洋楽ロック史上最大級の復刻、ボブ・ディラン『コンプリート武道館』関係者が語る制作秘話

 
78年のボブ・ディランが詰まった玉手箱

オリジナル『武道館』に未収録だった曲ではディランのルーツを示す2つのカバー曲、ビリー・リー・ライリー「リポゼッション・ブルース」、タンパ・レッド「ラヴ・ハー・ウィズ・ア・フィーリング」が目をひくが、なんと言っても強烈なのが『新しい夜明け』(70年)から選ばれた「ザ・マン・イン・ミー」。リリースに先駆けて公開されたこのライブバージョンは海外のファンの間でもかなりの反響を呼んでいる。

菅野:最初からこの曲を入れたかったけど、(当時は)入れられなかった(笑)。エンディングが何か中途半端に終わるじゃないですか。当時のまだ若かった僕としては、きちっと完成していない感じがする演奏をアルバムに入れるのはどうだろうと思ったし、レコードに収まるように曲を削らなきゃいけないという事情もあったので、泣く泣くカットしたんです。でも、聴き返してみるとすごく良い出来だし、エンディングもあれはあれでいいかという気が今はしますね。



初来日時に話題になったのが、旧曲の大胆なアレンジ。レゲエ化した「天国への扉」やロマンティックなバラードに姿を変えた「アイ・ウォント・ユー」がある一方で、「オール・アイ・リアリー・ウォント」はサイモン&ガーファンクルの「59番街橋の歌」を思い出させるリズミカルなアレンジが施されていた。「見張塔からずっと」は自身の「ハリケーン」にはめ込んだようにも聞こえるし、「オー、シスター」にいたってはコード進行自体がすっかり変わり、スペンサー・デイヴィス・グループを思わせるリズム&ブルースへと生まれ変わっている。代表曲でも大胆に手を入れ、まったく異なる曲にしてしまう手法は、現在のライブにまで繋がるものだ。

菅野:ボブは日本に来る前に、サンタモニカでリハーサルをきちっとやって、新しいアレンジとかも考えてバンドと練習してきたんですよ。なぜかというと、日本のプロモーターからボブに代表曲は必ずやって欲しいとリクエストが寄せられていたから。ボブはそれを理解してリクエストに答えたのでああいうセットリストになったんだけど、だからといってレコードで歌ったのと同じようにそのままやりたくないという想いが強い。そうやってアレンジを変えながら歌い続ける姿勢は、現在までずっとつながっていくものです。しかも114回続いた78年のツアーでアルバムとして世に出たのは『武道館』だけなので、そういう意味でも貴重な記録になりました。





『コンプリート武道館』封入、全60ページのオールカラー・ブックレットより。1978年初来日にまつわる貴重写真のほか、当時の雑誌や広告、各国盤、発見されたマスターテープのデータ、英文ライナーなどを収録

実はこの『武道館』のミキシングを進めていた78年前半の段階で、新しいスタジオ・アルバム『ストリート・リーガル』のリリース予定があることを日本側は知らされていなかったという。

菅野:『武道館』の音をボブ自身が聴いて、最終的にリリースしてOKか判断するということになって。「6月1日から1週間ロサンゼルスでコンサートをやるので、その時に持ってきてくれ」と言われました。当初は8月にリリースする予定だったので、六本木にあったソニーのスタジオに籠ってミックスして、テスト盤まで作ってから、ジャケットも2種類作って、彼の元に行ったわけです。ボブにテスト盤とジャケットを渡してから、「1週間の間に返事をするから待ってろ」と言われて、結構ヒヤヒヤしながら待って。最終日の午後に「ボブが返事をするから楽屋へ来い」と呼び出しがありました。

会場のユニバーサル・アンフィシアターは広場にドレッシングルームとして使う小屋が建っていたり、料理が食べられるような大きなテーブルがいくつかあって。そのテーブルに座って待っていたら、ボブがひとりでテスト盤やジャケットを抱えてやって来て、座ると同時ぐらいに「グッド・アルバム」と言ってくれたので、これでリリースできるんだと思って心の中で大喜びしてました。で、「いつリリースするんだ?」と訊かれて、そこで初めて『ストリート・リーガル』がすぐに出ると知りました。今と違ってインターネットもない時代だったので、我々レコード会社でも新作のリリース情報はギリギリまでつかむことができなかったんです。発売時期がぶつかることをボブが気にしていたので、『武道館』のリリースを11月まで延ばすことにしました。


