KIRINJI『Steppin' Out』全曲解説 堀込高樹が語るポジティブなムードの背景

 
「新たな一歩」を踏み出し続ける理由

—「説得」も独特な曲ですね。出だしから“説き伏せてみてほしい”と歌う曲も珍しい。

堀込:仕事を受けるのってプレッシャーなんですよ。でも、断ると仕事が来なくなっちゃう。「ライブのリハもしなきゃいけないけど……できなくもないんだよね」みたいな。そういうときに「やりましょう、やった方がいいですよ」と言ってもらえると「じゃあやるか」となるじゃないですか。だから説き伏せてほしいんです。それで、失敗したら人のせいにすると。「そっちがやれって言ったんじゃん!」って(笑)。

—(笑)この曲も昔のキリンジを想起させる曲調ですが、音像はやはり今っぽい。

堀込:メロウなファンクを作ろうかなと思って始まった曲で、宮川純くんがキーボードを弾いてるんですけど、彼がいるとジャズ寄りのフレーバーが入ってきますね。伊吹くんのドラムもそう。普通にやるとギルバート・オサリバンっぽくなるのかもしれないけど、彼らが演奏することでまた別の顔が見えてくるというか。



—「seven/four」は前作の「ブロッコロロマネスコ」に続くインストで、曲名は7/4拍子ということですよね。

堀込:「ほのめかし」「nestling」のようにエレクトロニクス中心で生まれた曲と、「I ♡ 歌舞伎町」「Rainy Runway」といったアコースティックなアンサンブルがあるなかで、その中間くらいなものがほしくて。完全に生演奏だけど、上物はピッチの危ういシンセがあったり、ミックスもざらついた感じにして。バッドバッドノットグッドみたいな、ジャズなんだけど音像的にオルタナティブな感じがここに来ると、うまく接着できるかなと思ったんです。




—「I ♡ 歌舞伎町」は有名なネオンサインが思い浮かびます。

堀込:そうそう。トー横キッズとか、あの辺りにたむろしている若者がいますよね。彼らがいろんな犯罪に巻き込まれてしまうなかで、食い物にしたり、貢がせたりする存在がいるわけじゃないですか。“推しのためです”と売春している若い子に寄ってくる男たちとか。子供たちは弱い立場にいるんだけど、そこに群がってくる男たちというのも辛い思いをしながら生き続けているのかもしれない。「被害者と加害者」という構図ではなく、弱い立場にいる人たちがお互いに傷つけ合っている。そこで出会った2人が、パッと見上げると「I ♡ 歌舞伎町」が目に入る。そういう皮肉めいた光景を描いたつもりです。



—「「あの娘は誰?」とか言わせたい」に通じるストーリーでもありますが、視点は逆というか。こういうシチュエーションを歌うとなったとき、若い女性の視点に立つJ-POPはあっても、中高年であろう男性の視点で歌ったものはほとんどなさそうな気がします。

堀込:僕も近い世代だし、たまたまこうやってミュージシャンとして生活できているだけで、(人生は)どう転がるかわからないじゃないですか。たとえば、自分が大学生のときに親が亡くなったりしていたら途端に困窮していたかもしれない。物の弾みでうまくいってるけど、 いつ落ち込むかわからないわけです。そういうことをたまに想像するんですよね。 それに、ああいうところにいる子供たちって高校生や大学生だけでなく、中学生や小学生もいたりする。うちの子たちとほぼ同世代で、そう考えるとそこまで遠い存在とは思えないんですよ。

—不穏な雰囲気が、ブラスのアレンジでうまく表現されています。

堀込:ハーモニーが綺麗な曲になったので、ホーンが入ったほうが際立つだろうと思って。4管とフルートという取り合わせで、カウンターメロディもしっかり作って。あとは武嶋聡さん(Sax, Fl)とも相談して、かっこいい感じになりました。


