ビリー・ジョエル来日公演を総括 16年待ち続けた日本のファンへの「堪らないプレゼント」

溢れ出るサービス精神、マニアへの目配り

「イノセント・マン」を始める前には、「僕はミック・ジャガーじゃない」と前置きしてから、ローリング・ストーンズの「スタート・ミー・アップ」をやるという、本国ではお約束のコーナーに。微妙に似ているミックのものまねも楽しい。そして始まった「イノセント・マン」は、「この曲を歌うには髪の毛がいるね」「僕はハイトーン(ボーカルの高音域)にさよならしてしまった」と笑わせてから、意外なことに歌い始めるとしっかりハイトーンが出る、という演出も最高だった。映像チームもいい仕事をしていて、トライアングルが際立つ部分で手元がアップになるなど、音楽的な表現の面白さをわかりやすく伝えようという工夫が感じられた。

トーケンズ「ライオンは寝ている」のカバーで肩慣らししてから始まった「ロンゲスト・タイム」ではドゥーワップ愛が爆発。『イノセント・マン』(1983年)のスタジオ・バージョンの雰囲気を損ねることなく、ハーモニーをきっちり届けていく。かと思うと、一旦ベートーヴェン「交響曲第7番第2楽章」のピアノ独奏を挟んで場の空気が急変。そこからラテン風味の軽快な「ドント・アスク・ミー・ホワイ」へとなだれ込んで行った。気まぐれと言えばあまりにも気まぐれだが、そんな風にどんどん異ジャンルへとジャンプしていく楽しみもまた、誰よりも折衷的で胃袋がデカいシンガー・ソングライターのビリーならではだ。


Photo by Masanori Doi

家族と離れてヨーロッパへ渡ってしまった父への複雑な想いがにじむ名曲「ウィーン」でしんみりさせてから、また雰囲気が一変してファンキーなリズムが強調された「キーピン・ザ・フェイス」へ。短絡的に“過去のポップスへのオマージュ作”と紹介されがちな『イノセント・マン』のラストに置かれていたこの曲は、過去と決別して未来へ向かって行こうと告げる重要な1曲だった。つまり同作を締め括る重要な“オチ”の曲で、これをライブの中盤に聴くと気分が引き締まる。日本公演にこの曲を選んだのは、ビリーを撮影し続けている写真家、阿久津知宏氏へのウインクだったのかも……彼のブログのタイトルが“Keeping The Faith”なのだ。

映像を使用した演出は過去最高に効いていたと思う。アニメーションを使った「アレンタウン」は曲の背景を伝える意味で効果てきめん。「ニューヨークの想い」でスクリーンいっぱいに映し出された当地の夜景も、聴き手をドラマの中にどっぷり浸らせてくれる。演奏だけでも十二分に魅力的なのだが、そのレベルより上を行こうとするサービス精神が前面に出ていた。


レア曲の連打も止まらない。「オネスティ」と並んで海外ではほとんどやらない曲、「ストレンジャー」のイントロが始まると、場内の興奮は最高潮に。事前に入手した当日のセットリストでは、この後アップテンポの「レイナ」が予定されていたのだが、ここでまったく予想外の「さよならハリウッド」が歌われたのは結果的に正解だったと思う。日本のライブでほとんど演奏されたことがない超レア曲をいきなり繰り出してくれる、この読めなさよ! マニアへの目配りも忘れていない人なのだ、ビリーという人は。


セットリスト全体を見渡してみると、ニュー・ウェイヴに刺激を受けたロックンロール路線のアルバム『グラス・ハウス』(1980年)の曲が結構多く、4曲を演奏。最多は『ストレンジャー』(1977年)で5曲だが、『イノセント・マン』『ニューヨーク52番街』と同じ曲数を『グラス・ハウス』から選んでくれたのは何とも嬉しい。リリース当時は批評家筋から酷評された『グラス・ハウス』だが、ビリー流パワーポップと言い切りたい「真夜中のラブコール」のエッジと疾走感は、やはりあの時期ならではの魅力だった。

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