挾間美帆、世界的ジャズ作曲家がデビュー10年で培った制作論「私の曲作りにメソッドはない」

 
「作曲のプロセスに関しては全くメソッドがない」

―自分では意識してなくても、バンドメンバーは何かしらの変化を感じてるってことですね。あと、この5年で若手に教える仕事も増えましたよね。オンラインでやっているコンポーザーと一緒にレクチャーをするものだったり。そういうことって自分のなかに変化をもたらしたりしていると思いますか?

挾間:オンライン・イベントではゲストの人がお勧めの曲をみんなにシェアして、それについて語るみたいなものが多いですね。あと、自分のラジオ番組にゲストスピーカーが来てくれることが多くて、ゲストにインタビューすることも増えました。

私は以前、ジャズコンポーザーが6〜7人くらい集まって、ジム・マクリーニーとマイク・ホロバーと月一でレッスンしてもらえるっていうワークショップに、MSM(マンハッタン音楽学校)を卒業したあと3年間参加したのですが、その時の感覚に近いんですよね。コンポーザーってひとりで仕事しなきゃいけないので、集う機会があんまりないんですよ。

―たしかに。

挾間:オンラインでもいいから、コンポーザーどうしでハングアウトできるのはすごく大きい。どういう思考回路で曲を書いたとか、どういう思考回路でこの曲を面白いと思ったのかとか、同世代の作曲家たちがどういうことを思いながら生きているのかとか。そういうことを知ることができるだけでも全然違う。いい刺激になってるんじゃないかなと思います。

―僕(柳樂光隆)はライター講座をやってるんですけど、教えると自分がやってることの解像度がより高く見えたり、違う角度から見れたりみたいなことがあるような気がするんですけど、そういうのってないですか?

挾間:どうだろう? 自分のなかで作曲っていうのは、決まりがあって作っているわけじゃないんですよね。メソッドがないんです、作曲する過程に於いては。だから一曲一曲を説明することはできるけど、それが自分のやっているプロセスの解像度の拡大には全くならない。その曲ごとに作るアプローチが全然違うから。そういう意味では、自分の曲について喋ると「こういうことを昔考えてたんだ。よくやったな」くらいは思いますけど、それが将来の自分に繋がるっていう感覚は正直ないんですよね。

―なるほど。

挾間:「教える=学ぶ」ってみんなよく言うし、私も同意するんですが、教えるためにはメソッドが必要だと思います。私の作曲のプロセスに関しては全くメソッドがないので。私は朝起きて「作れますか? 作れませんか?」から「今日は作れませんでした!」みたいな、そんなんばっかり。それだと全然メソッドにならないですよね?

―(笑)自分なりのメソッドがないと。

挾間:ないです。だって朝起きて寝るまでに曲ができるかできないかだから。

―曲はどういうところから出てくるんですか?

挾間:例えば「エリプティカル・オービット」だと、太陽系外惑星について調べていて、そこからイメージを得ました。あと、(この曲にゲスト参加している)クリスチャン・マクブライドのライブに行ったときの強烈な音が印象に残っていたので、その二つを組み合わせて作ったのですが、それってもう無茶苦茶じゃないですか。そんなことを人に説明しても伝わらないというかね。「朝起きて急にそう思ったからやることにしました」って言われても「はあ?」みたいな。

―(笑)そうですね。

挾間:ほかにも例えば「ア・モンク・イン・アセンディング・アンド・ディセンディング」はエッシャーの騙し絵で有名な「アセンディング・アンド・ディセンディング」っていう階段を登ってるんだか降りてるんだかわからない、終わりがない絵があるのですが、そこにお坊さんがいっぱいいるんですよ。その中の一人のお坊さんの目線に立った曲を書くという謎のコンセプトが出てきたんですよね。



―どういうきっかけでエッシャーなんですか?

挾間:元々騙し絵がすごく好きで、福田繁雄さんが好きで本を持っていて、それを見てたんです。デザインでもちょっと騙し絵っぽい感じのバウハウスが大好きなので、そういうのを眺めてたら出てきただけです。

言葉にするのは難しいですが「降りていくコード進行を書いてるけど、気づけば上がってる」のを繰り返しているように見えて、実はだんだん変わっていくっていうイメージなんですよね。繰り返しているはずなのに、ひとつずつピースが変わっていって。結果的にミニマルミュージックに近い形のジャズになったかなと思っています。

―こういうふうに一曲ずつのインスピレーションやディテール、仕組みは答えられると。

挾間:でも、そこに(特定の)プロセスはないんですよね。作れなかった日はそれで終了です。毎日、時間を無駄にしていく。自己嫌悪に陥らないようにするということだけがメソッドですかね。

―メソッドがないってことは、AIで挾間美帆っぽい曲を作るというのも難しそう。

挾間:AIにはできないんじゃないんですかね。参照できるプロセスがないから。あと、ジャズの場合は即興がある。AIには立ち向かえない強みがあるんですよ。


Photo by Dave Stapleton

―曲が作れなかった日、自己嫌悪に陥らないためには何をしてるんですか?

