ハリー・スタイルズ来日公演を総括、時代を代表するスターが作り上げた幸福な空間

ハリー・スタイルズ来日公演のライブ写真(2023年3月25日)(Photo by Lloyd Wakefield)

ハリー・スタイルズ(Harry Styles)の来日公演が3月24日・25日に有明アリーナで開催された。音楽ライター・ノイ村による2日目のレポートをお届けする。

昨年公開された映画「ドント・ウォーリー・ダーリン」の劇中でハリー・スタイルズ演じるジャックが披露した、あまりにも不格好で不自然で違和感のあるダンス。物語の構造が示すように、自らをある種の規範に当てはめ、“あるべき姿”を無理やり受け入れようとした結果があの姿なのだとすれば、3月24日・25日に有明アリーナで開催された約5年ぶりとなる来日公演における自由でのびのびとしたハリーのパフォーマンスは、まさにその対極にあるものだったと言えるのではないだろうか。自らが愛してやまない音楽を追求し、それをただ模倣するだけではなく、見事に自分らしく表現しきってみせた今の彼は、まさに現代における理想的なポップ/ロックスターといっても過言ではないだろう。

25日、会場に足を踏み入れると、ステージの後ろの席までびっしりと埋め尽くした観客とその熱気に圧倒される。過去にハリーが着用した衣装を再現する人も少なくなく、メッセージを書き込んだお手製のボードは数え切れないほどだ。今回の来日公演がこれまでの中でも最大規模であることを踏まえると、いかにハリーが「ワン・ダイレクションのメンバー」という肩書きに頼ることなく、自身のソロ活動によって支持を集めてきたのかを改めて実感する。また、会場にはクイーンやデヴィッド・ボウイといった自身のルーツを辿るかのようなBGMが流れており、その中には、グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーを授賞するに至った最新作『Harry's House』のタイトルの由来でもある、細野晴臣『HOSONO HOUSE』から「僕はちょっと」も含まれていた。様々なロック・レジェンドと並んで細野の楽曲が流れていたのは、どこか不思議な感覚もありつつ、単純に嬉しい出来事であった。


来日公演のライブ写真(2023年3月24日)Photo by Lloyd Wakefield

開演予定時刻を少し過ぎた頃、カラフルなブロックを積み上げたようなシンプルなステージセットにバンドメンバーが集合し、ステージの背景に用意されたスクリーンにザ・ビートルズの『イエロー・サブマリン』を彷彿とさせるようなサイケデリックなアニメーションが映し出される。その構図は『Harry's House』の1曲目を飾る「Music For a Sushi Restaurant」のイントロとともに宇宙から地球、地球から一軒の家へと拡大していき、やがて部屋の中で沸騰するヤカンが覚醒へと導いていく。あらゆる世界がカラフルに輝きを放つとともに、ハリー・スタイルズ本人も颯爽とステージに登場。凄まじい熱狂とともに、「Love On Tour」の世界へのトリップが幕を開けた。『HOSONO HOUSE』が細野の自宅で制作されたように、この旅もあくまでハリーの自宅の中で繰り広げられているのだ。

この日のハリーは青く輝くスパンコールのジャケットを身に纏った、まさにスターと呼ぶに相応しい装いで、まずは何よりそのオーラに圧倒されてしまう。指先から腰の動きに至るまでスムーズでキレのある動きや、マイクの持ち方や視線の動きなど、その一つひとつが美しく、想像以上に「目の前にハリー・スタイルズがいる」という体験そのものの強烈さに驚かされる。「Music For a Sushi Restaurant」はライブのオープニングを飾る上でも完璧な楽曲で、リラックスしたムードから「Know I love you, babe」という言葉とともにファンク・パーティーへと突入する多幸感が、生のバンド演奏とハリーの快活で音楽そのものを全身で楽しんでいるかのようなパフォーマンスによって何倍にも増幅されて会場を包み込んでいく。そのスケール感は続く「Golden」のアメリカ西海岸的な雄大なロック・サウンドとともにゆったりと拡大していき、アンセミックな「Adore You」でいったんのピークを迎えた。

全身で音像に浸る中で改めて気付かされたのは、充実したバンドメンバーによる演奏はもちろんだが、何よりもハリーの歌声がこのスケール感をコントロールする上での重要な役目を持っているということだ。彼の近作の特徴でもある、輪郭を強調しすぎないような、そっと寄り添うような歌声は包容力のある演奏にしっかりと馴染んでおり、まるで身体に染み込んでいくかのような感覚に陥る。特に「Adore You」では原曲が現代のポップ・ソングのマナーに則った、一つひとつの音をしっかりと棲み分けたタイトで緊張感のある仕上がりであるのに対して、今回のパフォーマンスではグッとテンポを落としてグルーヴにじっくりと浸らせる演奏となっており、ハリー自身もより低音域に重点を置いて歌い上げることで、バンド全体で心地良い質感を作り上げていたのが極めて印象的だった。同楽曲がリリースされた当時のパフォーマンスではあくまで原曲を再現する方向で演奏されていたことを踏まえると、『Harry's House』の制作を経て、目指す表現の方向性に変化が生じたということなのだろう。

この感覚は続く『Harry's House』の楽曲群でより顕著に表れる。「Keep Driving」のゆったりとしたフォークで心地良いムードを作り上げた上で披露された「Daylight」は個人的にもライブでのパフォーマンスに期待していた楽曲の一つで、後半に訪れるサイケデリックな轟音パートがどのように鳴り響くのかを楽しみにしていたのだが、確かに轟音ではありつつも、鼓膜を突き刺すような攻撃性は皆無で、あくまで大きくも優しい音像で包み込むような仕上がりになっていたことに強く驚かされた。『Harry's House』という作品がこれまでのキャリアの中でも親密さや心地良さに重きを置いた作風であることはリリース当時から感じていたが、それを実際のパフォーマンスでここまで見事に作り上げてしまうあたりに、ハリー・スタイルズのミュージシャンとしての凄みと、この数年での大幅な成長を改めて実感する。このような表現力の進化は続けて披露された「Woman」のようなソロ初期の重厚なロック・サウンドにも更に説得力を与えており、昨年、世界中に現代のロックスターとしての印象を与えるきっかけとなったコーチェラ・フェスティバルでのパフォーマンスの時よりも更に強靭なものとなっているように感じられた。

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