Photo by Mitsuru Nishimura

—「不恰好な星座」は“死は優しくおごそか/雨はそっとあたたか/あなたがいてよかった/さようなら”というサビで、「死と喪失」について歌われています。

堀込:ちょうどアルバムを作っているときに高橋幸宏さんや坂本龍一さん、バート・バカラックといった音楽家たちが立て続けに亡くなりましたよね。今日(取材日)もロビー・ロバートソンの訃報があったけど、憧れてきた人たちが「巨星墜つ」でどんどんいなくなってしまった。星が消えていくと星座の形も変わるじゃないですか。初めは喪失感もあって、形の変わった星座が奇妙に感じるけど、自分も生きることを続けなきゃいけないわけで。今というものに美しさを見出さないと生きていけないよねっていう。

—そういうテーマで曲を作ると大袈裟なバラードとかになりがちですけど、ニューウェーヴっぽい尖ったアレンジに仕上がっているのも面白いです。

堀込:最初はメロウな曲になったんですけど、つまんないなと思って(笑)。 泣きっぽいのはイヤだから、もう少しファンキーでグルーヴのあるものにしようと。それでカッコよく出来上がったかなと思ったんですけど、しばらくしてから聴き返したら、なんか違うなってなって。それで、最初はカウペルを叩く音とかも入ってたんですけど、アフロファンクを象徴する音は全部外して、もっとメカニカルでよくわからない感じにして、最終的にこういうバランスになりました。



—ずっとKIRINJIを続けて、新レーベルを立ち上げ、またもや意欲的なアルバムを完成させて。そのモチベーションはどこからやってくるんですか?

堀込:看板を背負ったから、みたいなところはありますよね。(キリンジとして)15年やってきたものをガラッと変えたとき、「昔の方がよかった」と言ってくる人は当然いるわけですよ。そういう声に負けたくないという気持ちは当然あります。「昔もよかったけど今もいいね」という形にしたいわけですよね。ただ、(KIRINJIとして)バンドにした頃はそういう気持ちでやっていたけど、今はまたちょっと違うんですよ。

—そうなんですか?

堀込:今はもっと単純に、作るのが楽しいんですよね。あと、 新しいことをやると新しいリスナーがついてくるっていうのは、やっぱり実感としてわかるじゃないですか。そのおかげで、常に新鮮な気持ちでいられるのは大きいかもしれない。何かを出すたびに新しい景色が広がっていくので、「次はこうしよう」 みたいな気持ちになりますよね。


Photo by Mitsuru Nishimura

【写真ギャラリー】KIRINJI・堀込高樹 撮り下ろし写真(記事未掲載カットあり・全10点)




KIRINJI
『Steppin’ Out』
2023年9月6日(水)リリース


通常盤(CD):3,850円(税込)
配信:https://syncokin.lnk.to/SteppinOut


数量限定盤(3CD): 11,000円(税込)
※数量限定盤はボーナスCD付属(収録曲のインストゥルメンタル/1stデモ音源を収録)
購入:https://starsmall.jp/shops/KIRINJI

KIRINJI 弾き語り~ひとりで伺います
2023年9月16日(土)岩手・岩手県公会堂 21号室
2023年9月17日(日)秋田・能代市旧料亭金勇 大広間
2023年9月18日(月・祝)青森・ねぶたの家 ワ・ラッセ
2023年10月7日(土)山口・山口県旧県会議事堂
2023年10月8日(日)島根・興雲閣
2023年10月9日(月・祝)鳥取・湖泉閣 養生館
2023年10月14日(土)三重・賓日館
2023年10月15日(日)滋賀・蔵元 藤居本家 けやきの大広間開場
2023年10月19日(木)神奈川・SUPERNOVA KAWASAKI

KIRINJI TOUR 2023
2023年11月17日(金)宮城・仙台 Rensa
2023年11月23日(木・祝)福岡DRUM Be-1
2023年11月24日(金)広島CLUB QUATTRO
2023年12月9日 (土)北海道・札幌 PENNY LANE 24
2023年12月14日(木)愛知・名古屋CLUB QUATTRO
2023年12月15日(金)大阪BIGCAT
2023年12月19日(火)東京 EX THEATER ROPPONGI
2023年12月20日(水)東京 EX THEATER ROPPONGI
2023年12月24日(日)沖縄 桜坂セントラル

KIRINJI公式サイト:https://www.kirinji-official.com/

 
 
 
 

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