ガール・イン・レッドが語るアーティストとしての転換期、赤裸々な作風とセクシュアリティ

ガール・イン・レッド、2023年1月26日に恵比寿LIQUIDROOMにて(Photo by Isak Jenssen)

デビュー・アルバム『If I Could Make It Go Quiet』のリリースから2年弱を経てやっと実現した初来日は、大阪・東京2公演共に見事にソールドアウト。そのうち恵比寿LIQUIDROOMでの東京公演に集まったオーディエンスは、1曲目の「You Stupid Bitch」から早速大合唱で、ガール・イン・レッド(girl in red)ことマリー・ウルヴェンを迎え入れる。

アルバムはジャンルミックス志向ではあったものの、5ピースのバンドを従えたライブは徹底してロックンロール。よく喋り、よく動いてオーディエンスとエキサイトメントを分かち合い、最後はステージダイビングにも挑んで会場の温度をさらに上げた彼女は、颯爽と70分ほどのショウを駆け抜けた。ステージ前では大小いくつものレインボー・フラッグがはためく中、女性たちから次々に「アイ・ラヴ・ユー!」「マリー・ミー!」と声が飛び交うラウド&プラウドな光景は、奇しくも同じ日に国会で「同性婚には極めて慎重な検討を要するものである考える」と発言した首相にも是非に見てもらいたかった。

閑話休題。そんなパフォーマンスの約1時間前に、楽屋で取材に応じてくれたマリーは、ノルウェイのオスロ郊外の町ホーテンの出身。自身のメンタルヘルスについて赤裸々に論じ(「Serotonin」ほか)、女性に当てて熱烈に愛を告白する(「I Wanna Be Your Girlfriend」ほか)自作曲を高校時代に発表し始め、世界中でフォロワーを獲得し、今やZ世代のクイア・アイコンにして、オリヴィア・ロドリゴと並ぶテイラー・スウィフト学派の私小説型シンガー・ソングライターの旗手と目されていることは、説明するまでもないだろう。もうそろそろニューアルバムを期待したい今日この頃だが、以下のインタビューからは、アーティストとしてここにきて悩ましい転換期に差し掛かっていることが分かるはず。このあと彼女がどんな答えを導き出すのか、気長に見守りたい。

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Photo by Isak Jenssen

―2年前にアルバムを発表してから精力的にツアーを続けていますが、ファンとのやりとりで特に印象に残っていることと言うと?

マリー・ウルヴェン:例えば今日起きたことなんだけど、昨夜大阪公演があって、今朝大阪から東京に移動する途中でファンに声をかけられて、そんなことは滅多にないからビックリしちゃった。しかも、私を追いかけて同じホテルに泊まっていた人もいたという話で、ノルウェイではまず起きないことだし、アメリカでもたまにあるかないかっていうくらいで、興味深い体験だったな。そもそも日本を訪れるのは初めてで、どうなるんだろうと思っていたから。で、ふたを開けてみると、オーディエンスはみんな飛び跳ねたり、踊っていたりで。もちろん日本人だから、そうやって楽しみながらも常に礼儀正しいところがあって、思わず「みんな、次の曲では礼儀なんか忘れて、レッツ・ロックンロール!!」って叫んじゃったけど(笑)。

―日本公演がソールドアウトになったのは意外でした?

マリー:実はクレイジーなことに、これまでに世界各地で行なった公演はほぼ全てソールドアウトになったんだけど、やっぱりアジアで公演すること自体が初めだし、「ワオ、ほんとに?」って思った。と同時に、すごく謙虚な気持ちにもさせられたっけ。何しろチケットの売れ行きが不振でツアーをキャンセルしなくちゃならないミュージシャンの友達もいるから、ありがたいことだなって。


Photo by Kayoko Yamamoto

―思えばあなたが書き下ろし曲を公開し始めてから、そろそろ6~7年くらいになりますよね。

マリー:うん。当初はノルウェイ語の曲を発表していて、その後2017年にガール・イン・レッド名義で英語の曲を作り始めたから、確かにもう6年が経つってことか。

―自分の曲が確実に大勢の人に響いていて、「ミュージシャンとしてやっていけるかも」と実感したのはいつ頃でしたか?

マリー:ぶっちゃけ、今まで一度もそんな風に思ったことはなくて。というのも私は、家族とか周りの人たちから、ミュージシャンとして生きていくのはものすごくハードなことだから無理だと散々聞かされていた上に、近親者にクリエイティブな仕事に就いている人は誰もいなかった。父は警察官だったし、母親はテクノロジー・コンサルタントとやらで、私にはどういう会社でどういう仕事をしてるのかさっぱり分からない(笑)。だから常に「音楽がうまくいかなかった時の代替案をちゃんと考えておきなさい」って言われ続けてきた。でも自分の曲をSoundCloudで発表し始めた頃にちょうど、クレイロが本名で同じように曲をリリースしていて、知っての通り「Pretty Girl」という曲で一躍ブレイクしたでしょ? それを見ていてすごくインスパイアされた。SoundCloudにこつこつと曲をアップしていたアーティストに、ある日突然ああいうことが起き得るわけだから。

―ソングライティング歴も当然長いわけですが、今でも生活に不可欠な作業として、毎日のように日記的に書いたりしているんですか?

マリー:毎日書けたらどんなにいいか! もっともっと楽な人生を歩めたと思うんだけど(笑)、ここにきて自分にとってソングライティングが何を意味するのか、ちょっと見えなくなってきたというのが正直な気持ち。今の私は、奇妙な宙ぶらりんの状態にある。これまでに色んなテーマで、自分の体験をたくさんの曲に綴ってきたわけだけど、もうすぐ24歳になるし、最近は人間として少し安定してきて、当分はまったり過ごしていたいなあっていう気分で。そういう生活のモードがソングライティングにも浸透しつつあって、何を書いていいのか分からなくなってるっていうか。2ndアルバムを作っているところだから、本来は一生懸命曲を作っていないとマズいし、ちょっと罪悪感もあるのかな。

―あなたの場合、深刻なメンタルヘルスに関する曲も多かったわけですから、そういう葛藤を曲作りで解消する必要がないなら、それはポジティブなこととも言えますよね。

マリー:うんうん。とにかく今は、何かをしなきゃいけないという欲求が自分の中に全く湧かなくて。もちろんそれなりに新しい曲を書き溜めてはいるんだけど、それらはもっぱら、気分がいいとか、楽しいとか、そういった内容だし(笑)。ほら、このところ大勢のアーティストが壮大なコンセプトのプロジェクトに取り組んでいるんだけど、私にはどうもウソっぽく思えてしょうがなくて。大仰なことを銘打った大作に興味がなくなったみたい。私はただ、余計な加工をしない、クールな音楽を作っていたいだけで、それ以上のものである必要はないというか。もしかしたら新しいフェーズに突入したのかもしれないし。



―去年10月に、2018年発表の「We Fell In Love In October」の続編にあたる新曲「October Passed Me By」が登場しました。あの曲は新しいフェーズの始まりなんでしょうか。

マリー:あれは単に昔の曲へのオマージュで、同時にストーリーを発展させてもいるんだけど、次のアルバムに収録する予定はないし、位置付けとしては、1話完結という感じ。ふとアイデアが浮かんで、周りの人たちからも「そろそろ何か新しいことを……」とせっつかれていて、TikTokで昔話をしているだけのクリップを作るのもイヤだから、この曲を形にしたってわけ。

―じゃあリリースから2年を経て、『If I Could Make It Go Quiet』は今のあなたにとって、どんな意味を持っているんでしょう?

マリー:大阪のステージでまさにその話をしていたんだけど、実は日本に向かうフライトで、自分がこれまでに発表した曲を聴き直していて、「ああ、昔のガール・イン・レッドだな」ってしみじみ思った。何しろ『If I Could Make It~』に着手したのは3年前だし、次のアルバムで新しいことを試みるために色々と構想を暖めている今の私からすると、それだけの時間の流れを感じる。もちろん記念すべきファーストだから、あのアルバムへの思い入れは永遠に薄れないでしょうし、今でもクールなアルバムだと思っているけど、同時に未来への期待もあるから、今の自分は本当に全然違う場所にいるんだなって思い知らされた感じかな。精神的にも、そのほかの面でも。

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