ミシェル・ンデゲオチェロの創作論 ジャズとSF、黒人奴隷の記憶をつなぐ「自分だけの神話」

 
最先端テクノロジーとスピリチュアルな物語

―次は「Virgo」のサウンド面ですが、この曲は中間部分を挟んでかなりサウンドが変わりますよね。ドラムのテクスチャーやリズムパターンが変わることで、ムードも大きく変化していく。サウンドと歌詞、この曲が描いているストーリーの関係について聞かせてもらえますか?

ミシェル:「Virgo」には3つのセクションがあって、最初のビートはクリス・ブルース、2つ目のビートはエイブ・ラウンズ、3つ目のビートはディーントニ・パークスが担当してくれている。各セクションで大きな変化が起こっているのは、それぞれのドラマーたちの力によるもの。最初のバートのドラムは、実はギタリストのクリス・ブルースによって書かれたもので、そのまま彼がプレイした。うまく説明できないけど、ライブで見るとわかるように、とにかくドラマーが持っているコントロールの力ってすごいの(笑)。クリスは西アフリカの音楽が大好きだから、最初の3分でリスナーはそれを感じると思う。

そして2つ目は、マスター・パーカッショニストのエイブ。彼が作り上げた、最初の3分からガラッと雰囲気を変えてくれるあのフィーリングは本当に素晴らしい。彼に影響されて、私もベースラインを変えたくなって、曲がもっと変化するの。

そして終盤にかけて、ディーントニがさらにマジックを生み出してくれる。その上からジュリアス(・ロドリゲス)が即興を乗せ、何が起こっているか頭のどこかではわかっているけど同時にすごくトリッキーなリズムが作り出される。シンプルに聴こえるけどかなり複雑で、あのパートはディーントニ以外にプレイできる人がまだ見つかっていない。それくらい特徴的なフィーリングが作り出されるということ。

私はこの曲で、そこまでの変化をもたらすことができるそれぞれの力を見せたかった。ビートを身体で感じることができるほどの電波を作り出すことができると示したかったから。ヒップホップやトラップ、ジャズにおいて、パーカッションという基盤がどれだけその空間のエナジーを、全てのフィーリング変化させることができるかを人々は十分に理解していないと思う。その力は、とてつもなくパワフルなのにね。


エイブ・ラウンズ(Dr)は2月のミシェル来日公演にも参加予定。写真は2022年11月にビルボードライブ東京で開催されたピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ来日公演より(Photo by Masanori Naruse)


エイブ・ラウンズ、ディーントニ・パークス(Dr)、クリス・ブルース(Ba)が参加したパフォーマンス映像

―この曲は「アフリカから運ばれてきた奴隷が船から落とされる」光景を奴隷側の視点から描いていると資料に書いてありました。曲の前半では「人間が海に落とされる生々しい音」、後半では「落とされた奴隷たちが天国もしくは宇宙に上っていくようなファンタジックな音」を感じましたが、その読みについてはどう思いますか?

ミシェル:それは確実にあると思う。あと、ビル・ブライソン(ノンフィクション作家)の本は知ってる? 私は彼の著作が大好きなんだけど、彼が残している言葉に、「あなたが死ぬ時、基本的にあなたの原子は分散して他のものになる」というのがあって、それは解剖学的に言うと、人は分解され、その原子が私たちを作っているという意味なの。分解され、星屑や木々になり、私たちと私たちの世界を作り出す基になっている、と彼は言っている。私は、そっちの方が天国と地獄よりもずっと面白いと思った。

最初は、あなたが言ったように海のことをイメージした。私は海での死を想像した。「それってどんな感じなんだろう?」って。肺が水でいっぱいになるってどんな感じなのかなんて、生きている私たちにはわからない。そんな感じで、最初は海のことを考えていた。エイブのパートでは、彼がいかに彼の先祖代々の遺産に忠実かが伝わってくるでしょ? 彼はフィジー出身で、彼の先祖はキャプテン・クックの船に乗せられていた奴隷だった。そこで、彼の曽、曽、曽祖父は(海に)食べられそうになったんだけど、彼は逃げ出した。あのパートでは海から逃げ出し、陸を見つけてそこに上陸するような場面が表現されていると思う。(魚の)ヒレから足に変わっていくような感覚。そして、次のディーントニのパートでは、まさに星の間で起こっていることが表現されている。彼は大学で「テクノセルフ」と呼ばれるものを教えている。ディーントニは人間のドラムと機械のドラムをどう融合させるかを研究しているから。

「Virgo 3」でのマーク・ジュリアナとオリヴァー・レイクのバージョンでは、彼らは存在しない時間のようなものを作り出していると思う。恒星でもなく、地球でもない、完全に行き場のない時間。すごく特別に感じるし、私にとっては、もう一つの肉体のように感じられるのよね。第三の身体というか。彼らは、あの曲で別の次元を作り出しているように感じる。


『人類が知っていることすべての短い歴史』(ビル・ブライソン著、新潮社)


ディーントニ・パークスによる人力+機械の融合パフォーマンス

―「Virgo」を何度も聴いていたら、あるときパッとさっき言ったような画が浮かんだんです。でも、僕が思っているよりもずっと豊かで深い情景の曲だったんですね。

ミシェル:それがイメージと音楽の力の違いだから。本を読んだり、映像中心のものを見たりするのとは違って、音楽は自分自身でイメージを作り上げることができる。私はとても聴覚的な人間。だから、音でも視覚的なコミュニケーションができるということをみんなに伝えたいと思ってる。私の場合、音を提供すれば、伝えたいものを絵にする必要はない。

今、(Zoomの)チャットにビデオを貼ったから見てみて。クリス・シーリとコーリー・ウォン、ルイス・ケイトと一緒に「Virgo」を演奏したんだけど、全く違う作品に感じられるから。それこそが、私が持っているアイディア。他の人がプレイした時に、それが彼らのものになるような曲を私は作りたい。(私の曲を)自己表現のためのツールにしてほしいから。


「Virgo」を演奏するのは1:24:20〜

― 「Virgo」ではブランディー・ヤンガーがハープを弾いています。ここでのハープの役割を聞かせてください。

ミシェル:私のお気に入りのレコードの一つはスティーヴィー・ワンダーの『Rocket Love』。彼の作品のアレンジャーを担当した今は亡きポール・ライザーは、私の2枚目のアルバム(1996年作『Peace Beyond Passion』)でもアレンジを担当してくれた。有名ではないけれど、テンプテーションやスティービー・ワンダーの例があるように、R&Bではハープはそこそこ知られていた楽器だった。ハープってすごくマジカルな楽器だと思う。私はアリス・コルトレーンが大好きで、彼女はスピリチュアルなガイドのような使い方であの楽器が持つパワーを私たちに見せてくれている。

そして私は、ブランディー・ヤンガーの大ファンでもある。彼女は最高のミュージシャンだと思うし、彼女とはぜひノース・シー・ジャズ・フェスティバルでプレイしてみたい。だって彼女は、唯一無二の即興ミュージシャンだから。そして彼女も、その空間のムードを変えることができるミュージシャンであり、本当に魅力的な雰囲気を作り出してくれる。だから私は彼女を選んだ。

Translated by Miho Haraguchi

 
 
 
 

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