ノラ・ジョーンズ語録で辿る音楽的変遷 共同制作者とともに刷新してきた「彼女らしさ」

ジャズと自分自身の探求

その反動もあったのだろう。6 thアルバム『Day Breaks』(2016年)でノラはギターを置き、全曲でピアノを弾いた。つまり久々のピアノ回帰作だった。そしてこの作品は、キャリアのなかでもっともジャズの色合いを濃く出したもの。デビュー作はジャズではなく“ジャジー”だったわけだが、ウェイン・ショーターやドクター・ロニー・スミスも参加したこちらは「すごく“ジャズ”であるように感じた」とノラ自身も言っている。

CDの表4には、プロデュースド・バイ・ノラ・ジョーンズ&イーライ・ウルフとあり、コ・プロデュースド・バイ・サラ・オダとある。イーライ・ウルフは『Feels like Home』以降のノラのアルバムに関わったブルーノートレコードのA&R。サラ・オダはハンサム・バンドでコーラスなどを担当したダルー・オダの姉で、ノラがニューヨークに移り住んだ頃からの親友。ノラの制作アシスタントとして働き、エル・マッドモー(2008年頃にノラとダルーとアンドリュー・ボーガーが遊びでやっていた覆面トリオ)のCDブックレットのレイアウトも手掛けていた。『Day Breaks』にはそのサラ・オダとノラの共作曲が3曲(「Burn」「Tragedy」「It's a Wonderful Time for Love」)、サラ・オダが単独で書いた曲も1曲(「Sleeping Wild」)収録されており、どれも非常に質が高い。とりわけ「Tragedy」は屈指の名曲だ。このアルバムに関して自分はインタビューする機会を持てなかったのだが、あるインタビュー記事で「サラとはそれまで時間のかかるプロセスを踏んだことがなかったので不安もあったけど、気心知れた友人だったし、何度かコラボしたこともあったので試してみたの」とノラは語っている。ただ、プロデューサーとしてクレジットされてはいるが、サラ・オダは制作時にそばにいた友人でありスタッフでもあり、イーライ・ウルフはブルーノートの社員A&R。つまりはふたりとも“中の人”であって、ノラの相談役、あるいは手伝いとしてそこにいたと考えるのがよさそうだ。要するにジャクワイア・キングやデンジャー・マウスのような関与の仕方ではないということで、この傑作は限りなくノラのセルフ・プロデュースに近いものだったと考えていいだろう。




『Day Breaks』から2年近く経った2018年6月、新曲「My Heart Is Full」が配信で届き、その際に#songofthemoment(ソング・オブ・ザ・モーメント)という言葉が添えられてもいた。レーベルの説明によれば、それは「なんのプレッシャーもジャンルの境界線も持たずに、ただクリエイティブな道に没頭して曲を作り上げる」というコンセプトまたはシリーズの名称のことで、要するにノラがなんの縛りもなく曲を作って、できたものから配信していくという制作及び発表方法を示す言葉だった。元よりコンセプチュアルなアルバム作りをあまり好まず、得意でもなかったノラにとって、アルバムを想定せずに曲を作って発表するやり方は性に合っていたのだろう。時代の変化もあり、このときからノラは曲ができたらどんどん配信するようになった。

『Begin Again』(2019年)は、そうして2018年6月から2019年頭にかけて1~2カ月おきに配信された7曲をまとめたミニアルバムだ。「ジャンルの境界線を持たずに」作った曲たちなので、ダークな曲あり、ソウルバラッドあり、オルタナティブ・カントリー風あり、初期を思わせるシンプルなピアノソングあり。プロデュースは、「My Heart Is Full」など2曲がトーマス・バートレット(オノ・ヨーコ、ザ・ナショナル、セイント・ヴィンセント、スフィアン・スティーヴンス)、「A Song with No Name」など2曲がウィルコのジェフ・トゥイーディー、「Begin Again」など3曲がノラ・ジョーンズ。トーマス・バートレットとジェフ・トゥイーディーというまったく向きの異なる才人がひとつのミニアルバムに名を連ねるのはノラ作品だからこその面白さだ。ふたりが関与した曲はどれも即興のセッションから制作がスタート。どういう曲を作りたいか、ではなく、この人と作ったらどういう曲ができるのか。それを楽しみにノラは人選を行なっている。彼女の場合、大抵そうだ。因みにノラのセルフ・プロデュース曲「It Was You」と「Just a Little Bit」でテナー・サックスを吹いているのは、新作『Visions』のプロデューサー、リオン・マイケルズだった。




タリオナ“タンク”ボール、メイヴィス・ステイプルズ、ホドリゴ・アマランチら様々なミュージシャンとコラボしてデジタル・シングルを次々に出したり、プスンブーツのクリスマス・ミニアルバムとフルアルバムを続けて出したりと凄まじい創作力をこの時期発揮していたノラが、自身のアルバムとして次に発表したのが『Pick Me Up Off the Floor』(2020年)。11曲中「I'm Alive」「Heaven Above」の2曲はジェフ・トゥイーディーとの共作で彼がプロデュースを担当したが、ほかの9曲はノラのセルフ・プロデュース。『Day Breaks』も自分のやりたいように作った作品ではあったが前述した通りプロデューサーのクレジットはあったわけで、だからこの『Pick Me Up 〜』がノラのキャリアで唯一の(ほぼ)セルフ・プロデュース作品ということになる。




ジェフのギターが前に出ている共作の2曲を除くとピアノ・トリオで録られた曲がほとんどで、曲によってそこにストリングスやホーンが乗る。デビュー作にあったピアノ曲としての滑らかさ、あるいは『Day Breaks』のジャズ回帰的な深みもあり、失意や悲嘆を表現した曲が目立つようでありながら希望の前兆もある。このアルバムが発売になる少し前からパンデミックで世界の状況が様変わりし、「この人生、全部終わる」と歌われる「This Life」、「世界が終わっていく間/でも私は生きている/何かが変わっていくのかもしれない」と歌われる「I'm Alive」といった楽曲は、先の見えなくなった我々の耳にリアルかつ痛切に響いてきたものだった。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE