いい距離感で人に寄り添い音楽を紡ぐ、TENDREという生き方

そんな河原の音楽人生にとって最初の転機は、ヒップホップクルーKANDYTOWNと、そのメンバーであるMC/トラックメイカーRyohuとの出会い。Ryohuの作品に共同プロデューサーとして関わってから、現在に至るまでその交流は続いている。

「僕の周りの音楽仲間はみんな、本当に凄い人たちばかりなんですよ。中でもRyohuとAAAMYYYがいたから、自分もTENDRE名義で音楽をやろうと思えたのは間違いないです。バンドを組んで、AAAMYYYに参加してもらってRyohuのワンマンに出演したのが全ての始まりですから」

今年9月にリリースされたTENDREの2ndフルアルバム『LIFE LESS LONELY』には、そんなRyohuとAAAMYYYが揃って参加した。2人のほかKing Gnuのベーシスト新井和輝も客演しているが、基本的にはこれまでと同様、河原による一人多重録音で制作されており、クールでスタイリッシュなサウンド・プロダクションは健在。しかし歌詞を見てみると、“逃げ道は作らず かえる道を行こう 闇夜がいつか明けたら”と歌う「TAKE」や、“今でもそうさ嗚呼 誰も悪くない 取り戻すのさ嗚呼 忘れてたその色”と歌う「LONELY」など、新型コロナウイルスの感染拡大に影響を受けたと思しき言葉が綴られている。

「コロナの影響は大きいです。ステイホーム期間中は一人でいる時間も長かったから、そこから“孤独”をテーマにしようと思いました。孤独をただ悲観的にとらえるのではなく、自分と向き合う時間が増えたと考えることで、本当に大切なものが見えてくる機会になるかもしれないな、と」

とはいえ、ここにきて孤独に耐えられなくなったり、不安に押しつぶされたりして自ら命を立つ人も増えている。全て孤独が原因とは言えないが、孤独を悲観的にとらえないようにするための方法はないだろうか。

「“僕がいるから君は孤独じゃない、寂しくないよ?ではなく、“孤独はあるよね。でも孤独なのは君だけじゃないよ?”と。そしてその思いを共有できたら『LIFE LESS LONELY』(寂しくない人生)になるかも知れない、と言いたかったんです。むやみやたらに“大丈夫”と言うのではなく、家族にも恋人にも、ファンに対しても、お互いの“孤独”を無理なく伝え合えたらいいなって。いい距離感で人に寄り添っていきたい、それがTENDREとしてもベストなあり方なのかなと思っています」

今年32歳を迎えた河原太朗。withコロナ/アフターコロナの世界で彼は、どのような生き方を目指すのだろうか。

「“偏っちゃいけないな”と最近は思っていますね。偏ってしまうと、反対側にあるものを排除するようになってしまう。それは表現でも思想でも同じじゃないかな。そもそも1から100まで合致する人なんているわけがないんだから、考え方が合わなくても“それでいい”と思えることが大事だし、そこから健全なディスカッションが生まれるのだと思います」



「HOPE」では、“神さま ご機嫌ななめ 白黒選ばなきゃ駄目かい”と問いかける河原。一色に染まらず、様々な要素を取り入れながら心地よい場所を見つけようとする彼のバランス感覚は、部屋作りやファッション、音楽、そして生き方にも貫かれているのだ。

「バランサーでありたいとは思っていますね。まずは自分が落ち着ける場所を作ることが大事。それがものを大切にしたり、人を大切にしたりすることにつながっていく気がします」



『LIFE LESS LONELY』TENDRE
RALLYE LABEL / SPACE SHOWER MUSIC
発売中

TENDRE
河原太朗のソロプロジェクト。Charaや堀込泰行、三浦透子らへの楽曲提供・プロデュース、SIRUPや日本でも人気を集めるオランダのSSWベニー・シングスとのコラボレーションなどを行う他、J-WAVE「TOKYO MORNING RADIO」のナビゲーターを務めるなど、その活動は多岐に渡る。
http://tendre-jpn.com/

撮影協力:渋谷ガーデンホール

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