挾間:寝る!(笑)もうそれは訓練されました。もともとすごくせっかちな人間なので、一日をどれだけ効率よく過ごすかとか、どうやってこの列を早くやり過ごそうかとか、そういうことばっかり考えてる人だから、一日が何の収穫もなく終わるっていうことに対してものすごい嫌悪感を持つ人間なんですよ、本来は。

でも、そんなこと言ってたら一生作曲なんてしていられない。それでもいいから作曲するってことは、音楽を書くことが相当好きなんだなと思うことにしたんですよ。もう何千回と自分自身に「はい、今日はもう怠ける日です」「怠けて大丈夫な日です」って言い聞かせて、10年経った結果がこれ(アルバム資料を指差して)。

―挾間美帆のせっかちさは逸話がいろいろあるくらいなんですけど、それでも作曲のための効率のいいシステムは敢えて自分で作らないと。

挾間:だって、そんなことしたって浮かんでこないものは浮かんでこないから。それに追い込むことも諦めました。結局辛くなっちゃうだけだし、本当にいいものが出た試しが一切ない。

―へぇ。

挾間:でも、この前「もう嫌だな」と思いながら書いた曲は決して悪くなくて。そうか、追い込むのもアリなのかってちょっと思いました。とはいえ、そういう感じですよ。常にセルフやる気と闘うだけの職業というか。

―出たとこ勝負なのは、意外と心根がジャズミュージシャンっぽいといいますか。

挾間:たしかに。でも「この1週間か2週間は作曲に費やそう」ってことだけは(事前に)決まってるんですよ。その無駄にするかもしれない2週間の予定は、ずっと前から決めてある。そういう几帳面さはあります。

―ちゃんと曲を書くためのスケジューリングは先にしっかりしておくということですね。

挾間:(そのスケジュール内には)収まり切らないんですけどね。でも、その2週間だけはすっごく綺麗に手帳に書いてある。実際の中身はもう滅茶苦茶なんですけど。

ゼロから作る人って「毎日朝6時に起きてから~」とかってできるものなんですかね。昔のクラシック作曲家の一日のタイムスケジュールを一覧にしたものがあって。確かチャイコフスキーだったと思うけど、朝2時間と昼2時間しか作曲せず、あとは楽譜を書く時間ではないんですよ。「時間を決めて作曲して、なにか浮かんでくるものなの?」っていうのが私の大いなる疑問なんですよ。朝6時に起きたって眠いときは眠いし、めっちゃイケてるときはイケてるし、全然違くない?って思うんですけどね。

―村上春樹は同じ時間に机の前に座って、ランニングして、みたいなことを毎日繰り返しているそうですよね。そういうふうにルーチンにして。

挾間:私とは全然違いますね。あと、食べるのが大好きだから、それを生きがいにしてます。とりあえず書けないから食べようとか、とりあえず書けないから寝ようとか、そういうのばっかり。

―挾間美帆のパブリックイメージとしては、もっときっちり仕事してそうなのに。

挾間:ただ、事務的なことを先にやっつけてから作曲に向き合いたいから、作曲するときは朝に全部メールをして、お昼から先はメールを開けない。朝なんとかそれをやって、お昼を食べて、お昼寝して、さあ満を持してと作曲に取り掛かり、何も浮かばなくて終了するのがいつものパターンですね。たまに浮かぶと大変なことになる。夜までイエーイ!みたいな感じ。

―そのまま寝ずにやるみたいな。

挾間:そうそう。

―昔のアーティストみたいな感じですね、気合!って感じで。今のアーティストはもう少し規則正しい生活をしているイメージがあります。最近はポップミュージックだと、みんなで書く(Co-Write)ほうが一般的かもしれないですね、アイディアをみんなで出し合って。

挾間:そっかそっか。(スナーキー・パピーの)マイケル・リーグみたいな。

―でも、ジャズ作曲家だと複数の人と書く機会はあまりなさそう。全てを自分から出さないといけないと考えると大変ですよね。

挾間:そうかもしれないです、共作したことがないから分からないけど。でも、この前初めてアントニオ・ロウレイロとそういう感じのワークショップをしてきました。

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE