マネキン・プッシーが語る新時代のハードコア、アウトサイダーを鼓舞する怒りと祝福の音楽

音楽を通じて解放する「怒り」

―「I Got Heaven」はタイトル・トラックということもありアルバムの核になる楽曲だと思いますし、歌詞の「I Got Heaven inside of Me」はキーになるフレーズだと感じます。ここで言う「heaven」とはどういったものを象徴しているのでしょうか?

MD:わたしにとって「heaven」が象徴するのは……パーソナルな自由かな。「heaven」とは自分がどう生きたいのか、どんな人生にしたいのか、自分で決める機会を持つこと。「heaven」とは真の意味で自分らしくいられる自由があって、アートを作るスペースがあること。「heaven」とはわたしたちみんながすでに住んでいて、わたしたちに必要になりうるものをすべて与えてくれる美しい場所。……というのも、わたしは死後の世界にだけ役立つものが天国だっていう考え方にかねてから疑問を持っているんだよね。そういう考えには異議を申し立てる。現世で与えられている機会の方がはるかにパワフルだから。いま起こっていることがわたしたちひとりひとりを繋いでくれるものだしね。地球や、地球に存在するあらゆる自然の美しさがなければ、天国もないと思う。



―「Of Her」は母親の世代の犠牲をテーマとしたものだそうですが、このようなアグレッシヴな曲となったのはどうしてでしょうか?

MD:そうね……犠牲そのものにアグレッシヴさが宿っているような気がする。自分の何かを犠牲にするということは、心のなかにあるより大きな目標のために、自分の一部を積極的に(aggressively)切り落とすということだから(訳注:aggressiveには「攻撃的」の他に「積極的」という意味がある)。何かを達成するためには何かを置き去りにしなければならないということ。そして女性はたいていの場合、周りのひとたちの繁栄のために、犠牲を払うことを期待されてきたと思う。

―なるほど。

MD:だから妻や母親になった女性は犠牲を払うことを期待される。たとえば夫がキャリアで早く出世するように、彼がキャリアに集中できるように、妻がいろいろなものをケアする。母親は子どもたちの発達のために自分の欲望を犠牲にすることを期待される。一般論として、男性ならありえないような、本当にたくさんのことを期待される。わたしがいままでの人生のなかで達成することができたものは、わたしの母、祖母、曾祖母が払ってくれた犠牲の上に成り立っている。自由で情熱的な人生を求めることは、彼女たちの時代にはいまほど選択肢として存在しなかったかもしれない。

―この曲はご先祖たちへの感謝を伝える面もあるのでしょうか。

MD:ええ、もちろん! 母をはじめ、先祖たちにありがとうと伝えているんだ。文化的に求められる期待の変遷について自分が認識していること、彼女たちが払ってくれた犠牲に心から感謝していること。自分の家系に敬意を表したいというのもある。わたしだけじゃなくて、メンバー4人全員の家系に対してね。メンバーの先祖たちもそれぞれ犠牲を払ってくれているから。もっと言えば、たとえばベーシストのベアは黒人男性だけど、彼の先祖は奴隷だったわけじゃない? いまの彼は自由な黒人男性として生きているけれど、アメリカには人種差別の制約もまだあって、それが彼らを自由から隔てている面もある。でもわたしたち4人は深いところで自由と関係を持つことができているんだ。



―マネキン・プッシーの音楽は、複雑な感情が表現されていることが魅力だと思います。いま話してくださったようにパーソナルだったりデリケートだったりするものもありますが、それらを恐れることなく表現してくれていることが好きです。曲に表現される感情は、バンド内でどのようにシェアされるのでしょうか?

