ノラ・ジョーンズ語録で辿る音楽的変遷 共同制作者とともに刷新してきた「彼女らしさ」

リオン・マイケルズがもたらした現在のモード

『Begin Again』『Pick Me Up 〜』と、乾いた質感の作品、癒すよりもどこか厳しい視点を感じさせる作品が続いたが、初のライブアルバム『Til We Meet Again』(2021年)を間に挿み、続いて発表された初のクリスマス・アルバム『I Dream of Christmas』(2021年)は、ずいぶん久しぶりに「あたたかなノラ・ジョーンズ」を味わえる作品となった。優しくて、あたたかくて、リラックスしながら楽しんで聴けるアルバム。インタビューでは、「楽しいアルバムを作りたいとは思っていた。マジカルな雰囲気の音を使ったりして、ファンタジーに浸っているような曲を作るのは、実際すごく楽しかったわ」「クリスマスが近づくと、何かを心待ちにして気分が高まったり、ひととの繋がりを改めて感じたり、ノスタルジックになったりするでしょ? そんな気分がコロナ禍で家にこもっているときに恋しくなったのね」と話していた。




クリスマス・アルバムだから明るい作品になった、というのももちろんあるだろうが、息が合い、一緒に作ることの楽しいプロデューサーと組んだからそうなったというところもあるだろう。プロデューサーはリオン・マイケルズ(ザ・ダップ・キングス脱退後、エル・ミシェルズ・アフェアーで活動。メナハン・ストリート・バンドや、ダン・オーバックのプロジェクトであるジ・アークスなどにも参加。プロデューサーとしてはアロー・ブラック、チカーノ・バットマン、ザ・シャックスなどを手掛けた。Big Crown Records主宰者)。『Begin Again』と『Pick Me Up 〜』にテナー・サックスで参加し、その後コロナ禍にノラが誘って、ふたりで1曲制作(昨年配信され、『Visions』国内盤CDのボーナストラックにもなった「Can You Believe」)。その制作が楽しかったことから、ノラは「クリスマス・アルバムを一緒に作ってほしい」と彼に依頼した……という流れだ。

「まずリオンが関与した曲のプレイリストを友達が送ってくれて、私はそれをすごく気に入ったので、「一緒に曲を書かない?」と連絡してみたの。以前から彼とは気が合ったし、上手く私の手助けをしてくれるひとだと感じていたから。それはちょうどクリスマス・アルバムを作ることを考え始めたときだった」とノラ。「前作『Pick Me Up 〜』はあなたのセルフ・プロデュース作品でしたが、今回は初めからプロデューサーを立てようと考えていたのですか?」と訊くと、こう答えた。

「自分で作ることもできると思ったけど、今回は私が求めているサウンドを具現化してくれるひとがいたほうがいいなって思って。サウンドの方向性を導いてくれるひとが必要だった。リオンなら楽曲の持つノスタルジックな感触を残しながら、新鮮な何かを生み出してくれるだろうと思ったの。彼はいろんな楽器ができるので、一緒にアレンジのアイデアを出して、その場で一緒にプレイして試すことができた。『ここにこういう音を重ねてみよう』なんて感じで作っていくのは、とても楽しいことだったわ。止めることができなくなったくらい」

「具体的には、サウンドの方向性の参考になりそうな音源を互いにプレイリストにして送り合い、折り合いのついたところで、私がピアノを弾いて歌ってみた。それからドラムのブライアン・ブレイドとベースのトニー・シェールと一緒にスタジオに入って演奏し、それをレオンに聴いてもらって、どう思うか彼の意見を聞いて演奏し直して。それをまたレオンに聴いてもらって……。そうこうしているうちに完成してしまった感じ」

そして、そんな『I Dream of Christmas』の作り方とサウンドを気に入ったノラが、再びリオン・マイケルズとがっつり組んで作ったのが新作の『Visions』。より緊密度が高まっての制作だったことは、音を聴いただけでもよくわかる。レーベルから送られてきた資料に、リオンとの制作について語っている言葉があった。

「リオンは居心地のよさを感じさせる人であり、私たちはただ壁に向かってたくさんのアイデアを投げ、何がどこに行き着くのかをしばらく見ていた。一緒にそうして作っていくのは本当に楽しかった」。

「私たちが初めに一緒に作った曲は昨年リリースした『Can You Believe』で、彼がドラムを叩いて、私がピアノを弾いて歌った。今回のアルバムのほとんどの曲も同じ方法で作っていったの。彼がドラムを叩き、私はピアノやギターを弾いて、ただのジャムをしていた。そのなかでの思いつきが曲になっていくという感じ。なかには私がひとりで始めていて、ふたりで完成にもっていった曲もあるけど。ブライアン(・ブレイド)の素晴らしいバンドと一緒にスタジオで録音した3曲を除いて、ほとんどはそんなふうにできていった」。




楽器もいろいろできるプロデューサーと一緒に音を鳴らしてアイデアを出し合いながらゼロから作曲し、同時にその曲に合う音の方向性を探りながら作っていくというやり方は、前述した通りデンジャー・マウスと組んだ『Little Broken Hearts』と同じだ。ただ、『Little Broken Hearts』のときはエンジニアのケニー・タカハシとトッド・モンファルコンもスタジオにいた。『Visions』は、リオン・マイケルズがエンジニアでもある故、完全に二人三脚で作ることができた。リオンがマルチプレイヤーでプロデューサーでエンジニアでもあることは、その場でいろいろ試して作っていきたいノラにとってすごく大きなことなのだ。では、そのような作り方でノラはどんなサウンドを求めたのだろう?

「私はリオンと一緒にやることで生まれる生々しさが気に入っていて、それはガレージっぽくもあるけど、ソウルフルな感じでもある。それは彼の資質でもあるのかもしれない。完璧すぎないよさというか」。

「生々しさ」。それはつまりスッキリした音、透明感のある音ではないということで、例えばノラの初期作品とは正反対の質感を求めていたということがわかる。また「ガレージっぽくもあるけど、ソウルフルな感じでもある」というのは、それこそリオンのこれまでの多くのワークにあったヴィンテージ・ソウル感を指している言葉にもとれる。ラフなスタジオレコーディングの雰囲気と現代的なマルチレコーディングの要素が合わさった独特のサウンド。Big Crown Recordsが標榜する「未来のヴィンテージサウンド」みたいなもの。ノラはそういうサウンドに自分のメロディ、自分のヴォーカルを乗せることをしてみたかったのだろう。

結果、サウンドはある種の密室感があるものに。けれどもメロディの多くは明るめで、軽やかで、開かれている。密室的だけど開放的。撞着語法のようだが、それが『Visions』の面白さであり新しさでもある。そして誰でもこれができるかというとそうではなく、やはりノラ・ジョーンズのヴォーカルの響き、圧倒的な個性と魅力があって初めてそれが成りえているのだと感じる。懐かしさと今っぽさ、らしさと新しさ、その塩梅が実に絶妙で気持ちのいい、2024年のノラ・ジョーンズの音楽。これまでの歩みがあって、今、ノラはこの地点に立っている。




ノラ・ジョーンズ
『Visions』
発売中
再生・購入:https://norah-jones.lnk.to/Visions

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE