エルヴィス・プレスリー再考 黒人音楽との関係、後世に与えた影響を今こそ紐解く

 
後世に与えた影響、音楽家としての深化

エルヴィスを主題にした劇映画は、1979年にジョン・カーペンターが監督した『ザ・シンガー』(TV用に撮られたドラマを編集して劇場公開)があった。カート・ラッセルが主演、元妻のプリシラ・プレスリーが事実確認をした力作だったが、全体のトーンはやや重めでスターの孤独に焦点が絞られており、音楽面での突っ込んだ描写はやや食い足りなかったように思う。バズ・ラーマンは当然『ザ・シンガー』を観直したはずだし、それによって自ずと『エルヴィス』でやるべきことが定まっていった部分はあるだろう。カート・ラッセルの演技は素晴らしかったが残念ながら歌は吹き替えで、それとは対照的に歌唱も含めてやり切ったオースティン・バトラーはずっと熱っぽく、色気と躍動感が段違いだ。



『エルヴィス』のサウンドトラック盤を眺めてみると、参加した顔ぶれからエルヴィスが後世に与えた幅広い影響を一望できて面白い。ここにはエルヴィス自身やオースティン・バトラーの歌唱のみでなく、ドージャ・キャット、エミネム&シーロー・グリーン、スウェイ・リー、デンゼル・カリーといったヒップホップ/R&B勢がそれぞれの解釈を施した楽曲も収録。劇中でも当たり前にヒップホップ・ビーツを流してしまう大胆さは、いかにもバズ・ラーマンらしい。彼らと共に、ディプロやスチュアート・プライス、プナウ、マーク・ロンソン、テーム・インパラまで参加、こんな豪華な企画が成立するのも、ジャンルを超越したストリート育ちのミュージシャン、エルヴィスならではだ。

ポップ/ロック勢だとトム・パーカーの怪しげなムードを盛り立てるスティーヴィー・ニックス&クリス・アイザックの「Cotton Candy Land」が迫力満点だし、ケイシー・マスグレイヴスの「Can’t Help Falling In Love」は、強く惹かれ合うエルヴィスとプリシラ、両者の心情を描写しているようで心に染みる。




本作の山場のひとつでもある、1968年12月放送のTVショウ『ELVIS(’68カムバック・スペシャル)』の締めでエルヴィスが歌い上げる「If I Can Dream」は、劇中ではロバート・ケネディ射殺事件(1968年6月)の流れで出てくるが、実際は同年4月のキング牧師射殺事件にショックを受けたエルヴィスの胸中を反映して、作家チームが書き下ろしたもの。しかし、この曲を「エルヴィスらしくない」と嫌ったトム・パーカーはショウの最後に相応しくないと判断、クリスマス・ソングを歌うよう主張する。社会性に開眼し始めたエルヴィスとパーカーとの対立を象徴する重要な曲「If I Can Dream」をサントラ盤で歌うのは、ロックンロールの精神を現代に引き継ぐイタリアの4人組、マネスキンだ。

その『’68カムバック・スペシャル』の勢いに乗り、エルヴィス復活を誇示した傑作『From Elvis In Memphis』(1969年)に収められていた「Power Of My Love」は、ジャック・ホワイトが改造手術を施して原曲のスワンプ・ロック風味を拡大、ジャックとエルヴィスのワイルドなデュエットが楽しめる怪曲に生まれ変わった。





『エルヴィス』を語る上で押さえておきたいもうひとつのポイントは、ゴスペル界のレジェンド、マヘリア・ジャクソンへの憧れが強調されている点。アメリカーナ的な視点でエルヴィスの軌跡を見直すと、ブルースやカントリーと並んで外せないのが、信仰心と深く結びついたゴスペルへの傾倒だ。

劇中では詳しく触れられていないが、エルヴィスは『His Hand In Mine』(1960年)を皮切りにゴスペルを積極的に歌い続け、同じくゴスペルに取り組んだアルバム『How Great Thou Art』(1967年、録音は1960年~66年)と『He Touched Me』(1972年)、そしてゴスペル曲も含むライヴ盤『Elvis Recorded Live On Stage In Memphis』(1974年)に収められた「How Great Thou Art」は、いずれもエルヴィスにグラミー賞をもたらした。この映画をきっかけにして彼のゴスペル作品に興味を持った人には、残された録音に手を加えてまとめた企画盤『Where No One Stands Alone』(2018年)もおすすめしたい。同作のタイトル曲では、愛娘リサ・マリー・プレスリーとのデュエットも実現している。

兵役を終えて以降、主演映画とそこから生まれるヒット曲が活動の中心になっていった60年代のエルヴィスは、初期の扇情的/反抗的なロックンローラーというイメージが薄まり、パーカーが望む通りに“ポップ・スター”として消費され続けた。しかしそんな時期にあっても、ひとりの音楽家として表現の深化を重ね、ゴスペルやスワンプ・ロック的表現に接近して更新を続けていたことを、エルヴィスのディープなファンは皆知っている。パーカーのお人形さんとして終わることがなかったエルヴィスの姿勢が広く知られるチャンスをようやく与えられたという意味でも、『エルヴィス』は大きな一歩と言えるだろう。






『エルヴィス』
大ヒット上映中
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/elvis-movie/


『エルヴィス』オリジナル・サウンドトラック
配信中/CD:7月29日世界同時発売
再生・購入:https://elvisjp.lnk.to/OST



映画『エルヴィス』予習プレイリスト
再生:https://elvisjp.lnk.to/ElvisPlaylist

 
 
 
 

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