ライドが明かす、「シューゲイザーの象徴」が歩んできた濃密な音楽遍歴

バンドの軌跡と音楽的嗜好の変遷

─ライドが始まったのは1988年で、1990年の春にデビューEPを出した頃には、かなりノイジーで大音量のサウンドになっていましたよね。あの時期にはどんなレコードを聴いていたんでしょう?

ローレンス:頭に浮かぶのはメリー・チェインのウォール・オブ・ノイズ。あとはダイナソーJr.とか、その辺じゃないかな。

アンディ:具体的にこれというレコードは思い出せないけど、メリー・チェイン、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのサウンドからインスパイアされていたのは間違いないだろうね。それが『Nowhere』の頃になると、だいぶ変わってきた。実は僕の頭の中の大部分がビートルズで占められるようになってきて、模倣したり、手法を取り入れたりする対象として、ビートルズが真ん中に来ていたんだ。ソングライティング、リハーサル、ライブではメリー・チェインやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインに引き続き影響されていたけれど、スタジオではビートルズが使ったテクニックを研究している、そんな感じだったよ。




─その『Nowhere』『Going Blank Again』でのサウンド的な変化はどうでしょう。徐々にキーボードも使うようになっていきますが、聴くものの好みに変化はあったのでしょうか?

アンディ:最初の2枚のEPが言わば〈フェイズ1〉で、キーボードは一切使わず、ほとんどオーヴァーダブもせずに、ライブ・レコーディングのような感じで録音した。『Nowhere』ではピアノを使ったり、「Paralysed」に群衆の声を効果音として入れたりとサウンド・エフェクトをいろいろ駆使するようになった。アコースティック・ギターは12弦を一部で使った以外に弾いていない。『Going Blank Again』は、ダブ・レゲエ、アンビエント、エクスペリメンタル・ノイズ、ポップ・ソングまで、すべてを飲み込んでゼロから再構築し直した感じ。ここにはニック・ドレイクからソニック・ユース、マッシヴ・アタックまで、あらゆる影響が詰まっているよ。




─『Carnival Of Light』ぐらいから60~70年代のロックの影響がさらに強くなったように感じました。この時期はどんなレコードを主に聴いていましたか?

アンディ:『Carnival Of Light』は、僕にとっては70年代のロックからの影響が強くなっていた時期。レッド・ツェッペリンをよく聴いていて、「Moonlight Medicine」には「Kashmir」と似たフィーリングがあるし、「Rolling Thunder」にはジミー・ペイジを思わせるところがあると思う。僕はアコースティック・ギター奏者としてのペイジがとても好きなんだ。東洋の音楽から影響されているところもね。一方、マーク・ガードナーはこの頃、ジェイホークスやブラック・クロウズを気に入っていて、そんな流れで部分的にジョージ・ドラクリアスにプロデュースを頼むことになったんだ。アルバムの大部分はジョン・レッキーがプロデュースしていて……彼はピンク・フロイドとスタジオに入った経験があるベテランだ。その結果、やや気ままな〈ロック・アルバム〉に仕上がった。音楽的には実際良い〈ロック・アルバム〉になったけど、シンガーとしてはマークも僕も70年代スタイルのヴォーカリストではないから(笑)、そこはイマイチだったかな。






─ジョージ・ドラクリアスがプロデュースした「How Does It Feel To Feel?」は、60年代に活躍したビート・バンド、クリエイションのカヴァーでした。誰があの曲をやろうと提案したんですか?

ローレンス:はっきり思い出せないけど、確かジョージのアイディアじゃなかったっけ?

アンディ:多分そうだった気がするよ。

─そうなんですね。クリエイション・レコードのアラン・マッギーがクリエイションの大ファンで、彼らと契約してアルバムを作らせたほどの入れ込みようだったので、アランに無理矢理カバーさせられたのかと思ってました。

アンディ:(笑)。アランはクリエイション・レコードの会社名も彼らから取ったし、もともとアランがやっていたビフ・バン・パウ!のバンド名も彼らの曲名からもらったぐらいだからね。

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