ジャック・アントノフが語る「一皮剥けた」ブリーチャーズの今、テイラーやThe 1975との絆

Photo by Alex Lockett

テイラー・スウィフトやラナ・デル・レイからロードやThe 1975に至るまで、2010年代以降の最重要アーティストのプロデュースを多数手がけてきたのが、言わずと知れたジャック・アントノフ(Jack Antonoff)だ。先日のグラミーでは3年連続となる最優秀プロデューサー賞を受賞。まさにプロデューサーとして絶頂期にあるアントノフだが、自身のバンドであるブリーチャーズ(Bleachers)もいつになく好調であることは、通算4作目となる最新作『Bleachers』からひしひしと伝わってくる。

ブルース・スプリングスティーン風のロックンロール、80年代ポップ、そして現代的なシンセポップまでをひとまとめにしたような音楽性は2021年の前作『Take The Sadness Out of Saturday Night』を踏襲したもの。だが今回は、本人の言葉を借りれば「一皮剥けた」ように生き生きとして開かれたサウンドになっている。

詳しくは以下の対話に譲るが、これまでのブリーチャーズはアントノフが18歳のときに妹を亡くしたことの喪失感や悲しみと向き合い続けてきた。しかし今の彼はその消えない悲しみを抱えたまま、悲しみ以外の様々な感情のスペクトラムも表現できるように成長した。音楽的にも精神的にも「一皮剥けた」のである。

この変化を後押ししたのが、一昨年結婚した俳優のマーガレット・クアリーとの出会いやアントノフのアーティスト仲間たちとの絆。だからこそ、このアルバムにクアリーをはじめ、ラナ・デル・レイ、The 1975のマシュー・ヒーリー、セイント・ヴィンセントなど、「アントノフ・ファミリー」が多数参加しているのは感動的だ。

先日、ブリーチャーズはサマーソニックの第1弾ラインナップとして発表された。バンドとしてキャリア史上最高の充実期を迎えつつある彼らの姿を、この夏、ぜひ目撃してもらいたい。




―まずはグラミーの最優秀プロデューサー賞の受賞、おめでとうございます。3年連続での受賞は90年代のベイビーフェイス以来の快挙ですが、あなたは自分がプロデューサーとしてこのような華々しいキャリアを歩むようになることをどの程度想像していましたか?

アントノフ:まさかこの域にまで達するとは夢にも思っていなかったよ。プロデュースも曲を書くことも演奏することも、昔からずっと何よりも好きで、人生の大半はブリーチャーズでそれをやってきたわけだけど、最初の10年間は商業的成功とは縁がなかったわけだからね。

―いまではプロデューサーとして大活躍しているわけですが、ブリーチャーズの活動とのバランスを取るのが難しかったりしませんか?

アントノフ:それが不思議なくらい難しいことではないんだ。いつ何時も、自分が惹かれる、「やらずにはいられない」と思うことしかやらないから。作品作りにおいて、大事なのはそこだと思う。曲作りにしてもプロデュースにしても、自分の中から衝動のようなものを感じない限り、やるべきではないんだ。

―本当にやりたいことだけをやっていれば、多忙でも大変じゃないと。

アントノフ:朝起きてスタジオに来た時に、自分の作品用の曲を書きたいと思う時もあれば、他の誰かの作品用の曲を書きたいと思うことだってある。前もって決めて取り組むことは少なくて、なんとなくやっている感じなんだ。その日の気分で、「スタジオに来て、何か一緒に作らない?」って誰かに連絡して、その人の作品を一緒に作業することもあるし、自分向けの曲を作りたいと思ったらそうする。実際はそれだけのことなんだよ。


Photo by Alex Lockett

―プロデューサーとしてだけではなく、ブリーチャーズというバンドとしても好調であることは、ニューアルバムの『Bleachers』からも伝わってきます。特に前半はこれまでよりもアップテンポで開かれた曲が多いですね。あなたはこのアルバムをどのような作品にすることを目指していたんでしょうか?