MD:メンバー同士のコミュニケーションは絶えず続いていると思う。8年、10年とお互いを知ってきたからこそ、コミュニケーションを日常のものにできている。お互いがよりよいコミュニケーターになることを学んできたのよ。このバンドを始めたころわたしたちはまだ20代で、コミュニケーションがうまくなかったし、互いに向き合うことも苦手だったし、自分たちのニーズや望みを表現することもうまくなかったし、ひとの話を聴くこともできていなかった。過去にコミュニケーションでいろいろ失敗してきて、ひとの話を聴いてコミュニケートする本当の方法を学んだんだ。

―いまはそうすると、バンド内の雰囲気もいい状態なんですね。より心を開きやすくなったといいますか。ときに、マネキン・プッシーの音楽には様々な感情がこめられていますが、そのなかの重要なもののひとつに怒りの解放があると思います。あなたがいま、もっとも怒りを覚えるのはどのようなことですか?

MD:(面食らったような表情)

―……壮大な質問ではありますが(笑)。

M:ええ、壮大な質問だね(笑)。全然違うことが30くらいリストになって頭に浮かんでくる。そうだね……わたしがもっとも怒りを覚えるのは……アメリカの政治や政府の現状だね。軍産複合体制(military-industrial complex)や資本主義への熱狂的な忠誠の利益にあずかれるのはいつでもごくわずかの人びとばかり。何百万人ものひとたちを差し置いてね。しかもアメリカ国民だけじゃなくて、世界中に悪影響を与えている。アメリカ政府は国民の声を聴いてくれないし。選択肢があるという幻想を与えるだけのマシーンなんだよね。実際はそんなもの何もないのに。

―自由はあるけど、ある意味ないと。

M:本当の意味での選択はほんのわずかだね。


Photo by CJ Harvey

―いま政治の話が出てきましたが、歌うときに怒りを解放するというのは、カタルシスやヒーリングの一環になりますか。

M:ヒーリングのプロセスになっているのは間違いないね。本当に多くのひとたちが怒りを抱えて生きていて、それを自分の身体のなかに溜めておくことを余儀なくされている。よくショウで言っているんだけど、スクリームすることが社会的に受け容れられる場所ってないじゃない? そういう生々しい感情を表に出して、カタルシスや安心感を覚えるための場所をわたしたちが作っているんだ。わたしが毎日ベッドから這い出ることができて、何とか社会に適合できているのは、この生業があるからこそ。それまでは世界中にある邪悪なものに圧倒されてしまって、すごく鬱々としていたから。

―『I Got Heaven』はメロディックな曲とパンキッシュな曲が共存したアルバムなので、マリサさんのヴォーカルの多彩な魅力も堪能できる作品ですね。シンガーとして、リスペクトするひとやロールモデルだと思えるひとはいますか?

MD:自分の声にできることを模索できるのは楽しい。自分の声を使っていろんな感情を表現するというね。わたしは若い頃からヤー・ヤー・ヤーズのカレン・Oの大ファンでね。彼女も生々しくパワフルなやり方で、伝統的なロックンロールの曲でも、もっとソフトな曲でも、自分の声を使って感情を表現していると思う。素晴らしい形でね。

―マネキン・プッシー自体やニュー・アルバムに影響を与えた音楽は何になりそうですか。

MD:ニュー・アルバムには……ないかな。というのも、1年間くらい他の音楽に対してスイッチを切っていたから。わたしは映画をよく見ていた。ガス・ヴァン・サントやパク・チャヌクの映画とか。欲望や攻撃性を表現した映画や、祖先のリンクをたどるような映画とか。あと、メアリー・オリヴァーというアメリカの素晴らしい詩人の作品も読んだ。そんな感じで、音楽以外のクリエイティヴな作品に多く触れていたね。バンドとしては……メンバーそれぞれのテイストが全然違うから、それらがわたしたちの作る音楽に引っ張りこまれていると思う。同時に、全員が夢中になっているバンドもたくさんあるんだ。たとえばレディオヘッドやヤー・ヤー・ヤーズは全員大好き。それからストゥージズ……デイヴ・マシューズ・バンドも。何でも大好き(笑)。

Translated by Sachiko Yasue

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