オスカー・ジェロームとは何者なのか? UKジャズの逸材が音楽遍歴を大いに語る

 
ブラジル音楽の影響、政治的アティテュード、表現の哲学

―ブラジル音楽にも興味があるのかなと思いました。特に、ギターにはブラジル音楽由来の演奏を感じるんですが、どうですか?

OJ:バーデン・パウエルのギタープレイが大好きで、かなり影響を受けた。あとはジョアン・ボスコ。サンバ、ボサノヴァのいろんなアーティストを聴いていた。日本でもブラジル音楽は人気があるんだよね?

―もちろん。

OJ:やっぱり、そうだと思った!

―(笑)バーデン・パウエルの名前が出てくるのは珍しいと思うのですが、彼のどんなところが好きなのでしょうか?

OJ:彼のクラシックギターとサンバがフューズしたサウンドが好きで、さっきのパーカッションの話にも通じるけど、彼はパーカッシブなスタイルを持っている。あとジョン・マーティンと同じような、強くてディープなエモーションを彼のギターからも感じる。嘘偽りのない美しさを感じるんだ。



―ブラジル音楽の中のアフリカの伝統的な部分が濃厚にでているボサノヴァがバーデン・パウエルの魅力だと思うのですが、彼を好きな理由にはそれもあるんですかね?

OJ:それについてはあまり考えたことがなかったけど、ブラジル音楽のリズミックなパートはアフリカの影響を受けているから、そうかもしれないね。

―ジョアン・ボスコはどこに魅力を感じているのでしょうか?

OJ:「A Nivel De…」っていう曲を知ってる?

―はいはい。

OJ:(曲を口ずさむ)うーん、そうだな……純粋に彼の曲、スタイルが大好きなんだ! 70年代のレコードからわかるように、彼もジャズファンクやサンバをフュージョンさせたアーティストだった。それに、彼の音楽にはノスタルジーを感じる。音楽を聴いた時に過去の時間や場所、愛しい人、父親との会話、そういった記憶のかけらが思い起こされるんだ。最近になってポルトガル語の歌詞の意味を知ったんだけど、登場人物の二人の愛人を交換するみたいな内容で、僕が想像していたのとは違ったみたいだけど(笑)。そのことは聞かなかったことにしておいて。



―ジョアン・ボスコには「O Bebado e A Equilibrista(酔っ払いと綱渡り芸人)」という軍事政権批判をした有名な曲があります。先ほどもザ・クラッシュやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなど、社会的なメッセージを込めた曲を作っているアーティストの名前を挙げていましたが、あなたの曲もそこに並べられるようなメッセージが含まれていると思うんですよね。

OJ:僕はレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの影響を受けたと思う。アートをツールにして社会を変えることができるというアイディアを彼らから学んだんだ。子供の頃、チェ・ゲバラのことを歌った曲を聴いて、音楽はメッセージを届けるのに有効で影響力の強いツールになりうるんだと思った。インターネット上や新聞に記事を書いたり、路上で叫んだり、メッセージを伝える方法はたくさんあるけど、音楽は心で感じることができる。音楽があることで感情を呼び起こすことができる。僕は、自分が考えていることや強く感じていることを曲にすることもあれば、パーソナルな曲を書いたりもする。最近は、音楽が誰かにとって、悲惨な出来事からの逃げ場になる重要性についても考えたりしている。たとえば、ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズといった偉大なジャズミュージシャンの音楽は、アフリカ系アメリカ人のルーツゆえに本質的に政治的な意味を含んでいたけど、彼らの音楽はそういった人間の問題なんかを超越して、別の次元に存在しているように思えるんだ。僕たちを別の次元へと導くことができる、音楽にはそういうパワーがあることもわかってきたんだ。

―マルクス主義に関する本を読んでいたって話を読んだことがあるんですが、それもあなたの音楽に反映されていますか?

OJ:そうだね、僕の父は社会主義者で、相互扶助や資本主義が持つ破壊的な力についてをよく語っていた。その影響はもちろんあると思う。どう生きていくべきかを学びながら、自分の思想を形づくってきたんじゃないかな。音楽面でも思想面でも、父親の影響は大きいんだ。



―これまで2枚のアルバムでは、それぞれどのようなものを作ろうとしてきたんですか。

OJ:アーティストとしての自分、オスカー・ジェロームが今までやってきたことのすべてが『Breathe Deep』に込められている。僕のスナップショットといえばいいかな。『The Spoon』はコンセプトアルバムになっている。約1年くらいかけて制作して、僕が感じてきたムード、歩んできた道のりが凝縮されている。ビジュアル面でも工夫したよ。




―最後にひとつ。ライブを観て、あなたのギターソロに魅了されました。コンテンポラリー・ジャズにも通じる繊細かつ複雑なハーモニーがありつつ、ロック的なシンプルさや明確さも持ち合わせている。あなたのソロには難解と簡潔が共存していて、すごくかっこよかった。あなたがどんなことを考えてギターソロをやっているのか知りたいんです。

OJ:正直にいうと、特に何も考えてない(笑)。そうだな……ただ、音楽を相手に届けることについてはよく考えている。それこそが自分の音楽でやりたいと思っていること。作曲と即興のエレメント次第では、一見難しそうな音楽でも多くの人に聴いてもらうことができる。音楽との出会いを提供することが僕からみんなに贈りたいギフトなんだ。ギターソロについて言葉で説明するのはとても難しいな……自分が好きで自然とやっていることだから。偉大なアーティストのピカソと自分を並べるわけじゃないけど、彼の話を例にとると、彼はあるインタビュー中に、たしか牛の絵を30秒で描いたんだ。インタビュアーは「どうやったらそんなにも美しい絵を30秒で描けるのですか?」と尋ねた。すると彼は「30秒と50年の私の人生だ」って言ったんだ。つまり、今まで長い時間をかけて取り組んできたことが数秒に凝縮されて現れてくるんだと思う。彼の言葉を借りて、今の僕が言えるのはこれくらいかな。






オスカー・ジェローム
「Far Too Much」
配信リンク: https://ditto.fm/fartoomuch-edit

Translated by Yuriko Banno, Natsumi Ueda

 
 
 
 

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