ビヨンセの超人的なパワーを目撃、映画館で楽しむ「家族」たちとの祝祭

クィア・カルチャーへのリスペクト

「家族」もまた、近年のビヨンセの作品には欠かせないテーマの一つだ。そもそも、アルバム『RENAISSANCE』は実母・ティナの兄弟だったジョニーが大きなインスピレーション源になっている。元々裁縫が得意だったティナ同様、ジョニーもファッションが好きだった。デスティニーズ・チャイルドとして活動していた初期、実際に彼女たちの衣装を手縫いしていたのは、ティナとアンクル・ジョニーだったのだ。“Uncle Jonny made my dress(私のドレスを作ったのはジョニー叔父さん)”というリリックが印象的な楽曲、「HEATED」に合わせて、劇中でもアンクル・ジョニーがどんな人物だったか、そしてビヨンセにとってのファッションとは何かが語られる。アレキサンダー・マックイーン、ロエベ、ミュグレー、ティファニー、グッチ……本ツアーのために用意されたアイコニックなピースたちも、間違いなく見どころの一つだ。




©Parkwood Technology, Photo by Mason Poole
カーディフ Principality Stadium公演 2023年5月17日



©2023 Kevin Mazur, Photo by Kevin Mazur
ロサンゼルス SoFi Stadium公演 2023年9月4日



©RENAISSANCE WORLD TOUR, Photo by Julian Dakdouk
ワシントンDC FedEx Field公演 2023年8月6日


ビヨンセがアンクル・ジョニーからインスピレーションを授かったのはファッションだけではない。同性愛者でもあったアンクル・ジョニーは、HIVの感染症によりこの世を去ったのだ。本作品は、アメリカでは世界エイズデーでもある12月1日に封切られた。そして、アルバムと本映画を通して、ビヨンセはゲイ・カルチャーが産んだダンスミュージックをこれ以上にないほどに賛美する。シカゴやデトロイトのアンダーグラウンド・シーンで発展していったハウス・ミュージックや、自分の個性と美しさをぶつけ合うように踊るダンサーたち、“カテゴリー”と呼ばれるテーマに合わせて煌びやかに装った人々で埋め尽くされたボールルーム。こうしたエッセンスが、世界中のスタジアムのステージを彩っていった。ツアーのMCを務めたのは、ボールルームのカルチャーを伝えてきたその本人でもあるケヴィン・JZ・プロディジーであるし、ダンサーにはSNSでも注目を集めてきたクィアのダンサー、ハニー・バレンシアガらが参加。クィア・カルチャーには、血縁のない仲間たちを集めた“ハウス”が存在し、各ハウスをまとめるのは“マザー”と呼ばれる年長者のリーダーだ。ビヨンセは、世界中から集った「家族」=ビーハイヴ(ビヨンセ・ファンの総称)をまとめるマザーとなり、驚くほどの規模ながら、彼・彼女らの存在を祝し、まとめ上げたのだった。


©RENAISSANCE WORLD TOUR, Photo by Julian Dakdouk
カンサスシティ Arrowhead Stadium公演 2023年10月1日



©RENAISSANCE WORLD TOUR, Photo by Mason Poole
フィラデルフィア Lincoln Financial Field公演 2023年7月12日


アルバム『RENAISSANCE』が発表された時、表だったメディアプロモーションは皆無で、非常に珍しいことにMVすら一本も公開されなかった。アルバムの中に詰まっているメッセージは苦しいほどに豊穣であるのに、どのようにそれを享受すべきか、熱心なファンとしては戸惑ってしまった。しかし、自ら実際にコンサートに出向き“体験”として『RENAISSANCE』の世界観を味わったことで、私の戸惑いは完全に払拭された。今回の映像作品も、コーチェラ・フェスティバルでのパフォーマンスに迫った『HOMECOMING: ビヨンセ』のようにオンデマンドで楽しむことができる配信作品としてリリースすることもできたはずだが、ビヨンセはあえてアメリカの大手シネコンであるAMCと組んで、劇場公開型の映画作品として発表することに決めた。こうした一連の動きは、あえてパブリックな場所に足を運ばせて、他者とともに音楽や映像美、ダンサーたちの美しい動きを楽しんでほしいというビヨンセの願望によるものなのだろうか。いずれにせよ、圧倒的な迫力とドラマティックさで映し出される『Renaissance World Tour』の感動を大きなスクリーンと音響で味わってほしいと願う。

<INFORMATION>


©2023 PARKWOOD ENTERTAINMENT

映画『Renaissance: A Film by Beyoncé』
配給:東和ピクチャーズ
全国劇場にて公開中
https://towapictures.co.jp/beyonce/

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