キッド・カディ初来日 ヒップホップの先駆者による「熱狂のステージ」と「内省の宇宙」

キッド・カディ

 
やっと、やっとである。遂にこの日がやってきたのだ。キッド・カディ(Kid Cudi)による、2009年のデビュー以来、初となる来日公演が実現するのだ。10月17日、会場となった豊洲PITには、初期のグッズを身に纏う人から、高校生のような若いリスナーまで幅広い客層が集まり、彼の登場を心待ちにしていた。

2008年にカニエ・ウェスト(Ye)のレーベル(G.O.O.D. Music)と契約し、キャリアをスタートさせたキッド・カディ。彼の初期ワークスとして有名なのは、同年のカニエの『808s & Heartbreak』(カディは4曲に関わっており、「Heartless」のコーラスは彼のペンによるものだ)と、翌年のデビュー作『Man on the Moon: The End of the Day』だろう。カディが創り上げた孤独や不安といった心の弱い部分をありのままに等身大に描く作風やユニークな音楽性は、マッチョイズム的な考えが中心となっていた当時のシーンに大きなインパクトを与えた。カディが示した「弱くてもいい」、「規範に囚われる必要はない」という姿勢はトラヴィス・スコットやジュース・ワールドのような後のシーンを彩るラッパーを含め、多くの人々に共感と勇気と刺激を与えたのだ。

一見するとデビュー直後から順風満帆なキャリアを歩んでいるように見えたカディだったが、彼自身は長きに渡ってメンタルヘルスの問題に悩み続け、2016年にはうつ病と自殺衝動の治療のためにリハビリ施設に入り、活動を休止したこともある。だが、そんな時期を乗り越えた今の彼は、キャリア史上最もクリエイティビティに溢れた状態だ。俳優としてのキャリアも好調で、映画『ドント・ルック・アップ』や『X エックス』でその姿を見たという人も多いだろう。9月30日には自身が原案、プロデュース、主演声優などを手掛けたNetflixアニメ『キッド・カディ: Entergalactic』が公開され、同作の収録楽曲を集めた『Entergalactic』も自身の最新アルバムとして同日に発表している。

今回の来日公演は2020年の『Man on the Moon III: The Chosen』のツアーの一貫として実施されたものだが、ここまで書いてきた通り、この公演は(筆者を含め)以前からカディの音楽に支えられてきた人にとっては念願中の念願であり、現代のポップ・カルチャーを彩るクリエイターの姿を間近で見ることが出来る機会でもあり、何より、様々な苦難を乗り越え、今日を迎えることが出来た私たち自身を祝うパーティーなのだ。だからこそ、今日は特別な日なのである。

というわけで、会場は開演前から大歓迎ムード。オープニング・アクトを務めたJP THE WAVYのパフォーマンスの時点で会場の熱気は十分に感じられるほどだったが、キッド・カディ本人がステージに登場すると、その熱狂は一気にピークへと到達。一方で、背景のスクリーンにはサイケデリックでカラフルな映像が映し出され、それはやがて自然豊かな美しい景色へと切り替わる。あくまでリラックスしたムードで「今、僕はどこに?」と尋ねるカディに、ナレーターは「自分の心の中だ」と答える。そう、今回のツアーのコンセプトは、観客と共にカディの内面を探索していくことにある。期待ではちきれんばかりの会場に鳴り響くのは、まさかの2009年のデビュー・ミックステープ『A Kid Named Cudi』の冒頭を飾る「Down & Out」。強靭なビートと共に観客の熱量もさらに上昇し、誰もが全身でその興奮を表現していく。その勢いのまま「Tequila Shots」、「She Knows This」と『Man on the Moon III: The Chosen』の収録楽曲が披露され、ド派手なレーザーや噴き上がるスモークが熱狂を更に増幅させる。10年以上の間隔がある楽曲にも関わらず全く違和感を感じさせないのは、それだけ彼の楽曲が普遍性を持っているということなのだろう。

カディ自身もこの光景に大きな喜びを感じているようで、観客の熱狂を前に満面の笑みを浮かべながら、快調にライムを決めていく。興奮を感じさせながらも、一つひとつの言葉を丁寧に発し、はっきりと聞き取ることが出来るあたりが彼らしい。ちなみにこの日の彼はAMBUSH®とNIKEのコラボスニーカー、自身とKAWSとHUMAN MADE®のコラボジャケット、NIGO®のプロデュースによるカレー屋「CURRY UP」のTシャツなどを着用しており、パフォーマンスだけではなく、ファッションにおいても日本に対する強いリスペクトを感じられた。

 
 
 
 

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