コメット・イズ・カミングが語る、破壊的即興のルーツとカオスから生み出す秩序

即興演奏とポストプロダクションに対する美学

―さっき事前に話し合ったりせず、直感的にレコーディングすると話してましたが、完全に白紙の状態からスタートするわけですよね。実際、どうやって始めるんですか?

ダナログ:僕はスタジオに向かう車の中で、実はとても緊張していて「何を演奏しようか」「このセッションにどうアプローチしようか」と思案していた。そして、いろいろ考えた。でも、ひとたび演奏し始めると、なぜかすべてが辻褄が合い始めるんだ。それはライブでも同じ。最初の音を鳴らした瞬間、感覚にスイッチが入るんだ。そして、僕らがやるべきことはとにかくお互いの音を聞くことに尽きる。それは会話や集合意識のようなもの。自分の思考を減らせば減らすほど、より良いサウンドになるんだ。

ベータマックス:何かをコントロールしようとすればするほど、音が毒されてしまうんだよね。だから、未知のものを受け入れないといけないし、それに従うしかないんだ。誰かが何かを持ち込んできたら、イエスと言うしかなくて、それをサポートして、一緒に旅に出る。僕らは録音のボタンを押した瞬間、最初の音と同時に動き出す。誰かが出した最初の音を聞けば、その音が確信を持って作られたもので、真の芸術的主張である限り、次の音でそれに応えなければいけない。自分の行くべき道は自ずと見えてくるんだ。

―なるほど。

ベータマックス:もう一つ言えることは、TR-808のドラムマシンを持っていて、それを使うこともある。誰かがそれを鳴らして、ロボットのようなハートビート(心臓の鼓動)を作るんだ。そして、それに反応することで、構造を形成することができるし、その構造の上に乗っかることができる。これはよく使うもうひとつのアプローチ。ドラムマシンを使うと、一種のトランス状態のようなものが少しずつ染み込んでくるんだ。



―いきなり即興演奏を録音するとしたら、ポストプロダクションに必要な素材となる演奏をどのように作るのでしょうか? 十分素材が揃ったってわかるものですか?

ダナログ:これこそが創造の神秘だよ。そのコンセプトやアイデアのあらゆる組み合わせをプレイし尽くしたように感じたとき、誰かが新しいアイデアを得てそっちを追求したくなったら別のものへと移っていくんだ。例えば、僕は演奏中もずっと「第3セクションを作りたい」「コーダやアウトロを作りたい」「サビのためのいいコードを作らなきゃ」とか、そういうことを常に頭の中で組み立てていて、それを実行している。

あとは演奏中にも「後から編集ツールを使ってアレンジできる」って考えがベースにあるんだ。ベータマックスと僕は、ポストプロダクションによって、かなり劇的に楽曲に手を加えていく。映画を撮るのと同じように、撮影を全て終えてから、今度は構成とフィーリングと流れを持たせるために編集作業をしなきゃいけない。だから、あるパートをサンプリングする時もあるし、あるセクションを丸ごと動かして、もともと一緒じゃなかったものを繋げたりもする。だから、録音ではどんなに間違いを犯しても関係ないんだ。2分間うまく演奏できなかったとしても全く問題ないよ。通常のスタジオ・セッションなら、もしミスをしたら、すべてをストップして、もう一度やり直す羽目になる。でも、僕たちのこのやり方なら、ひたすら演奏し続けて、その中の5分間ミスをしても関係ない。いい部分だけを抜き出せばいいからね。僕らは恐怖や不安を感じることなく、リラックスした状態でいろいろなことを試すことができているんだ。

―通常、その即興演奏を録音する期間はどれくらいですか。

ベータマックス:今回はReal World Studios(※)でレコーディングを3日半やって、9時間分を録音した。とりあえず何でもかんでも「イエス」と言って、常に前に進めることを心がけている。僕はこれを「ポジティブな創造性」と考えていて、すべてに「イエス」と言って、「レッツ・ゴー、ゴーゴー」という気持ちで臨む。

その時、自分のエネルギーレベルを管理する必要はある。長時間集中して、クリエイティブな作業を続けるのは疲れるから。だから、休憩もたくさんとって、自分達を酷使しないようにしている。スタジオは水車小屋の上に作られていて、スタジオのドアのすぐ外には滝のような水が流れていて、「ザアアア」ってとても大きなホワイトノイズが発生してる。自分の仕事を終えて外に出ると、まるで浄化されるような、アンチ・サウンドのような状態になれる。そうやって、たくさんの素材ができた。

今度はそれを聴き返すんだけど、すべての可能性を理解しようとすると、長い時間がかかってしまう。まず、半年間は全く聴かないで放置しておいて、その後、数日かけて全部聞き直したら、このアルバムは様々な方向に進む可能性があることがわかってきた。多様な要素があったからね。そして今度は、出来の悪いものを切り捨てなきゃいけない。お気に入りを選んで、それを加工していく。もとの姿とあまり変わらない姿になるものもあれば、まるでリミックスみたいなプロダクションの旅に出ることもある。ここではすべてにイエスと言うのではなく、むしろ積極的にノーと言うんだ。大きな石の塊があって、それを削って、彫刻を作るみたいな感覚だね。

※ピーター・ガブリエルが1989年に設立。2022年リリース作ではハリー・スタイルズのほか、ジャズ系ではポルティコ・カルテットやビンカー&モーゼス、ロック系ではThe 1975やフォールズなどが録音。


Real World Studios公式ホームページより引用

―ちなみに、その「6カ月聞かない期間」というのは意図的なもの?

ダナログ:意図的だね。自分がしたことを忘れてしまうというのも、プロセスの一環なんだ。これはチャールズ・ブコウスキーもやっていたことで、10年前くらいから僕も実践している。ブコウスキーは自分の作品を書いた後、それを引き出しにしまって3カ月間鍵をかける。で、それを読み返すと、まるで別の作家が書いたように感じられる。つまり、自分の作品を別の視点から読んでいるわけだ。同じことを音楽でやると、作ったことを思い出せないものがたくさんあって、凄くエキサイティングに聴くことができる。でも、その6か月間にはスナップト・アンクルズ(ロンドン拠点のポストパンクバンド)のミックスを手がけたり、サッカー96の『Dopamine』(2021年)も作っていた。コメット・イズ・カミングのアルバムは他の仕事がないときに、頭を空っぽにした状態で作り始めたい気持ちもあった。100%フォーカスして取り組めるようにね。結果的に、4カ月くらいぶっ通しで作業しちゃったよ。



―いつもTotal Refreshment Centreで録音しているのに、今回Real World Studiosを使ったのはなぜですか?

ダナログ:その前年、サラティ・コルワル(Sarathy Korwar:インド育ちロンドン拠点のタブラ奏者)とレコーディングするためにReal World Studiosへ行ったんだ。彼は最近、The Leaf Labelから新しいアルバム『KALAK』をリリースした。そこにシンセで参加したんだ。その時にあのスタジオが大好きになった。雰囲気も置いてある機材も最高だ。今まで見たこともないような大きなミキシングデスク、たくさんのアウトボード機器、そしてずっといつか録音したいと思っていた2インチのテープマシンもあった。24トラックのStuderの2インチテープマシンだよ!



その後、突然ロックダウンになって、1年ちょっと隔離された生活が続いた。自分たちの意思に反してロンドンに閉じ込められていたわけだから、ロンドンでレコーディングするという発想には抵抗があった。せっかく移動できるようになったんだから、ロンドンを離れたほうがよりエキサイティングな気分になるし、しばらく木々を見ていないから田舎に行こうってことになった。(ウィルトシャー州ボックスにある)Real Worldでは寝る事も出来るし、シェフが美味しい料理を作ってくれるんだ。

ただ必須条件として、Total Refreshment Centreのヘッド・エンジニアであるクリスチャン・クレイグ・ロビンソンを連れて行きたかった。彼は僕らの音楽のほとんどに携わってくれているからね。彼がいてくれることで、自分達のサウンドを貫くことができる一方で、大きなスタジオでサウンドを進化させるチャンスでもあった。やや広めのスタジオで、ドラムの音もマイクで余裕を持って拾える。だから地理的な理由、ロンドンから出たいという気持ちもあったし、単純に新しいこと、エキサイティングなことに挑戦したいという気持ちもあった。

それに今回は、大きなステージで多くの人々を前に演奏することを念頭に、巨大なワイドスクリーン・サウンドを作りたかったんだと思う。僕としてはただ、大きなスタジオに行くだけで、すべてが大きく感じられた。だから、大きな空間で、外向きに息を吐き出すことができるかどうか試してみようと思ったんだ。

コメット・イズ・カミング、Real World Studiosでの制作風景

―今、名前が出ましたが、エンジニアのクリスチャン・クレイグ・ロビンソンは、Capitol K名義でトラックメイカーとしても活動しています。彼の貢献はかなり大きいですよね。

ベータマックス:彼はReal Worldに来てとても喜んでいたよ。あのスタジオは、彼が喜ぶ機材でいっぱいだった。彼はスタジオ入りすると真っ先に、あれを使おう、これを使おうと機材を集めだした。Real Worldのエンジニアたちは、「こんなの誰も使ったことがない」と言っていたよ(笑)。スタジオに行くと、古い機材が入った大きなラックがあってね。夢のような、古いものだよ。彼はそれを全部使うと言ったんだ。初日はまずいろいろなものを試して、サウンドを構築するために使った。それからレコーディングして、聴き返してみると、クリスチャンの意図がすぐにわかった。クリスチャンはReal Worldのポテンシャルを最大限に引き出したんだ。



―先ほど2インチテープの話もありましたが、コメット・イズ・カミングはずっとテープ・レコーディングにこだわっていますよね。

ダナログ:よく調べてるね(笑)。

―録音するとき、テープはずっと回しっぱなしなんですか?

