ブルース・スプリングスティーンのデビュー50周年、「ボス」が生んだ永遠の名曲を振り返る

 
新たな方向性を見出した90年代

Eストリート・バンドとの活動に一旦区切りをつけ、90年にパティ・スキャルファと再婚、父親になったブルースは、家族を連れてLAへ拠点を移した。そしてスタジオ・ミュージシャンを起用した『ヒューマン・タッチ』(米2位)と『ラッキー・タウン』(米3位)、2枚のアルバムを92年に同時リリース。「危険と苦痛を避けて真の愛を見つけることはできない」と悟ったように歌われる「ヒューマン・タッチ」と、「今、新しいスーツと一本の赤いバラがある/それに友だちと呼べる女がいる」と噛みしめるように歌う「ベター・デイズ」の2曲が、両A面扱いのシングル(米16位)としてリリースされたのは象徴的だった。環境も仲間も刷新して、新たな方向性を見出そうと模索していたことを、ブルース自身も認めている。


「ヒューマン・タッチ」 from 『ヒューマン・タッチ』


「ベター・デイズ」 from 『ラッキー・タウン』

“個”としての表現に向かっていたこの時期に、ブルースはジョナサン・デミ監督の劇映画『フィラデルフィア』(93年)のテーマ曲に取り組む。監督からのリクエストはバラードだったが、ブルースはヒップホップ的なビートに乗せて歌うことを選んだ。オーバーダブしたベースとコーラス以外のほぼ全パートをブルースが演奏、多重録音したこの曲は、94年2月にシングルカットされて米9位、英2位まで上昇。ゲイやエイズ患者に対する偏見をテーマにした映画であることも踏まえながら、ブルースは過去に亡くした友人への想いを歌詞に反映したという。この曲はアカデミー賞で最優秀歌曲賞を獲得したほか、グラミー賞でもソング・オブ・ジ・イヤー他計4部門で受賞、彼にとって新たな代表曲となった。今よりもずっと同性愛が理解されていなかった30年前の話だ。

95年にはベスト盤『グレイテスト・ヒッツ』用に再びEストリート・バンドと組んで録音した新曲のひとつ、「シークレット・ガーデン」(米63位)をシングルとして発表。この曲は別ミックスが映画『ザ・エージェント』(96年)で挿入歌として使用され、全米チャートでの順位を19位に更新した。今のところ、全米トップ20入りしたシングルはこれが最後となっている。


「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」 from 映画 『フィラデルフィア』 OST


「シークレット・ガーデン」(映画 『ザ・エージェント』 より)from 『Greatest Hits』

『ネブラスカ』以来久々にアコースティックギターの弾き語りに回帰したアルバム『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』(95年:11位)のタイトル曲は、アメリカではシングルカットされなかったが、イギリスではシングルチャートで26位まで上昇、日本でも12cmシングルCDが発売された。トム・ジョードとはスタインベックの小説『怒りの葡萄』の主人公。1930年代、ダスト・ボウルと呼ばれた大砂塵で耕作ができなくなり、故郷のオクラホマ州を追われた貧農のジョード一家は、新天地になるはずだったカリフォルニアで過酷な現実に直面する。同作はジョン・フォード監督によって映画化もされており、ブルースは小説と映画、両方を味わった上で、このキャラクターを用いて歌詞を書いた。ウディ・ガスリーの曲「トム・ジョード」からもインスパイアされたという。アメリカンドリームの裏に根強く残り続ける貧困、不平等という現実を浮き彫りにした会心の1曲だった。97年1月にはこのアルバムのツアーで3度目の来日が実現している。

『ジャパニーズ・シングル・コレクション』には、ビデオ作品『ブラッド・ブラザーズ』(96年)に封入されていたEストリート・バンドとの同題曲、レア音源集『トラックス』及び『18トラックス』(98年)に収められていた渾身の1曲「アイ・ウォナ・ビー・ウィズ・ユー」、88年のアムネスティ・ツアーに参加した際の音源「自由の鐘」(99年)を収録。90年代の終わりまでに日本でリリースされたシングルがまとめて聴けるほか、ボーナス・トラックとしてチャリティ・アルバムに提供したクリスマス・ソング「サンタが街へやってくる」(81年)や、映画『デッドマン・ウォーキング』(95年)の主題歌、2014年4月のレコード・ストア・デイでシングルが発売された「アメリカン・ビューティー」、映画『カセットテープ・ダイアリーズ』(2019年)で挿入歌として使われた「アイル・スタンド・バイ・ユー」も収録されている。



「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」 from 『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』


「アイル・スタンド・バイ・ユー」 from 映画 『カセットテープ・ダイアリーズ』 OST

『ジャパニーズ・シングル・コレクション』の括りは99年までということになっているが、DVDには9.11同時多発テロの後に製作された『ザ・ライジング』(2002年)以降~現在までのビデオクリップもまるっと収録された。シングルチャートは縁遠くなったが、2000年代以降はアルバム・アーティストとしての地位を確立。全米アルバムチャートで『明日なき暴走』以降、70年代、80年代、90年代、2000年代、2010年代、2020年代と6つの年代でトップ5入りを果たしたアーティストはブルースが史上初だ。

いつの時代も社会の暗部に目を向け、弱き者の立場に寄り添って歌い続けてきたブルースの詞世界は、アメリカンのためだけにあるものではもちろんなく、むしろ今の日本で聴くと痛いほど響くはず。どん詰まりの状況や絶望に直面しても、生き抜いていくためのヒントと希望を彼の曲は与えてくれる。だからこそ彼の楽曲が重要な位置を占める『カセットテープ・ダイアリーズ』のような映画も生まれるし、世代を越えて聴き継がれるアーティストであり続けているのだろう。

そして本稿を執筆している間に、驚きの新曲が公開された。ブルース・スプリングスティーン&パティ・スキャルファ夫妻名義で映画『She Came To Me』に提供した「Addicted To Romance」は、近年常連のロン・アニエッロと共同で、ザ・ナショナルのブライス・デスナーがプロデュース! 今回はブライス側からブルースにアプローチしたそうで、「生涯のブルースファン」だというブライスは、「ブルースと一緒にこの曲に取り組むのは夢だったし、彼は信じられないほど寛大で、僕のアイデアや貢献を受け入れてくれた」と熱っぽくコメントしている。近年はジャック・アントノフのプロジェクト、ブリーチャーズや、キラーズ、ガスライト・アンセムなど、後輩たちとのコラボに積極的なブルース。74歳になった今も、変わらぬ音楽愛と探究心で我々を楽しませてくれる彼を、人々は敬愛の念を込めて“ボス”と呼ぶ。






ブルース・スプリングスティーン
『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』
発売中
●日本独自企画
●DISC1&2|CD|高品質Blu-spec CD2仕様×2023年デジタル・リマスター(全35曲)
●DISC3&4|DVD|ミュージック・ビデオ完全網羅(全62曲)
詳細:https://www.110107.com/s/oto/page/bruce_JSC?ima=4543
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/BruceSpringsteen_jsc


デビュー50周年記念
Blu-spec CD2紙ジャケット仕様 全25タイトル一挙リリース
●第一弾 2023年10月25日発売(8タイトル)
●第二弾 2023年11月22日発売(9タイトル)
●第三弾 2023年12月20日発売(8タイトル)
詳細:https://www.110107.com/s/oto/page/bruce_BSCD2?ima=1231

 
 
 
 

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