girl in redを今こそ知る 多幸感と繊細さが同居するZ世代クィア・アイコンの最新モード

ハピネスとサッドネスが同居する最新モード

ちなみに本作は1st発表後に契約したメジャー・レーベル、コロンビア・レコーズからのリリースであり、マリーにはロンドンやLAでヒットメイカーたちとレコーディングするという選択肢もあったはず。しかし彼女は故郷に戻り、1stと同じマティアス・テレスとの共作・共同プロデュースを選び、共にマルチ・インストゥルメンタリストであるふたりでほとんどの楽器を自らプレイして、10の収録曲を作り上げた。マティアスと言えばノルウェーきってのミュージック・シティであるベルゲンの、2010年代以降のインディ・シーンに深く関わってきたキーパーソン。ソロ活動を経て、ヤング・ドリームズを率いる傍らプロデューサー/ミキサーとしてソンドレ・ラルケ、カックマダファッカ、ボーイ・パブロ、ラジカといった地元アーティストを支え、最近ではa-haの最新作『True North』のミックスを手掛けたり、メイジー・ピーターズやグレイシー・エイブラムスら英米のミュージシャンともコラボし、着々と知名度を上げていた。


マティアス・テレス関連作をまとめたプレイリスト

“クリエイティヴなソウルメイト”と本作にクレジットされているそんなマティアスとマリーは、1stでは、宅録時代のインティメートな感触を維持しつつ、インディ・ロックとR&B、エレクトロ・ポップ、フォークが重なり合う、いたって2020年代的なジャンルレスなプロダクションを志向。今回もジャンルミックスとインティマシーという柱を引き継ぎ、どことなくアメリカ寄りだった前作に対し、UKポストパンクから、“スカンディ・ポップ”と総称された90年代以降の北欧産インディ・ミュージックまで、ヨーロッパ由来の嗜好に軸足をシフト。前述したオプティミスティックさとロマンティックさをサウンドにも反映させている。それを象徴するのが、全編で聞こえる輪郭をぼかしたノスタルジックなピアノの響きだ。“帰って来たよ~”と手を振っている冒頭の「I’m Back」然りで、この曲でマリーは近況を説明しながら、またもや精神的に危なっかしい時期があったこと、でも助けを得て克服し、今は絶好調であること、アップもダウンもあるという人生の摂理を受け入れたことを、我々に報告する。そして続く「DOING IT AGAIN BABY」で世界に向かってその無敵でハイな気分を叫んでいる彼女には、「Too Much」によると、自分のハピネスにケチをつける人間はたとえパートナーであっても許せないのだ。



また「Phantom Pain」や「A Night To Remember」といった曇りのないラヴソングも、『if I could make it go quiet』からは聞こえなかった種類の曲だ。前者はストリングスの壮麗なイントロが予告する通り、まさにトゥーマッチなラヴをなみなみと湛えて、後者はまるで映画のシナリオのような恋物語を描き出す。そう言えば、かれこれ7年ほど前にマリーがあっけらかんと“I Wanna Be Your Girlfriend”と歌った時には、まだまだ女性アーティストが恋愛対象に女性形の人称代名詞を用いることに衝撃があったが、もはやなんら驚きがないのは隔世の感と評するよりほかないだろう。

これら2曲に挿まれた80s風味のロック・チューン「You Need Me Now?」は逆にブレイクアップ・ソングなのだが、ここにも暗さはない。彼女と同じく『THE ERAS TOUR』で前座を務めたサブリナ・カーペンターをゲストに迎えて自分の言い分をまくしたてるマリーは、ハートブレイクの悲しみより、パワーを奪還した解放感を強調。最新作『Emails I Can‘t Send』に至ってディズニー・チャンネル出身のアイドルから面白いアーティストへと脱皮したサブリナも、出番は少ないながらインパクトは絶大だ。



と同時に、フラジャイルな部分が完全になくなったわけではない。ささいなきっかけで自己肯定感や自尊心は簡単に瓦解してしまう。例えば古典的バラードに仕立てた「Pick Me」。ひとりの女性を男性と取り合いながら、みるみるうちに自信を失っていく彼女は、不穏なムードの「Ugly Side」で改めてメンタルヘルスと向き合い、自分を“ジキルとハイド”と呼んで、ハイド氏の影におののいている。そして、“If I could make them all go quiet, that’d be SOMETHING!(黙らせることができるならたいしたもんだね!)”と1stのタイトルを引用し、一旦止んだはずのノイズが今もどこか自分の深い部分で鳴っていることを認めているのである。

この「Ugly Side」のあと、さらにもうひとつハートブレイクにまつわる切ない曲「New Love」を経て、本作はフィナーレに向かう。ラストソングは、ハピネスとサッドネスが等しく曲作りの理由になることを自分に証明してきた、それまでの9曲と全く趣を異にする『★★★★★』だ。ここではインダストリアル・ノイズで音楽業界を工場になぞらえて、ソングライターとしてそんな世界で感じるプレッシャーを歌っているらしく、“よっぽどうぬぼれてない限りこの業界にはいられない”とマリーは茶化す。それでもやめられない自分を笑い、ちゃっかり5つ星を与えて、“Can I do it again?(またやってもいい?)”と繰り返し問いながらアルバムを締め括る彼女に伝えてあげたい、“Yes, you can!”と。




ガール・イン・レッド
『I’M DOING IT AGAIN BABY!』
輸入盤&配信アルバム:2024年4月12日(金)発売
再生・購入:https://GirlInRedJP.lnk.to/imdoingitagainbabyRS
※国内盤発売日:2024年7月発売予定


FUJI ROCK FESTIVAL'24
2024年7月26日(金)27日(土)28日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※ガール・イン・レッドは7月27日(土)出演
フジロック公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/

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