トム・ヨーク率いるザ・スマイル、UK最先端とも共振する「破格のライブ」を総括 

ザ・スマイルの「機動力」を支える名ドラマー

まず、前提としてふれておきたいのが、レディオヘッドはかねてからリズムにこだわり続けてきたバンドだということである。「Everything in its Right Place」「15 Step」など、活動全期を通して5拍子が多用されているし、代表曲「Pyramid Song」の3+3+4+3+3(=16)をはじめ、ストレートな4拍子を変則的に捻っている曲も多い。そもそも、1stアルバム『Pablo Honey』の冒頭を飾る「You」からして12+11(3×4、3×3+2)拍子である。

一般的には「変拍子といえばプログレやマスロック」的なイメージが強いと思われるが、そうした枠で語られることが殆どないレディオヘッドは、それらの大半を上回る個性的かつ効果的なリズム構成を編み出し続け、その上で大きな人気を獲得してきた。こうした達成は、美しく印象的な歌メロを軸にした作編曲の凄さと演奏の魅力、ヨークの類稀なキャラクターによるところも大きいだろう。しかし、それとは逆に、これほど変則的なことをやっているのに“複雑系”的なイメージを持たれにくいのは何故なのか。その理由のひとつに、レディオヘッドのドラマーであるフィル・セルウェイのプレイがあると思われる。

セルウェイのドラムスはどちらかと言えばあまり闊達ではなく、変則リズム構成を演奏する多くのプレイヤーが醸し出す機敏で“テクニカル”な印象が殆どない。これはレディオヘッドにおいては非常に重要な味で、ノイ!やカンの系譜にあるクラウトロック~ファンク的なビート(英語圏では一般的にMotorikと呼ばれる)はセルウェイのもたつき粘るタッチと相性が良く、「Where I End And You Begin」や「Full Stop」を聴けばわかるように、このバンドの唯一無二の個性にさえなっている。ただ、セルウェイのグルーヴ処理では表現できないものも多く、ジャズロックやフュージョンなどの軽快かつ機敏なビートをストレートに扱うのには向いていない。そして、それこそがレディオヘッドとザ・スマイルの主たる違いなのではないかと思われる。


左からトム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナー(Photo by Wunmi Onibudo)

トム・スキナーは現在のUKジャズシーンを代表する名ドラマーの一人で、サンズ・オブ・ケメットが昨年発表した傑作『Black To The Future』をはじめとする数々の作品で素晴らしい演奏を繰り広げてきた。手数の多さと芯の深さを両立する卓越したリズム処理能力はビリー・コブハムやジャック・デジョネットのような伝説的ジャズ~ロックドラマーに勝るとも劣らないし、ソロプロジェクトであるハロー・スキニーにおける変則的なリズム構成のエレクトロニック・ミュージック(例えば「Watermelon Sun」は5拍子のハウス)は、レディオヘッドの作品群と並べても遜色のない魅力がある。


ハロー・スキニー名義でのライブ映像



テクニカルなジャズロックにもストイックなループにも対応可能なスキナーは、レディオヘッドの路線を網羅しつつ滑らかにはじけさせてしまえる人材として至適だったのだろう。ザ・スマイルのアンサンブルはヨークとグリーンウッドの過去作からは考えられない滑らかな機動力に満ちたものだし、その上で、この二人の豊かな引き出しが制限をかけられることなくのびのびと拡張されている。70年代冒頭の英国ハードロック〜プログレッシブロックと現代ジャズをレディオヘッド(特に『Hail to the Thief』『In Rainbows』あたり)を介して接続した感じの音楽性は、ブラック・ミディブラック・カントリー・ニュー・ロードドライ・クリーニングのような、ポストパンクをキーワードに語られる(実際のところはそれより遥かに雑多で豊かな広がりのある)サウス・ロンドンのシーンに並走するものでもあるし、コロナ禍の巣ごもり状態とそこから外に向かおうとする勢いがないまぜになった気分を実によく表してもいる。

こうした音楽性が意識的にチューニングされたものなのか、それともたまたまこうなったものなのかはわからないが、結果的に、メンバーの既存ファンにも最近の音楽を好む若いリスナーにもアピールする体裁と文脈的お膳立てを持った音になっている。ベテラン達による新人バンドというお遊び的にも取られかねない成り立ちではあるが、現在のUKシーンを象徴する存在としての重要度がこれからどんどん増していくのではないかと思われる。

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