菅野氏が1978年6月7日、『武道館』許諾のためにLAでボブ・ディランに会った時の写真(Photo by Heckel Sugano) 

日本限定のアルバムとしてリリースされた『武道館』はその後海外でも評判になり、翌79年4月に本国でも発売されて米13位、英4位まで上昇。同じく鈴木智雄が録音したチープ・トリックの『at 武道館』と並んで、世界にBudokanという会場の存在を知らしめる作品になったことは今さら言うまでもない。オリジナル盤リリースから実に45年もの時を超えて、粘りに粘って世に出すことができた完全版だけに、当事者たちの思い入れも並々ならぬものがある。

菅野:オリジナルの『武道館』ではその一片しか伝えることができなかったけれど、今回の『コンプリート武道館』であのときライブを観た人たちも、もう一回全てを確認することができるし。当時はまだ生まれてないよという人たちも、これを聴けば、78年に36歳のボブ・ディランが日本でどんなことをしたのか確実にとらえることができる。そんな作品はこれしか存在しないし、パッケージも普通では考えられない豪華なものになりました。音だけでなく写真なども含めて、78年のボブが玉手箱のように詰まっている……こんな形で実現することができたのは奇跡だと僕は思ってます。

鈴木:やった本人からすると……大変だったね(笑)。だけど印象的なのは、テストプレスが上がってきて、みんなでレコードを聴いたんですよ。最初は正直に言うとプレスがあんまり良くなくて、そこからだんだん良くなっていくわけです。で、最後に上がってきたものを聴いてるとね、スピーカーの間にボブ・ディランが立ってるんですよ、生々しく。「やったぜ!」と思ったし、熱を伝えるという意味では、うまくいったんじゃないかなと思います。

白木:もう何回も聴きましたけど、最終的なアナログ盤が上がってきて聴いた瞬間は感動的でしたね。鈴木さんが今おっしゃった通り、本当に部屋のその辺でボブが歌ってるみたいな感じがして。

菅野:ボブが日本でこういう素晴らしい音源を残してくれたということが何より大きいけれど、白木君が粘り強く交渉を続けてくれたおかげで、これをようやく世に出すことができる。普通は何回か行って「ダメだよ、そんなの無理だよ」と言われたら、そこで終わっちゃうでしょ。でも、それが終わらなかった。しつこい男がいるんだよ(笑)。その熱量も込みの作品だと思いますね。




ボブ・ディラン
『コンプリート武道館』
2023年11月15日 日本先行発売
2023年11月17日 配信リリース/海外発売
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/BobDylan_BUDOKAN


◎8LPエディション 税込44,000円
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/BobDylan_BUDOKAN8lp


◎4CDエディション 税込22,000円
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/BobDylan_BUDOKAN4cd



『アナザー武道館』
1978年の『武道館』に収録されずに未発表となっていたパフォーマンスをまとめたLP2枚組
購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/BobDylan_ABUDOKAN2lp



ボブ・ディラン『コンプリート武道館』発売記念イベント
2023年11月26日(日)15時~17時 都内某所

●イベント内容
1. 1978年初来日公演発掘映像1曲上映
2. 関係者トークショー
菅野ヘッケル(『コンプリート武道館』総合監修・共同プロデューサー)
鈴木智雄(『コンプリート武道館』2023REMIX)
田島照久(『コンプリート武道館』アート・ディレクション)
白木哲也(『コンプリート武道館』共同プロデューサー)
3. Hi-Fiシステムでのアナログ試聴
※イベント参加特典:参加者全員に非売品ポスタープレゼント

●応募方法:下記ページ下部にある応募フォームへ必要事項を入力して送信
https://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/event/103556
●当選人数:100人
●応募締切:2023年11月16日(木)23時59分

『コンプリート武道館』特設サイト:https://www.110107.com/Dylan_budokan/

 
 
 
 

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