エイミー・ワインハウス:ディーヴァとその悪魔

ブレイクとの恋

トロントにある『モッドクラブ』のバックステージで、カップルが仲直りしたことは一目で見て取れた。ワインハウスはブレイクの膝に座りながら笑い、始終彼に触れている。彼らは週末にイギリスからトロント入りしたワインハウスの父ミッチと会話している。ワインハウスは、父親べったりな娘だ。隠そうともしていないし、左肩のタトゥで"Daddy’s Girl"と高らかに宣言さえしている。タクシー運転手のミッチと、エイミーの母で薬剤師のジャニスは、彼女が9歳、兄アレックスが13歳の時に離婚した。兄妹は、北ロンドン郊外サウスゲートの家で一緒に育った。セレブ専用のリハビリ施設ザ・プライオリー(ピート・ドハー ティやザ・ダークネスのジャスティン・ホ ーキンスが治療を受け、ワインハウスは行かないと拒否した)がある町だ。

「彼女は昔から頑固だった」とミッチは語る。「素行が悪いわけではないが...他人とは違った」。エイミーが今もこよなく愛するフランク・シナトラやダイナ・ワシントンの古い曲など、子どもたちは音楽に触れながら育ったが(ミッチ曰く「私たちはいつも歌っていた」)、彼女の歌手としての才能はまだ一目瞭然というほどではなかった。ワインハウスは10歳の時、親友ジュリエット・アッシュビーとソルト・ン・ペパをモデルにしたラップデュオ、スウィート・ン・ サワー(エイミーがどちらかはわかるはず) を結成したが、ミュージシャンを目指していたわけではなかった。むしろ、映画『アメリカン・グラフィティ』で観たローラースケートを履いたウェイトレスに憧れていた。12歳でシルヴィア・ヤング・シアター・スクールに入学。鼻のピアスと元来の怠け癖を理由に退学処分になるまで、そこで学んだ。「彼女の発表会を見に行った時、ただ演技をするだけだろうと思っていた」とミッチは語る。「そうしたらステージに出てきて、歌い始めたんだよ。信じられなかった。彼女があんな風に歌えるなんて、私は全く知らなかった」



エイミーの兄アレックスはギターを持っており、彼女は兄が家にいない時はいつもそれを弾いていた。14歳の時に自分のギターを買い、その1年後に曲を書き始めた。ちょうど彼女がマリファナを覚え、学校を中退した頃だ。しかしワインハウスは、当時の自分の言動について、10代特有の不安によるものではないと主張する。その問題なら、もっと前に克服したと言うのだ。「確かに気分が落ち込んで苦しむことはあると思う」と彼女は語る。「でもそれって珍しいことではないでしょう。そんな人は大勢いる。私には兄がいたから、まだ12歳にも満たないのに"あぁ、人生って本当に嫌になる"みたいなことを、たくさん考えたんだと思うの。私がJ・D・サリンジャー、もしくは兄の持っていた本を読んだり、苛立っていたのはその頃よ」

学校を中退後、ワインハウスはワールド・エンタテインメント・ニュース・ネットワークの"ショウビズ・ジャーナリスト"を含む、いくつかの変わった仕事をした。 そして、ジャズバンドで歌い始めた。そのパフォーマンスを目にした音楽業界の友人が、彼女にスタジオでデモ録音することを提案した。「実際に録音させてくれるなんて、信じられなかった」と彼女は語る。「"あなたに何の得があるの?"って感じだった。どうして彼が進んで私を助けてくれるのか、まるでわからなかったの。だって、歌えるのが特別だとは思ってなかったから」。このセッションで録音されたデモにより、ワインハウスはレーベルとの契約を獲得し、フラーの会社とマネージメント契約を締結。その後、EMIと出版契約を結んだ。EMIから小切手が支払われたまさにその日、18歳のシンガー・ソングライターは母と住んでいた家を出て、カムデンのフラットでジュリエットと暮らし始めた。

2003年にリリースされたワインハウス初のアルバム『フランク』は、ヒップホップとジャズからほぼ均等にひらめきを得ている。しかし、彼女はこのアルバムによって、UKジャズ新世代を代表するジェイミー・カラムやケイティ・メルアと同グループに属すと見なされた。アメリカではリリースされなかったが(※後に発売)、『フランク』はイギリスでプラチナアルバムとなり、さまざまな音楽賞にノミネートされた。


ロンソンの前でもギターで演奏してみせた(C)Nick Shymansky (Photo by Nick Shymansky) (C)2015 Universal Music Operations Limited.


2007年、コーチェラ・フェス(Photo by Gary Miller/FilmMagic)

Translation by Sayaka Honma

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