさに違いない。そして、ますますスケールアップしたシムズの表現が今後私たちの生きる社会――安易な二項対立に惑溺する風景――を救い、白黒つけない“Grey Area”を提示するパワーを発揮するにあたっても、それらルーツが生むラフさは重要な要素になるであろうことを予言しておく。

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リトル・シムズ
『Sometimes I Might Be Introvert』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11836

ブリット・アワード2022 最多4部門ノミネート
全英チャート4位
BBC Radio 6 Music’s Albums of the Year 2021: #1
Exclaim!’s 50 Best Albums of 2021: #1
The Skinny’s Top Ten Albums of 2021: #1
Louder Than War Albums of the Year 2021: #1
OOR’s Best Albums of 2021: #1
Clash’s Albums of the Year 2021: #1
Albumism’s 100 Best Albums of 2021: #1
NBHAP’s 50 Best Albums Of 2021: #1
The Telegraph’s 10 Best Albums of 2021: #1
Dummy’s 25 Best Albums of 2021: #1
PopMatters’ 75 Best Albums of 2021: #1
The Line of Best Fit’s Best Albums of 2021: #1
NPR Music’s 50 Best Albums of 2021: #2
Dazed’s Best Albums of 2021: #2
Double J’s 50 Best Albums of 2021: #2
The Sunday Times’ 25 Best Albums of 2021: #2
NME’s 50 Best Albums of 2021: #2
Louder Than War Albums of the Year 2021:#3
The Guardian’s 50 Best Albums of 2021: #3
The Vinyl Factory’s 50 Favourite Albums of 2021: #3
Rough Trade US Albums of the Year 2021: #3
Rough Trade UK Albums of the Year 2021: #3
Paste’s 50 Best Albums of 2021: #4
Consequence of Sound’s Top 50 Albums of 2021: #5
The Guardian’s 20 best songs of 2021: #9
Billboard’s 50 Best Albums of 2021: #19
Uncut’s 75 Best Albums of 2021: #21
The Quietus Albums Of The Year 2021: #27
Pitchfork’s 50 Best Albums of 2021: #29
MOJO’s 75 Best Albums of 2021: #28
Rolling Stone’s 50 Best Albums of 2021: #36
Uproxx’s Best Albums of 2021

 
 
 
 

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