日本の音楽カルチャーを世界に届けるためには何が必要? Spotifyグローバル役員に聞く

 
日本の音楽マーケットにおける「可能性と課題」

―ここからは日本についての質問です。日本ではストリーミングの成長が早くも鈍化しているという見解もありますが、どのようにお考えでしょう?

グスタフ:私は日本のマーケットのエキスパートではありませんが、チームからの確かな情報をお話させてください。私にとって今回が今年で3度目の来日となりますが、このことが、既に日本の音楽産業が世界的に重要なマーケットであることを物語っています。今後、日本のマーケットが成長を遂げ、さらに多くの消費者がストリーミングを楽しめるようにいっそう注力していきたいと考えています。日本でSpotifyがサービスを開始してから今年で7年が経ち、現在も大変健全な成長を続けていますが、開始から既に15年が経っているヨーロッパや北米地域と比べると、正直、まだまだ遅れているのが現状です。私たちは特に20〜35歳の熱心な音楽リスナー層、様々な音楽フェスに熱心に参加し、複数のストリーミングサービスを利用している音楽好きな皆様より支持を得ることに成功しています。次に目指すべきは、依然主にラジオやテレビといったメディアで音楽を聴かれている層へのリーチです。この層を獲得することで、日本のストリーミングマーケットは大きく飛躍を遂げることになると考えています。ご存知の通り、日本の人口動態は他のマーケットとは大く異なっています。例えば、アフリカやインド、インドネシアなどでは一番のターゲット層は20歳以下であるのに対し、日本では45歳以上の方々にもストリーミングの魅力を知っていただくために力を入れています。日本では、他国とは異なる独自のマーケティングとコンテンツ制作に特に注力しています。具体的には、例えばノスタルジーを呼び起こすプレイリストやこの世代の心に響くようなキャンペーンを展開しています。例えば、ボブ・ディランをプレイリストに入れてみるなど。

ジェレミー:ボブ・ディランは世代を超えたミュージシャンですから(笑)。

グスタフ:その通り(笑)! お伝えしたかったことは、そういった45歳以上のオーディエンスに響くようなコンテンツや体験を作っているということです。もちろんその一方で、私たちはユースカルチャーも重視しており、若い世代に対してストリーミングサービスが果たすべき役割も忘れてはいません。新たな音楽との発見を提供するだけではなく、音楽がより多く聴かれ、アーティストがファンと強い関係を築けるプラットフォームであることが私たちの役目でもあるのです。日本は重要なマーケットであり、世界第2位の音楽マーケットとして今後も安定した成長が続いていくと見込んでいます。日本はファンダムへの支出規模が非常に大きいことで知られており、私たちは、この分野への注力も計画しています。

ジェレミー:もう1点付け加えさせてください。他国において、ストリーミングは既に主流のフォーマットになっており、日本でも同様になると予想しています。「ストリーミングが主流になると他のフォーマットがなくなってしまう」という意見を今でも耳にしますが、これは誤解です。事実、アメリカのフィジカルフォーマットの売上は成長しており、このことは音楽ファンはそれぞれのフォーマットを異なる目的で利用していることを証明しています。日本のようなコレクターが多いマーケットでは、フィジカルとストリーミングが共存する可能性は大いにあるでしょう。私たちはSpotifyが提供する音楽体験に誇りを持っています。より多くの人にSpotifyのサービスを楽しんでいただき、有料会員になってもらえることを願っています。


〈スローバックTHURSDAY〉は1976年から2019年まで、その年の音楽シーンを象徴する名曲を収録したプレイリストシリーズ。今年6月にローンチされた

※〈スローバックTHURSDAY〉一覧はこちら

―この数年、ソーシャルメディアやストリーミングによって日本のアーティストの楽曲が海外でバイラルヒットとなる事例も増えています。この点についてはどのような手応えを感じていますか?

ジェレミー:今日も先ほどアーティストとのミーティングがあったところですが、グローバルチャートにランクインしたことをとても喜んでいました。まさに、ストリーミングサービスの恩恵と言えるでしょう。音楽との出会い方は人それぞれです。Spotifyのようなストリーミングプラットフォームやソーシャルメディア、もしくは、例えば映画を通して発見する人もいるでしょう。音楽との出会いの場は大きく開かれているのです。今日お会いしたアーティストは、これらのツールやタッチポイントを利用しながらリスナーを広げています。アーティストは、Spotifyを利用することで自分たちのファンが多くいる場所を把握することができます。こうしたデータからブレイクする可能性がある国を特定することができる。私は、アメリカにいる若者が日本の音楽をストリーミングで聴いたり、日本のアーティストがリスナーの多い国を特定して海外ツアーを組める時代が訪れたことを素晴らしく思っています。




〈海外で最も再生された国内のアーティストの楽曲〉ランキングをまとめたプレイリスト。藤井 風「死ぬのがいいわ」が2年連続1位

―日本の業界が海外へ音楽カルチャーを発信していくために、また日本のアーティストやクリエイターがさらにビジネスチャンスを最大化するために、Spotifyのようなプラットフォームをどのように活用すれば良いでしょう?

ジェレミー:音楽の美学の1つは、成功への決まった解がないことだと思っています。もし正解があったなら、この世界はつまらないものになってしまいますから。私たちがアーティストやファンのためにできることは、お互いをつなぐ場所を提供することであり、これを実現するための様々なツールをできるだけ多く提供することです。例えば、アルバムリリースまでのカウントダウンページや、ビデオのフォーマットのクリップ、アーティストが自身の曲をたくさん聴いてくれたトップリスナーたちに特別な機会を提供できる「Fans First」(※)が挙げられます。アーティストがファンとつながり、その結びつきを深められる機会を提供することこそ、私たちが目指すゴールなのです。

※「Fans First」:お気に入りアーティストの音楽をSpotifyで熱心に聴いているリスナーに対して、そのアーティストに関連する付加価値の高い体験(チケット先行購入など)を優先的に案内するプログラム

―それらを活用するために、どのようなことが重要になってくるのでしょう?

ジェレミー:日本のマーケットがSpotifyと一緒にさらに成長していくために重要だと思うことをお伝えします。まず1つ目は、あらゆる楽曲をSpotifyで配信することです。アーティストの意向を尊重すべきですが、私たちは、Spotifyに楽曲をアップすることはベストな選択だと信じています。2つ目は、我々の日本の音楽担当チームと連携し、Spotify上で利用できるツールなどを最大限に活用することです。Spotifyは日本でも時間をかけて、音楽の文化背景や歴史、トレンド、アーティストの事情に精通した地場のチームを作り上げてきました。日本のローカルチームはグローバルチームとも密に連携しています。国内でリスナーを広げるだけでなく、世界へ音楽を発信するためのベストパートナーになるでしょう。

グスタフ:各マーケットの事情に精通したローカルチームとグローバル規模での事業展開、この相反する2つの要素がSpotifyをより特別な存在にしていると考えています。私たちは長年にわたってSpotifyのプラットフォームを観察してきました。私が入社した11年前のSpotifyを少し紹介すると、当時はユーザーが能動的に聴きたい音楽を検索することが主流でした。つまり、ユーザーには検索したいアーティストの名前が頭に浮かんでいる必要があったのです。当時はアーティストに向けたツールも限られており、ユーザーの聴取履歴などは把握できたものの、それをアーティストに対して開示できていませんでした。この10年間で、Spotifyは計り知れない進化を遂げました。私たちは、音楽に精通したエディターによる公式プレイリストや、最新の機械学習によって一人ひとりのユーザーにパーソナライズされたプレイリストなど、豊富な音楽コンテンツを用意しています。熱心な音楽ファンにも、ライトなオーディエンスにとっても十分に楽しんでいただけるはずです。

―ユーザー数や利益の拡大といった市場ポテンシャル以外に、Spotifyが日本市場に注目や期待していることがあれば、教えていただけますか?

グスタフ:日本は世界2位の規模を誇る音楽市場であり、日本の消費者はファンダムや音楽収益に大いに貢献しています。その一方で、日本の音楽は海外市場においてまだまだ存在感を示せていないと思っています。ファッション、アニメ、食文化などは圧倒的な認知度を誇り、世界から愛されている日本は、音楽でも同様であるべきです。私たちは、日本の音楽を世界に広めるために全力を尽くしたいと思っており、私の日本のチームに対し、これに貢献することを期待しています。


最新アニメシーンの話題曲をまとめたプレイリスト〈Anime Now〉は海外リスナーからも人気

―2023年は〈Gacha Pop〉が海外のオーディエンス向けに作られたプレイリストでありながら日本国内でも話題になりました。海外にルーツを持つお二人には、どのように映っていますか?

ジェレミー:日本カルチャーのファンにとって、日本の音楽との出会いのきっかけとなるプレイリストだと思います。〈Gacha Pop〉を通して、今まで知らなかった音楽を発見し、アーティストとの素敵な出会いを提供できたなら、私たちは役目を果たすことができたと思います。

グスタフ:〈Gacha Pop〉と似たような展開は、他の地域でも見られます。例えば、〈K-Pop ON!〉はSpotifyにおいてK-POPのフラッグシップ・プレイリストであり、韓国の国内だけでなく、国外でも非常に人気です。ナイジェリアと南アフリカのチームによって編集された〈African Heat〉や、ラテンミュージックのプレイリスト〈Viva Latino〉も私たちの主要なプレイリストの1つであり、世界中に多くのリスナーがいます。このようなプレイリストは、新たなコミュニティを生み出すとともに、アーティストにブレイクの機会を与えてくれています。日本のフラッグシップ・プレイリストにもこうした役割を大いに期待しており、世界中のオーディエンスに日本の音楽との素晴らしい出会いを提供することを期待しています。


 
 
 
 

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