日本の音楽カルチャーを世界に届けるためには何が必要? Spotifyグローバル役員に聞く

左からジェレミー・エルリッヒ氏、トニー・エリソン氏、グスタフ・ギレンハマー氏(Photo by Mitsuru Nishimura)

 
Spotifyがこの一年を賑わせた音楽やポッドキャストを振り返る「Spotifyまとめ2023」を11月末に公開、大きな注目を集めている。Spotifyは2016年秋に日本でのサービスを開始。いまや国内の音楽産業においても必要不可欠なプラットフォームとなっている。

「Spotifyまとめ」年間ランキングでもYOASOBI、藤井 風、XG、imaseらの大躍進が話題になったように、2023年は日本人アーティストによる国外での活躍が大きく報じられ、「海外進出」というトピックがこれまでにない形で取り沙汰される一年だった。ストリーミングによって音楽市場のボーダーレス化が加速し、K-POP、ラテンポップ、アフロビーツなど非英語圏のアーティストが世界的支持を集めるなか、ようやくJ-POPも海外への足掛かりを掴もうとしているーー多くの人たちがそういった手応えを感じたに違いない。

その一方で、K-POPが新しいメディア環境に早くから適応してきたのに対し、ストリーミングサービスへの対応に出遅れてしまった日本の音楽業界には、依然として多くの課題も残っている。昨年の今頃、音楽ジャーナリスト・柴那典氏が2022年のSpotify年間ランキングを総括しながら「メディアと音楽業界に対して特に思うのが、日本のカルチャーをどうやって海外に届けるのか、海外からどんなふうに見られているのかはすごく気にしているのに、海外のポップカルチャーの現状についてはあまり情報が行き渡っていない」と語っていたことも、改めて重要な問題提起として受け止めるべきだろう。

そこで今回は、「Spotifyまとめ2023」の公開にあわせて来日した二人のSpotifyグローバル役員、国際市場におけるビジネス/サブスクリプション事業を統括するグスタフ・ギレンハマー氏(Gustav Gyllenhammer)と、音楽部門のグローバルヘッドを務めるジェレミー・エルリッヒ氏(Jeremy Erlich)へのインタビューを実施。ストリーミングが塗り替えた世界の音楽シーン、流通構造の変化がアーティストにもたらす可能性、そして日本の音楽カルチャーを海外に発信するために何が必要なのか、そのためにSpotifyは何を提供できるのか、それぞれの視点から語ってもらった。

さらに記事の後半では、スポティファイジャパン株式会社 代表取締役のトニー・エリソン氏を2年ぶりに取材(前回の記事はこちら)。日本におけるSpotifyの現状と将来のヴィジョンについて伺った。(インタビュー・文:西澤裕郎、リードテキスト・質問作成:小熊俊哉)


グスタフ・ギレンハマー氏(Photo by Mitsuru Nishimura)


ジェレミー・エルリッヒ氏(Photo by Mitsuru Nishimura)

INTERVIEW Part .1
Gustav Gyllenhammer, Jeremy Erlich

ストリーミングが塗り替えた世界の音楽シーン

―まずはグローバルの話からお伺いしたいのですが、ストリーミングとそのオーディエンスの拡大は、世界の音楽市場にどのような変化や影響をもたらしたとお考えでしょう?

グスタフ:ストリーミングの登場は音楽業界における大きな転換点だったと思います。Spotifyは15年前の2008年、スウェーデンでサービスを開始しました。音楽業界の関係者はよくご存知かと思いますが、海賊版などにより、フィジカルフォーマットが世界規模で急速に減少していき、業界に混乱を巻き起こした時期と言えるでしょう。しかし今日、音楽業界は活気に溢れ、根本的な変化を続けています。ストリーミング時代以前に収益のピークを迎えたのは1999年でしたが、これと比較しても2021年の収益は当時を上回っています。この変化は収益面だけではなく、ストリーミングがコンテンツの流通速度を格段にアップさせ、音楽産業をマルチグローバルなマーケットへと変貌させています。ストリーミングのおかげでコンテンツは世界中に拡散し、世界中から消費者を見つけることができるのです。ストリーミングプラットフォームは、ファンとアーティストを結びつけることに成功したと言えると考えています。

ジェレミー:私からもストリーミングがもたらした素晴らしい事柄をいくつか紹介させてください。まず言えることは、「発見」と「消費」が同じプラットフォームで起こっているという点です。私たちは、プレイリストなどを通じて新たな音楽との出会いを提供しており、オーディエンスはプラットフォーム上で見つけた音楽をその瞬間に楽しむことができます。これは、ラジオやその他のメディアで音楽を見つけ、レコードストアに足を運んでいた時代との大きな変化だと思います。この瞬時性が、音楽の消費量と流通速度を大きく変化させることになりました。次に、消費の可視性です。以前はその音楽が実際にどれほど再生されたか知ることはできませんでした。しかし現在、私たちは人気の音楽、再び注目を集めている音楽、日常的に聴かれている音楽の情報を正確に把握することができます。これによって、新人アーティストのみならず、著名なアーティストも多くのメリットを得られていると思います。



―先日発表された今年のSpotify年間ランキングについて、感想や手応えを聞かせてください。

グスタフ:活気のある今の音楽業界を映し出した多様性に富むランキングになったと思います。今年のトップ20、トップ50、トップ100にランクインしているアーティストのラインナップを、ポップミュージック全盛だった頃と比較すると、聴かれている音楽ジャンルの多様化は明らかです。地域別に見ても、メキシコの音楽マーケットは年々拡大していることが感じられますし、K-POPも上位にランクインしています。「Spotifyまとめ」の発表は、音楽コミュニティ全体における祭典の瞬間だと思っています。この話題について社員たちと話すことは、毎年私の楽しみの1つです。私たちは、今年は例年以上に多くのアーティストたちが活発に活動をしている様子を見ることができました。年末のこの時期はアーティストたちがサポートし続けてくれたファンに感謝を伝える、まさに幸せに包まれた時期でもあります。

ジェレミー:今年「世界で最も再生されたアーティスト」となったテイラー・スウィフトは、ストリーミングとツアーの両軸において、今まで誰も成し得なかった偉業を果たしたと思います。まさに一世を風靡したと言えるでしょう。個人的には昨年まで首位だったバッド・バニーが王座を取り戻すために奮闘してくれることを期待しています。アーティストから見ても、自身の音楽を聴いてくれたオーディエンスの数やその所在地、聴かれている時間の長さを知ることができる「Spotifyまとめ」は、ファンダムの存在を認識することができる非常に価値あるデータといえます。私は年に一度のこの時期を楽しみにしています。10月頃から私自身の「Spotifyまとめ」リストがどうなるか気にし始め、お気に入りのアーティストを自身のトップリストにランクインさせようと熱心に聴き始めるリスナーを見るのはなんだか微笑ましいです(笑)。

グスタフ:ジェレミーは、ボブ・ディランを熱心に聴き始めていたんだよね。

ジェレミー:ああ、そうだよ(笑)。

グスタフ:私の今年のトップリストは、まさに私がお話ししたことを集約しているのではないでしょうか。プエルトリコのアーティスト、ナイジェリアのアーティスト、韓国のアーティスト、そしてテイラー・スウィフトが最も聴いた上位にランクインしています。さらに、最近人気を高めている南米のアーティストも入っています。来年はまだ難しいかもしれませんが、3年以内には日本のアーティストが入ってくることを期待しています。

ジェレミー:ちなみに私は、2年前に2つ目のSpotifyアカウントを作りました。1つ目のアカウントは子供たちに乗っ取られてしまったんです。こちらでは『ペッパピッグ(Peppa Pig)』がトップアーティストでした(笑)。

グスタフ:きっと今は『アナと雪の女王』がトップだろう?

ジェレミー:ああ。両方のアカウントともそうだよ(笑)。


〈世界で最も再生されたアーティスト〉のプレイリスト。上位10組中4組がラテン系のアーティスト:2位・バッド・バニー(プエルトリコ)、5位・Peso Pluma(メキシコ)、6位・Feid、9位・カロルG(共にコロンビア)


〈世界で最も再生された楽曲〉のプレイリスト。4位のJung Kook(BTS)「Seven (feat. Latto)」 はSpotify史上最速で10億回再生を突破

―今年の年間ランキングから、アフロビーツやレゲトン、メキシコの音楽、K-POPなど各地域の音楽カルチャーが世界的に成功を収めていることが伝わってきました。このことについて、ストリーミングやSpotifyはどのような役割を担ったと考えていますか?

ジェレミー:まさしく、誰もが音楽にアクセスできるということだと思います。Spotifyは、ログインするだけで世界中の音楽と出会うことができ、さらに他国の音楽チャートを見ることもできます。もし、メキシコの音楽に興味があるなら、メキシコの今のトレンドを簡単にチェックできるのです。このアクセスの民主化は、Spotifyが成し遂げた功績と言えるでしょう。


〈世界で最も再生された楽曲〉の5位、Eslabon Armado & Peso Pluma「Ella Baila Sola」はメキシコの大躍進を象徴するヒット曲


同7位、Rema「Calm Down (with Selena Gomez)」はナイジェリア発のアフロビーツの名曲

―音楽へのアクセスの民主化が実現したと。

ジェレミー:そして今、私たちが熱心に取り組んでいることは、世界中から素晴らしい音楽を見つけ出し、世界中の人々へ紹介することです。私が所属するチーム、Global Curation Groups(GCG)では、世界各国の音楽エディターが毎週のミーティングでお気に入りの音楽をシェアしあっています。これにより、自然発生的な動きよりも、はるかに速いスピードで世界各地の音楽のトレンドをキャッチし、働きかけることができます。特に、今の若者たちは他国のカルチャーに強い関心を示しています。純粋な音楽ファンでもある私たちは、アクセスの民主化を実現するというSpotifyの役割をとても光栄に思っています。音楽のグローバル化における言語の壁ですが、これはいまや大きな問題ではないと信じていますし、ローカルからグローバルスケールへと発展させることは、とてもやりがいのあることです。

グスタフ:Spotifyの成長は今まで以上に加速しており、ビジネス上でも非常にバランスのとれたマーケットポートフォリオが構成されています。ヨーロッパ、北アメリカ、ラテンアメリカといった主要地域を筆頭に180以上のマーケットでサービスを展開しており、全世界で5億7400万人以上、各々の地域でも1億1500万人以上のユーザーを獲得しています。アジアについても、日本、シンガポール、香港に加え、急成長を遂げるインドやインドネシアといった国々を含めると、その市場規模が大変大きいことは明らかでしょう。そして、それぞれの国において音楽市場が健全な状態であることが、音楽ビジネスのグローバル化をさらに後押ししていると思います。

―ストリーミングの収益分配に関しては日本でまだまだ誤解が多いように思います。Spotifyの収益はアーティスト側へどのように還元されているか、改めてお聞かせください。

グスタフ:アーティストの契約に応じて異なりますが、私たちは権利保有者に対し、正しく収益を分配しています。簡潔に説明すると、Spotifyに入るお金のうち、70%は権利保有者へと還元されているのです。過去15年間の累計を見ると、私たちは、400億ドル以上もの金額を音楽業界に還元してきました。最新の報告では、2021年だけで70億ドルが音楽業界に還元されています。今までお話ししたように、音楽業界は確実に成長を続けています。2023年には新たな記録を達成し、業界はさらに活性化されるだろうと期待しています。

 
 
 
 

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