フォンテインズD.C.『Skinty Fia』全曲解説 フロントマンが明かす「進化」と「苦悩」

 
4.「Jackie Down the Line」

善行がとにかく奨励される世界において、善であることに抵抗を覚える、あるいは良き人間のふりをする必要をまるで感じていない人間の視点で曲を書くことに、抗い難いほどの興味を感じるんだ。この曲を一言で示すとすれば「破滅」だろうね。



5.「Bloomsday」

アンドリュー・スコットっていう俳優を知ってる? 前回のUKツアーの時、彼が朗読した『ダブリン市民』(アイルランドの小説家ジェイムズ・ジョイスの処女短編集)のオーディオブックをいつも聴いてたんだ。毎日必ず独りになれる時間を見つけて、1時間くらい聴き入ってた。瞑想みたいなもので、二日酔いにも効くんだ。俺が二日酔いの時は必ず、何も感じられなくなってしまってるから。『ダブリン市民』を読み上げるアンドリュー・スコットの声は、その麻痺状態をすぐ解消してくれる。「A Painful Case」ていうストーリーの最後で、彼は泣いているように聞こえるんだ。涙声になってるのがはっきりとわかる。あれは本物の涙だと思うね、そんなところで俳優としてのスキルを発揮しても仕方ないから。彼自身が感極まったんじゃないかな。

この曲の意味を分析するのは難しいね。俺の考えでは、無意識のうちにダブリンに別れを告げようとしているんだ。(ジェイムズ・)ジョイスやフラン・オブライエン、パトリック・カヴァナの軌跡を辿ったり、通りをうろついて雨やパブや石造の建物や過去の亡霊に心酔したり、そういうことを終わりにしようとしている。自分がそういったものの影響から解放されたのか。何も感じなくなったのか、何にも心を乱されなくなりつつあるのか。それがこの曲のテーマで、大きな悲しみを宿してる。



6.「Roman Holiday」

アイルランド人として、ロンドンの魅力を理解し許容しようとする曲だと思う。その魅力をガールフレンドに伝えようとするような感じかな。アドベンチャーっていうかさ。「許容」(embrace)って言葉を使ったのは……母国を離れて別の国に移り住んだばかりの時は特にそうだけど、故郷の人間ばかりとつるみたくなる。俺の友達もほとんどがダブリンのやつらだけど、仲間を探すようになるし、愛おしくさえ思う。そういう仲間も、俺らを馬鹿にしたり母国に帰れなんて口にするような輩も、同じくこの街の一部なんだってことを忘れるべきじゃない。いつしかそれを勲章のように誇らしく思えるようになる、これはそういう曲なんだよ。ネガティブなものをポジティブに変化させる力を讃えているんだ。



7.「The Couple Across the Way」

彼女と一緒に住んでたフラットの向かいに、ある別のカップルが住んでた。映画の『裏窓』みたいな設定だね。小さな中庭があって、その向こう側に老年のカップルが暮らしてたんだけど、以前はしょっちゅう大声で喧嘩をしてて、互いの怒鳴り声が聞こえてくるくらいだった。血管が切れるんじゃないかと思うぐらいすごい声でさ。喧嘩してる最中に、男性の方がよくバルコニーに出てきて、左右を見渡してから大きく深呼吸をしてた。自分自身に恥入っている様子で、そこで少し頭を冷やしてから部屋に戻っていくんだ。

あれはもしかしたら数年後の自分たちの姿なのかもしれないと思ったし、逆に向こうが俺たちの姿に未来の自分たちを重ね合わせているかもしれない。そんな風に感じたら、ソングライターとしては曲にしないわけにはいかない。エンパシーとは何かっていうのを、そのカップルが体現しているように思えたんだ。


Translated by Masaaki Yoshida

 
 
 
 

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