ボカロP・きくおが語る、海外でファンダムを築く方法

バズったときのための準備
「組み合わせ」で個性を追求

―きくおさんの実感として、YouTubeやSNSに英語圏からのリプライやコメントが多くなってきたと感じたのはいつ頃のことでしょうか?

きくお:それはもう、「愛して愛して愛して」のバズと同じ時期ですね。アナリティクスで見ると、バズの第1波が2020年3月ぐらいで、第2波が2021年3月ぐらいです。

―きくおさんのすごくユニークなところは、日本にずっと拠点を置いて、日本語で曲を発信しているんですが、「愛して愛して愛して」のバズが海外から起こったということですね。

きくお:面白いですよね。アメリカとか英語圏で人気を得るためには英語の歌詞を書かなきゃいけないのかと思ってたんですよ。そうしたら日本語のままウケるんだと思って。それは本当に思いもしなかったことですね。バズるというのも運でしかない。「こうすればバズる」みたいな正解とか法則なんかどこにもないっていうことの証明ですよね。

―バズに気付いた時はどういうことを考えていましたか。

きくお:なんとなくその当時、TikTokでバズってるよっていう話は耳に挟んでたんで、じゃあ一瞬でパッと終わるだろうなと思ってたんです。でも、そこから不思議なことにずっと人気が持続してるんですよ。ピークの数字をほぼそのまま維持してるんです。それはやっぱり、運が舞い込んできたという。それを上手くキャッチすることができたというか、上手くキャッチする準備をちゃんとしてたのが良かったなって思いますね。

―準備というと?

きくお:たくさん曲をリリースしていたというのはまず一つありますね。一つの曲から興味を持ってくれた人がアーティストを見に行って、そこに100曲ぐらいリリースあったら、みんな結構それを聴いてくれる。そこからまた次のバズのネタを探してくれる人もいる。あとは各国語の字幕の設定をオンにしていたので、海外の人がすぐに入ってこれるような状況を作っていたっていうのもあったりします。あとはもう曲自体ですね。時代と共に古くならないように作っていた。それが功を奏した気もします。



―きくおさんのInstagramを見ると、2019年2月8日にYouTubeチャンネルの登録者数が10万人を突破したということを投稿されています。そこには「25%がジャパニーズで75%がノンジャパニーズ」と書いてあるので、2020年3月にバズが起こる前の数年間ですでに海外のリスナーを掴んでいたんじゃないかと思うんです。

きくお:なるほど。たしかにそうですね。アナリティクスのグラフを見ても、2012年から始めて、ちょっとずつ伸びてきてるみたいな感じです。

―きくおさんはPatreonという月額制のアーティスト支援プラットフォームも2019年に始められていますよね。ここでは英語で発信されています。

きくお:そうなんです。PatreonはボカロPとかじゃなくて、そもそもミュージシャンがほとんどやってない状態から始めました。pixivからFANBOXというサービスがリリースされたんで、英語圏の人はFANBOXじゃなくてPatreonだよなというので、2つ作ってとりあえずやってみました。

―Patreonはやってみてどうでしたか?

きくお:それはもう、いいことだらけですね。リターンもほとんど何もなく、更新もあまりせずに、寄付とか募金みたいなものだと思ってやってくださいみたいな感じでやっているので。ノーリスクローリターンみたいな感じです。

―支援者は国外の方ですか?

きくお:そうですね。入っていただいているのはほぼ100%が英語圏の方で、あとは少し中国の方がいるくらいです。初めて2、3日でかなり入っていただいて、そこからはずっとその時の感じが維持されてる感じです。

―これは、創作活動で生計を立てていきたい、けれど受注案件は肌に合わないという、きくおさんの志向や価値観にまさにフィットするサービスなのではないかと思います。

きくお:その通りです。だからもう本当にありがたい限りです。感謝ですね。


きくおのPatreonページ(https://kikuo.bandcamp.com/)

―これは僕の仮説なんですが、2020年や2021年は、コロナ禍でみんなが家にいる状況が世界中で生まれたことでTikTokの影響力が増して、TikTok発のバズが世界中のいろんなところで起こった時期だったと思うんですね。ただ、そこからすぐに忘れられたアーティストと、それをきっかけにファンを増やして根強く活動が広がったアーティストがいる。きくおさんの場合は確実に後者である。

きくお:そうですね。

―その差を分けたのが、BandcampやPatreonのようなアーティストとリスナーのコミュニティをつくるサービスにちゃんと拠点を作っていたことだと思うんです。きくおさんは2020年の段階でそれが整備されていた数少ないボカロPの一人だった。

きくお:なるほど。そうだと思います。それはかなりいい感じの洞察だと思いますね。何がいつどう当たるかっていうのは、本当にわからないんです。だから当たった時のためにキャッチする準備をしておく、いろんなところに種まきをしておくっていう。そのどれか一つがたまたまどうにかなってくれたみたいなことですね。体感としてもそんな感じです。

―もちろん音楽性の部分も大きいと思います。きくおさんの曲は、いい意味で聴き手の期待や予想とかを裏切るタイプである。いわゆるメインストリームでウケているものとは違う方向性でありつつ、多彩である。その魅力が一番大きいと思うんです。

きくお:ありがとうございます。

―ここまで戦略みたいな話ばかり聞いてきてしまったんですが、改めて、そういう音楽性のこだわりの由来を聞かせていただいてよろしいでしょうか。

きくお:能動的な方面と消去法の方面の2つの要因があって。消去法的な方というのは、できないことがすごく多いんですよ。楽器も弾けないし、楽譜も覚えられない。内向的すぎる性格なので、コミュニケーションも難しいところがあって、人に頼んだり一緒に作ったりするのもできない。そういう性格上の問題から自分一人だけで完結するDTMの制作スタイルに限定されちゃうんですよね。能動的な方というのは、そこで浅く広くいろんなものを組み合わせられるのがDTMの強みだと思うんですね。一つの楽器にとらわれず、アコースティックな楽器と電子音を組み合わせてみたり、たとえば1オクターブを7つの平均律にわけたり、微分音を使ったり、曲のイメージに合わせて遠いところを組み合わせることで自分にしか出せない個性を追求していこうというのはあります。とにかく音作りの面ではオリジナリティを強く持たせるにはどうしようということばかり考えてますね。

―今後の目標やビジョンとしてはどういうものがありますか?

きくお:曲作りしかできないし、それがやってて一番楽しいし、みんなそれを喜んでくれるし、田舎でゆっくりのんびりしながらいっぱい寝ていっぱい食べて、曲を作って趣味を楽しんで、行けるとこまで行けたらいいなっていうのを考えてます。あとはアメリカでライブしたいですね。そこには興味はあります。

Editor = Yukako Yajima

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