アントノフ:今回は、音楽を作るようになってから初めて、悲しみ以外についての曲が書けると感じたんだ。18歳の時に妹の他界を経験してから、これまで書いてきた曲のほとんどはその経験にまつわるものだったんだけど。

―ええ、これまでのブリーチャーズのアルバムは、どれも13歳で病死した妹の死の悲しみを背負っていました。

アントノフ:ただそれも、決して過去に生きていたというわけじゃないんだよ。その経験について書き続けていただけで、年齢を重ねるごとに、違う視点で書いたり、悲しみと時間の経過の関係について書いたりしてきたから。でも今回は何か違ってね。バンドとこれまで一緒にやってきて培った絆の深さ、今の妻との出会い、プロデューサーとしてやってきたさまざまなコラボレーション……いろんな人との繋がりがどんどん深まっているのを改めて感じて、自分が今を生きていることを強く実感した。それで、過去のこと以外も語ることができると感じたんだよ。セルフタイトルにしたのも、それが理由なんだ。バンドの演奏がこれまでと比べて一皮剥けているのも同じ理由だね。

―今回のアルバムでも妹の死には向き合っていますが、以前と較べると違うテーマの曲が増え、前を向いて今を楽しむというニュアンスが強くなっているように感じました。

アントノフ:そうだね。悲しみや喪失感が消えることはない。自分の中で小さくなることは決してないけど、その分、自分の人生で起きる他のことが大きくなっていくんだ。そう思えるまでかかった年数を考えると驚かされるよ。遥か昔のことなのに、喪失感にも何段階かあってね。そもそも、曲を書いて、作品を作って、ライヴで演奏するという行為は、自分の心の深いところにある何かを表現するということなんだ。だから曲を書く時は、真実を伝えることしかできない。それを避けていたら曲を書くことはできないからね。

―だからこそ、あなたは妹の死の悲しみに向き合った曲を書き続けてきた。

アントノフ:やっぱり僕の中でその悲しみ自体が小さくなることはないんだけど、何年も時が経つと、他の感情もそこには存在していることに気づくんだ。その(悲しみ以外の)空間が大きくなる感じっていうか。

―なるほど。

アントノフ:例えるなら、自分の心が一つの街で、そこに少しずつ建物を建てているような感覚かな。自分がかつて凄く落ち込んだ時だったり、不安でいっぱいだった時に居た建物に立ち帰ることもできるし、他にも誰かをひたすら恋しいと思うことについての建物や、心を痛めたことについての建物、死についての建物もあるっていう。で、この1年は新しい建物も建てて、そこで時間を過ごすこともあったんだ。このアルバムでは、僕の中にあるその街をあっちこっち行き来している感じだね。悲しみはまだあるけど、美しくもあって、それ(自分の心の街にいろんな感情の建物があるということ)を知る唯一の手立ては時間なんだよ。



―先ほど自分の変化に影響を与えたもののひとつとして、一昨年結婚したマーガレット・クアリーとの出会いを挙げていましたが、「Me Before You」の歌詞を聴くと、彼女との出会いがあなたの考え方に与えた影響は本当に大きいのだなと感じます。

アントノフ:もちろん。彼女と出会ったという経験がきっかけで、まさに今話した、自分の心の中にまだ知らない100の建物があるんだってことに気付かされたんだ。自分の人生をわかったつもりでいたけど、そうじゃなくて、予想だにしなかったことが起こるんだ、と気付かされる経験というのが良くも悪くもあるよね。恋に落ちるといった素晴らしいことで、新しい世界が開けたんだったら幸せだ。でも逆に、悲劇的なことがきっかけで視野が広がることだって、悲しいけどある。

―あなたはまさにその両方を経験してきました。

アントノフ:僕たち人間というのは、変化が怖いから、知っている世界の中にとどまってしまう傾向がある。それでも、好むと好まざると、変化は起きる。だから、アーティストは一つのやり方に囚われることなく、変化を受け入れるのが大事だと思っているよ。例えば、アーティストは世界中を巡ってライヴをするなんて尋常じゃないことをやるわけだけど、それでも慣れれば、それが当たり前になって行く。飛行機移動やホテルに泊まることも、慣れればどうってことないんだよ。それなのに、僕たちは未知のものを恐れてしまうんだよね。

Translated by Yuriko Banno

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