ダナログ:とてもいい質問だね。その質問には答えの秘密がある。テープは永遠に回し続けられるものではなくて、決まった長さがある。つまり、テープには限界がある。だから、テープを回し始めるた瞬間から、自分たちが奏でる毎秒が、回転しているこの機械に降り注ぐことを強く意識せざるを得ない。テープ自体がもう1人のバンドのメンバーのようなものなんだよ。例えば、テープの残りが5分になったら、クリスチャンがヘッドフォン越しに「あと5分しかないよ」と話しかけてくる。「ここで止める? それとも最後の5分でやり切る?」と聞かれると、「いやいや、この5分で何かやらなきゃ」という気持ちになる。そうなると彗星が降ってきて(Comet is Coming)地球最後の瞬間であるかのように、とても緊張感のある演奏ができるものなんだ。「やばい、もう5分しかない。何が伝えられるだろう?」ってね。

面白いことに、テープには魔法のような不思議さがあってね。マイクをうまく配置して、うまく演奏してテープに録音した場合、聞き返すとそれだけでアルバムのように聴こえる。だから、テープが好きなんだ。

あと、これはルパート・シェルドレイク(超心理学者)が言ってたんだけど、過去に人々が行なったのと同じようなプロセス、たとえば、何かの儀式や人々が何百年も行ってきた巡礼のようなものを行なうと、共鳴にアクセスすることができると僕は信じているんだ。彼はこれを形態共鳴(morphic resonance)と呼んだ。過去に人々が行ったのと同じプロセスを体現することができるってこと。僕の好きなアルバムの多くは60年代や70年代のものなんだけど、彼らは基本テープに録音していた。だから、テープに録音するということは、僕の好きなアーティストと同じ方法論やプロセスを再現していることになる。だから形態共鳴を通じて、同じような意識にアクセスできる可能性がある。そしてテープは30分しかない。30分集中して演奏したら、休憩をして、また30分演奏する。70年代も同じようにティータイムを挟んでいたと思う。お茶を飲んで、また音楽を作る。コンピューターだと無限に録り続けられるから、何時間も追いかけ続けることになる。休憩を挟んで、脳を休ませることも必要なんだ。

―テープ・レコーディングを使っている作品で、特に好きなものは?

ベータマックス:60年代、70年代のものなら何でも。ジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、全部そう。カンタベリープログレのソフト・マシーンとか、ジェントル・ジャイアントとかも好き。イエスもね。

テープマシンについて、もうひとつコメントしておきたい。僕としては、音を出して、その音が磁化されて、それがこうやって回転しているのを見るのが好きなんだ。自分の音楽がいきなり回転し、巻き戻されたりする渦中にあるのは、なんだか凄くエキサイティングで、子供の頃を思い出す。機械の美しさとか、精密な動きとかね。無制限に回りつづける無機質なコンピューターはロマンティックでない感じがするんだよね。ダン、好きなテープを使うプロデューサーは誰?

ダナログ:パッと思い浮かんだのは、アメリカのビッチン・バハス(Bitchin Bajas)。彼らのカセットにはよく、使っているテープマシンが書いてあるんだ。彼らがサン・ラ楽曲を録音した新作テープ『Switched On Ra』がとても良くてね。そこに、使った機材としてOtari MX 5050で録音したと書いてあった。これはクリスチャンがTotal Refreshment Centreに置いているのと同じものだよ。




―ミックスに関してはどうですか?

ダナログ:普通は、自分の音楽を他の人に送ると、その人がミックスして、とてもプロフェッショナルな音にしてくれる。でも何年も前に、僕とマックスは自分たちでやる方がずっといいということに気づいた。技術的にはプロフェッショナルな輝きを持っていなくても、より多くの個性と人格を出すことができて、本格的なスタジオではなかなかやらせてもらえないようなクレイジーなことを試すことができる。例えば、ミックス全部をフランジャーに通してみるとか、全部をスペースエコーに通してみるとか、ワクワクするような実験的なことをたくさんやるんだ。だから、僕らのレコードを聴いたとき、コメット・イズ・カミングの音だとすぐにわかるようになった。それは最初から最後まで自分たちでコントロールしているからなんだ。その後、LAにいるダディ・ケヴがマスタリングをやってくれる。ダディ・ケヴは僕にとって、世界最高のマスタリング・エンジニアだ。

Translated by Yuriko Banno

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE