ミシェル・ンデゲオチェロの創作論 ジャズとSF、黒人奴隷の記憶をつなぐ「自分だけの神話」

 
音楽がもたらす「新たな次元」

―もうひとつ気になる曲があります。それは「The 5th Dimension」なんですが、まずはこの曲のコンセプトについて聞かせてください。

ミシェル:これは元々、ジェイク・シャーマンとエイブ・ラウンズが書いた曲。それを聴いた時、私はこの曲には何かマジカルなものがあると感じた。彼らは二人とも20代。私は20代じゃないから彼らが歌っていることに完全には共感できないかもしれないけど、何か通じるものがあって、違う表現の仕方であの曲を歌いたいと思った。



ジェイク・シャーマン(動画の右側)とエイブ・ラウンズは「Jake and Abe」としても活動

ミシェル:その後、クエストラヴの映画『サマー・オブ・ソウル』を観ながら、フィフス・ディメンション(The 5th Dimension)を初めて観たとき度肝を抜かれたのを思い出した。その流れで、私が見たのが『ヘアー』。当時、私はまだ子供で、あの作品を見た経験は自分の人生を変えたと思う。私はそこからミュージカルやシアターにハマり始めた。人々が一緒になって歌っている姿がすごく気に入ったから。

そして、コロナが終わってみんなでスタジオに再び集まった時、私はあの(『ヘアー』を観た)時に感じたものを思い出した。グループの絆のようなものをより強く感じたし、自分がいかにエイブやジャスティン・ヒックスと歌うことが好きかを再確認した。だから、私たちをまとめるにはマルチボーカルが必要不可欠だと思った。それに加えて、私はブライアン・イーノの大ファンでもある。彼もクワイアが大好きなことで知られているけど、声を合わせるというのは、ソロで歌うのとは全然違って、作品に新たな次元をもたらすと私は思う。



フィフス・ディメンションが1969年に発表したシングル『Aquarius / Let the Sunshine In』は、1967年初演のロック・ミュージカル『ヘアー』の最初と最後の曲のメドレー

―なるほど。

ミシェル:話が長くなったけど、まず私が彼らの曲を借りて、言葉を変えて出来上がったのがこの曲。私がこの曲で歌っているのは、自分自身に対する謙虚な愛を見つけることについて。それがジェイクとエイブがこの曲で言おうとしていることだと感じたから。エイブの一番好きなところは、彼は私よりも30歳も年下なのに、私と同じくらい音楽経験があるところ。彼は6歳から演奏しているから、もう30年近く演奏経験があって、私なんかよりも70年代や60年代、50年代の音楽に詳くて、知識が豊富。彼の音楽も、言葉で説明できないくらい素晴らしい。そしてエイブは、私が大好きなドラマーの一人、ピーター・アースキンとも一緒にプレイしてる。彼のことは、私が14歳か15歳の時にウェザー・リポートのライブで観たんだけど、それも私の人生を変えた経験の一つだった。この曲で私たちがサンバ・ビートっぽい要素を入れているのは、ピーター・アースキンへの尊敬の念を示したかったから。

「The 5th Dimension」は、私を変えてくれた全ての音楽への感謝の曲でもある。ジェイクもそうだし、フィフス・ディメンション、ピーター・アースキン、ウェザー・リポートもそう。そして、今回のレコードをプロデュースし、アルトもプレイしてくれているジョシュ・ジョンソンも。

それから、この宇宙で最も偉大な作曲家の一人、ウェイン・ショーターもその一人。この曲は、もう一つの「Virgo」みたいなもの。正直サックスに関しては、他にも多くの素晴らしい奏者がいると思う。でも作曲家として、あんなに素晴らしいメロディとリズムを書くことができる人は他にいない。あの曲で、私はそのスピリットを作り出そうとしている。リスナーをどこかに連れて行ってくれるような「5次元」をね。あの曲を何度かライブで演奏したんだけど、自分の身体を抜け出したような感覚になった夜が実際何度かあったの。あのグループボーカルの部分に入った瞬間にそれを感じた。私たちはこの曲で、そういう空間を感じることができるフィーリングを作り出そうとしている。



―『サマー・オブ・ソウル』の感想を、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?

ミシェル:あれは絶対に見た方がいい。あの作品は全ての人のためにある作品。みんなが見たことのない世界のあらゆる場所で行われたショーのアーカイブが詰まっている。その中でも私がベストだと思ったのは、スライ・ストーンとフィフス・ディメンションのショー。彼らはボロボロの古いサウンドシステムでプレイしているんだけど、あれを見れば、マシンやループ、ボーカルピッチングがなくても素晴らしい演奏をすることができるとわかる。ただただ、本当に素晴らしい作品だからぜひチェックしてほしい。スティーヴィー・ワンダーやマックス・ローチも出てくるしね。





―『サマー・オブ・ソウル』のフィフス・ディメンション出演シーンは僕も感動的だと思いましたが、あなたはどういうところに感動したんですか?

ミシェル:グループボーカルの素晴らしさ。私のバージョンでも、私、ジャスティン、ジェイド(・ヒックス)、ケニータ(・R・ミラー)、エイブが一緒に歌っているけど、それが合わさり、まるで一つの完成した声のように聴こえるはず。どの声が私で、どの声がジャスティンかなんてわからない。それくらいみんなの声が一つにまとまっている。「Hole In The Bucket」も同じ。色々なアイディアを形にできるのは、やはり人間ならではだと思う。

『サマー・オブ・ソウル』からもそれを感じた。スライ・ストーンのバンドだって一人一人の人間が集まって出来たものだし、それが機能しているのは、彼らが見事にシンクロして一緒に演奏しているから。彼ら一人一人が、それぞれに役割を果たしている。その光景は私に謙虚さの力について教えてくれた。たくさんの名手が揃っているのももちろんすごいけれど、最高のバンドというものは、一人一人が自分の役割をきちんと把握しているんだと思った。音楽作りも同じ。みんなが見事にまとまっていれば、リスナーは自分の注意を分ける必要がなくなるでしょ? 注意散漫にならず、バンド全体の音楽を聴くことができる。あなたがローリング・ストーンズを好きかはわからないけど、ローリング・ストーンズがグループとしてあんなに素晴らしく機能しているのは、それぞれが機械のようにうまく組み合わさって動いているからだと思う。誰もが自分のパートがどのように機能するかを正確に理解していて、説明のつかない完全な一つの大きなイメージを作り出している。ジェームス・ブラウンのバンドだってそうだし、10人を超えるメンバーがいるバンドはみんなそう。あんな大人数でも上手くいくのは、全員が謙虚だから。謙虚でいれるってすごく貴重なこと。私も昔は嫌な奴だった(笑)。西洋社会って、ある意味で人間をアグレッシブにしようとするから。でも私は、謙虚でいることがいかに音楽に影響するかを今、まさに学んでいるところだと思う。

―『ヘアー』に関してはどんなところに惹かれたんですか?

ミシェル:あのミュージカルはすごく複雑で、人種や階級、自由というアイディアをテーマにしている。でも、それは後知恵に過ぎないから、この質問にちゃんと答えるためにはもう一度あの作品を観てみる必要があると思う。私はまず映画版(1979年公開)を観て、そのあとにブロードウェイ版を見たんだけど、私はブロードウェイ版の方に感動したから。その理由はこれまで話してきた内容と同じで、アンサンブルキャストによる物語だったから。そしてそれは、またギリシャ神話や全てのエンターテインメントの話に繋がってくる。その全てが、オーディエンスがいて、プレイヤーたちがいて、支配や政治が絡み、オーディエンスが自分自身を重ね合わせることができるような物語を語ろうとしているでしょ? 私が『ヘアー』から得たものは、私たちはみな、自分自身でありたい、時代精神に支配されることなく自由でありたいと願っているということ。この世はたくさんの時代精神で溢れているから。

『Lo And Behold(LO: インターネットの始まり)』っていうドキュメンタリーは観た? ヴェルナー・ヘルツォークの監督作。『ヘアー』では、自由というのは、自分の好きな格好をするとか、好きな愛し方をするとか、自分がしたいことができるとか、そういう種類のものだった。でも『Lo And Behold』を見たあと、私は『ヘアー』のそれが時代遅れの自由だということが理解できた。そういう自由は今や詐欺で、維持できるものじゃない(笑)。だから今、私はそういった自由よりも、事実に基づいた知識へアクセスする方法を探すようになった。事実に基づいた知識こそが、今の私が抱いている疑問に答えてくれる。自由よりも、私はそっちの方に興味を持っている。だからこそ、5次元のような空間を求めているの。それは私の心の中に存在するものだし、事実に基づいた情報を持つ空間だから。

私は、できるだけ音楽をたくさん作ろうとしている。今、子供たちの面倒を見る必要がない時は、常に音楽制作に時間を費やしている。その理由は、音楽を作っている時間は、自由からは得られないような集中力を得ることができて落ち着くから。自由って、自分をオンラインにさせたり、お酒を飲ませたり、ドラッグをやらせたりもするでしょ?(笑)でも私は、そうじゃない他のものを見つけようとしているから。




―先ほど曲名が挙がった「Hole In The Bucket」は、ハリー・ベラフォンテとオデッタも歌っていた民謡を参照していますよね?

ミシェル:ジャスティン・ヒックスがその民謡をアレンジして、私たちで少し言葉を変えて、それから私がサウンドを加えた。このアイディアはジャスティンから生まれたもので私はあまり語りたくないから、レコーディングのことと、この曲から私が感じることについて話をさせてほしい。この曲を聴くと、私は哀愁を感じる時もあるし、外に出て戦う準備ができたような気分にもなる。だからきっと、自分がその時どんな感情を抱いているかで伝わってくることが変わるんだと思う。

サウンドに関しては、彼があの息の音を作って、彼の身体を叩いてサウンドを作っているんだけど、それをそのままレコーディングした。彼が身体を叩く音と彼の呼吸をレコーディングして3つくらいループを作ったところから始まったから、私はあの曲を人間味のあるサウンドに仕上げたかった。特に、私たちは普段たくさんコンピューターや機械を使って音楽を作っているから。でも、ジャスティンにはそれを使わなくても素晴らしい音楽を作る才能がある。彼と私は今、彼のアルバム制作の作業をしているところで、そこでも彼はそれを証明してくれている。彼も私たちと一緒に日本に来るんだけど、3曲は彼一人で演奏してもらう予定。彼って、それくらい電子機器なしで素晴らしい演奏ができる人だから。『三体』に通じるものがあると思う。キャビネットに閉じ込められたときに、できることは本を読んだり数学の練習をすることだけ。私がジャスティンと一緒に過ごす時間はそれと似ていて、ジャスティンと一緒に座っていたら、楽器もコンピューターも使わずに何かを作り出すことができる。それは、今回のレコード全体の原動力でもあったと思う。私はアルバムの曲をコロナ禍に書いたんだけど、その期間、私はコンピューターを使いたくはなかった。スクリーンを見てそこから得るものではなく、自分自身の頭と心の声を聴いて、それを元に音楽が作りたかった。

長くなったけど、とにかく、「Hole In The Bucket」はジャスティンの身体で作られた曲。ハリー・ベラフォンテなら、この曲は昔の奴隷の歌、労働の歌だと言うでしょうね。でも私たちにとっては、誰が歌うかによって込められている想いも変わり、様々な意味を持つようになる曲。表現者のエネルギーの意図によって放たれるもの変わる。私自身はこの曲を聴いて、時々悲しくなる。なぜなら、彼は紙切れが私の望みを叶えてくれないと言っているから。それは私にとってとても奥深いこと。そして私は、アメリカの有色人種として、優しさを法制化することはできないということ、人々が思慮深くあることを法律で規定することはできないことも学んできた。だから、この曲を聴くと悲しくなる。でも時には、さっきも言ったように、ただ世界に挑んで、愛に溢れたいと思う時もある。つまり、自分の心の状態によって感じることは変わるということで、この曲がどういった内容なのかを限定して説明することは出来ない。ただプロダクションとしては、私が望んでいるのは、「彼らが身体から発する声のハーモニーに耳を傾けてほしい」ということ。そして自身の身体を使って何かを表現しようとしているジャスティンに耳を傾けてほしい。それこそが贈り物であり、それこそが富だから。




ミシェルの右隣がジャスティン・ヒックス

―このアルバムに収録された曲の歌詞に共通していることってあると思いますか?

ミシェル:きっとあるとは思う。でもそれは、リスナーの解釈によると思う。それこそが音楽の素晴らしさだから。みんながそれぞれ、自分が思うように解釈することができる。そしてネットで、自分以外の人がどんな解釈をしているのかたくさんの情報を見つけて、それについて考えることもできる。私はみんなに、それぞれ自由に内容を解釈してほしい。私たちが作ったものを、好きに広げていって欲しい。

昔、私の「Outside Your Door」という曲があって(1993年)、ブライアン・マックナイトがその一部を(無断で)使って彼の曲を作ったことがあった(1997年の「Anytime」)。そして人々は私に「なぜ彼を訴えないの?」と言ってきた。でも私にとって、それは言葉に出来ない精神的なもの。私自身も、常に新しいアイディアを思いつくけど、それは心の中で聴こえてくる音楽が元になっている。太陽の下にあるもので、新しいものは何一つないと私は思う。




ミシェル:私も、カーティス・メイフィールドのアイディアを受け継いで音楽を作ったり、ドロシー・アシュビーやジェームズ・ブラウンのレガシーを受け継ぎたいと思ってるし、彼らが残した原子を使って、他のものを作っている。私は多くの伝統の一部に過ぎず、先祖を振り返り、それを私の手で未来に繋げているだけ。これから完成するジャスティンのレコードも、エイブのレコードも、これから私がプロデュースする予定のイマニュエル・ウィルキンスの作品も、全てこれまで存在してきた素晴らしいアーティストたちのレガシーを元に作られている。例えばイマニュエル・ウィルキンスの作品からは、ウェイン・ショーターやモーツァルトの作曲、ゴスペルやクラシック音楽の教育法といった要素が昇華しているのが感じられるはず。私たちはみな、互いの存在の上に成り立っている……あ、サウンドチェックがあるからもう行かなきゃ。

―ギリギリまでありがとうございました。

ミシェル:こちらこそありがとう。また2月に会いましょうね!

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ミシェル・ンデゲオチェロ来日公演
2月12日(月・祝)、13日(火):東京・ビルボードライブ東京
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2月15日(木):大阪・ビルボードライブ大阪
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ミシェル・ンデゲオチェロ
『The Omnichord Real Book』
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Translated by Miho Haraguchi

 
 
 
 

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